表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/58

第23話:魔界の門と、アルスの『非常識な』ポーション  


 大陸の北端、不毛の荒野にそびえ立つ『次元の門』。

 

 そこは、濃密な魔力が渦巻き、普通の人間であれば近づくだけで精神を病み、肺を焼かれると言われる禁忌の地だ。門の向こう側には、紫色の空と毒の霧が支配する魔界が広がっている。


「……ここが魔界の入り口か。やはり、不快な気配だな」

 

 鋼鉄のガウルが、重厚な兜を揺らして呟いた。彼は使い慣れた門を通り抜けようとしたが、ふと思い出したように足を止めた。

 

「……いけない。アルス殿、忘れていた。ここは人間にとっては致死量の魔力が漂っている。……リリス様、急ぎ防御魔法の展開を」


「フン、今更何を言っている。アルスは既に準備を終えているぞ」

 

 リリスが呆れたように鼻を鳴らした。

 

 ガウルが振り返ると、そこにはいつものように穏やかな顔をしたアルスが、小さな霧吹きを手にしていた。


「ガウルさん、大丈夫ですよ。さっき、この『環境適応スプレー』を自分とリリスにかけておいたので。……ついでに、ガウルさんたちにもかけてあげますね」

 

 アルスがシュシュッと霧を吹きかけると、ガウルたち魔族の甲冑に、淡い黄金色の光が薄く膜を張った。


「……む、これは……!? なんだ、この清涼感は……!」

 

 ガウルは驚愕に目を見開いた。

 

 魔界の入り口特有の、あの内臓を掻きむしるような圧迫感が一瞬で消え去り、代わりに高原の風に吹かれているような、爽やかな感覚が全身を包み込んだのだ。

 

「魔界の毒素を中和するどころか、大気中の魔力をろ過して純粋なエネルギーに変換しているのか……!? そんな馬鹿な。これは伝説の聖域結界をポーション一つで再現しているというのか!」


「あはは、そんな大げさなものじゃないですよ。ただの『深呼吸が美味しくなるミスト』ですから」

 

 アルスは屈託のない笑顔で答え、そのまま迷うことなく次元の門へと足を踏み入れた。

 

 人間が防護服もなしに魔界へ入る。それは、本来ならば自殺行為に等しいはずだった。


 門を抜けた先。そこは、一面の毒沼と、枯れた黒い木々が広がる魔界の辺境だった。

 

 空には二つの月が浮かび、遠くからは巨大な魔獣の咆哮が地響きとなって伝わってくる。


「……アルス、平気か? 気分が悪くなったらすぐに言え。私がこの領域をまるごと結界で切り取ってやるからな」

 

 リリスが心配そうにアルスの手を握った。

 

「ありがとう、リリス。でも本当に平気だよ。……それより、リリス。あそこの木、なんだか元気がないね」


  アルスが指差したのは、魔界特有の『闇の果実』を実らせるはずの樹木だった。だが、その枝は萎れ、実は腐りかけている。


「……ああ。近頃の魔界は、マナの循環が滞っているのだ。魔王様が調合師を求めたのも、それが理由の一つだろう」

 

 ガウルが沈痛な面持ちで説明した。

 

「この『枯死病』は、魔界全土に広がっている。作物が育たず、魔族たちも飢えと魔力枯渇に苦しんでいるのだ。王都を攻めたのも、肥沃な土地を求めての苦肉の策であったのだが……」


「……そうだったんだね」

 

 アルスは悲しげに目を細めると、腰のポーチから一瓶の緑色の液体を取り出した。

 

「ガウルさん。僕、ちょっとだけこの木に『水やり』をしてもいいかな?」


「水やり? ……まあ、構わんが。この枯死病は、高位の浄化魔法でも治せなかったのだぞ」

 

 ガウルが半信半疑で見守る中、アルスは木の根元にポーションを一滴だけ垂らした。

 

 その瞬間、奇跡が起きた。


 一滴の液体が地面に触れた途端、黄金の紋様が根を伝って樹木全体に広がった。

 

 カサカサに乾いていた幹が瑞々しく潤い、一瞬で新しい芽が吹き出す。それどころか、腐っていた果実は弾け、見たこともないほど輝く紫色の実をたわわに実らせたのだ。

 

 さらに、木から放たれた清浄なマナが周囲の毒霧を押し返し、周囲数メートルだけが「春の森」のような鮮やかな緑に包まれた。


「……なっ、な……なんだ、これは……!」

 

 ガウルは腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。

 

「枯死病を治しただけではない……大地の属性そのものを上書きしたのか!? このポーション一瓶があれば、魔界が……魔界が楽園に変わってしまうではないか!」


「あはは、ただの栄養剤ですよ。魔界の植物はマナを吸う力が強いみたいだから、少しだけ濃度を濃くしたんです」

 

 アルスはいつもの調子で答え、リリスに向き直った。

「リリス。魔王さんに会う前に、途中の村とかにもこれを配っていこうか。みんな、お腹が空いてるみたいだし」


「……ああ。お前がそうしたいなら、私が道中の魔物をすべて叩き伏せて、お前のために道を切り開こう」

 

 リリスは誇らしげに胸を張り、アルスの隣を歩き出した。


 魔界の住人たちが、恐怖の象徴として恐れていたその地に、一人の調合師が「希望」の光を振りまきながら進んでいく。

 

 王都を救えなかった勇者の陰で、追放された男は、今や一つの世界の運命を塗り替えようとしていた。

 

 ガウルは、目の前の背中を見つめながら、確信した。

 

 この男こそが、魔王軍が――いや、この世界が待ち望んでいた「真の救世主」なのだと。

 

読んで頂きありがとうございます!

この作品を「良かった!」「続きが気になる!」と思ってくださった読者様は

ブックマーク登録や下にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ