第25話:魔王ゼノスとの謁見
天を衝くほどに巨大な、黒水晶の巨城。
魔王城の謁見の間は、窓一つない閉鎖的な空間でありながら、壁一面に埋め込まれた魔石が放つ燐光によって、不気味なほど明るく照らされていた。
重厚な扉が開くと、そこには左右に百名を超える魔族の貴族や将軍たちが整列し、凄まじい威圧感をもって、現れた人間――アルスを値踏みしていた。
「……静粛に。王の前だ」
ガウルが緊張に声を震わせ、跪いた。
アルスの隣に立つリリスも、いつになく真剣な表情で翼を畳み、その視線を玉座へと向けている。
玉座に座していたのは、一見すれば二十代後半ほどの、整った顔立ちをした青年だった。だが、彼が放つ魔力は、この城そのものを押し潰さんばかりに濃厚で、呼吸するだけで肺を圧迫するほどの重みがある。
魔王ゼノス。
魔界の絶対君主であり、かつて数多の国を滅ぼした「破壊の象徴」だ。
「……よく来たな、人間の調合師よ。……いや、『聖者』と呼ぶべきか」
ゼノスの声は低く、そして澄んでいた。
彼は玉座から立ち上がり、ゆっくりと階段を下りてアルスの目の前まで歩み寄った。周囲の魔族たちが息を呑む中、魔王はアルスの瞳をじっと覗き込んだ。
「……ほう。私の前に立って、これほど平然としている人間は初めてだ。……お前、私の中に渦巻く『死の気配』が怖くないのか?」
ゼノスが指先をアルスの喉元に向けると、そこから黒い稲妻がパチパチとはぜた。
だが、アルスは微動だにせず、むしろ不思議そうにゼノスの顔を見つめ返した。
「……怖くない、と言ったら嘘になりますけど。……それより、魔王さん。あなた、すごく『疲れて』ますよね?」
その一言に、謁見の間の空気が一瞬で凍りついた。
「なっ、貴様! 陛下に向かって何を――!」
将軍の一人が激昂し、剣を抜こうとした。だが、ゼノスが片手を挙げてそれを制した。
「……面白い。……続けてみろ、調合師」
「魔王さんの魔力は凄まじいですけど、その中心部が『詰まって』いるんです。……たぶん、この魔界の汚染を自分一人で吸い込んで、浄化しようとしているからですよね? ……そのせいで、内臓も魔力回路もボロボロだ。……今、こうして立っているのが不思議なくらいですよ」
アルスの指摘は、魔王軍の最高機密だった。
魔界の「枯死病」を防ぐため、ゼノスはその強大な魔力を使って、大地から溢れ出す瘴気を自らの肉体に封じ込め続けていたのだ。それは、魔王という地位に就く者が背負わされた、果てしない「毒」との戦いだった。
「……ふ。……やはり、リリスが見込んだ男だ。……お前の言う通りだ。私はもう、長くはない。……私が死ねば、この魔界のバランスは崩れ、溜まった瘴気が人間界へと一気に流れ出すだろう。……そうなれば、この大陸は滅びる」
ゼノスは自嘲気味に笑い、再び玉座に深く腰掛けた。
「……アルス。お前を呼んだのは、私を『救う』ためではない。……私が死んだ後の、魔界の浄化を任せたいのだ。……お前の調合なら、あるいは……」
魔王の「遺言」とも取れる依頼。
だが、アルスはそれを遮るように、自分のポーチから一瓶の、透き通った青いポーションを取り出した。
「……いいえ、魔王さん。そんな面倒なこと、したくありません」
「……何?」
「死んだ後のことを考えるより、今、治したほうが早いですよ。……これ、飲んでみてください。さっき道中で拾った魔界の薬草をベースに、僕のマナを混ぜた『超高濃度・魔力循環促進薬』です」
「……馬鹿な。私の体内の毒は、神聖魔法でさえ消せなかったのだぞ。……人間の作った薬ごときで――」
「いいから、飲んでください。……リリス。ちょっとだけ、魔王さんを抑えててくれる?」
「心得た! ……陛下、失礼いたします!」
リリスが瞬時に魔王の背後に回り込み、その動きを封じた。
「なっ、リリス!? 貴様、裏切るのか!」
「裏切りではありません! ……アルスの薬は、飲まなければ損ですもの!」
強引に開けられた魔王の口に、アルスがポーションを注ぎ込んだ。
ゴクリ、と喉が鳴った瞬間。
謁見の間全体が、目が眩むほどの青い閃光に包まれた。
ゼノスの体から、どす黒い霧が噴水のように吹き出し、それらが空中で黄金の光に触れて浄化されていく。
「が、はっ……あ……あああああぁぁぁっ!」
魔王の叫びが響き渡る。だが、それは苦しみではなく、数百年もの間、彼を縛り付けていた呪縛が解き放たれる、歓喜の咆哮だった。
光が収まった時。
そこには、かつてないほど瑞々しい生命力に溢れた、真の魔王の姿があった。
淀んでいた瞳は水晶のように澄み渡り、肌からは不健康な蒼白さが消え、溢れ出す魔力は以前よりも遥かに純粋で、温かなものに変わっていた。
「……な、なんだ……これは……。……体が、軽い……。……魔力の流れが、以前の数倍も速いぞ……」
ゼノスは自分の手を見つめ、信じられないといった様子で震えていた。
「陛下の……陛下の『死の痣』が、消えている……!?」
将軍たちが次々と膝をつき、奇跡を目の当たりにして涙を流した。
「……アルス。お前、一体何をした……?」
「ただの『大掃除』ですよ。……溜まっていたゴミを流しただけです」
アルスはエプロンを軽く払い、いつものように笑った。
「魔王さん。……あなたが元気でいないと、リリスが悲しみますからね。……さあ、体が良くなったなら、魔界を元気にするための具体的な相談をしましょうか。……僕、いい『肥料』のアイデアがあるんです」
魔王を、たった一杯のポーションで「治療」した男。
この日、アルスの名は、魔界における「伝説」を通り越し、「信仰」の対象へと昇華した。最強の魔王を「患者」として扱い、大陸の運命をポケットの中の小瓶で変えてしまう。
追放された調合師の歩みは、もはや誰にも止めることのできない領域へと達していた。
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