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第22話:魔王軍の使者と、アルスの決断  


 難民たちの救済作業が一段落したある日の夕暮れ。リーフ村を包む空気は、これまでにない異質な緊張感に支配されていた。

 

 村の入り口、森の境界線から、漆黒の甲冑を纏った一団が音もなく現れたのだ。


 彼らが放つ魔力は、王都の精鋭騎士団を遥かに凌ぎ、地を這うような重圧となって村中に広がっていく。


「……リリス様、お迎えに上がりました」

 

 一団の先頭に立つ巨漢の戦士が、屋敷の前に立つリリスに向かって深く頭を下げた。

 

 彼は魔王軍第三軍団長、鋼鉄のガウル。リリスがかつて率いていた部下の一人だ。


「ガウルか。……騒々しいぞ。アルスが驚くではないか」

 リリスは不機嫌そうに翼を少しだけ開いた。その威圧感はガウルの軍勢を押し返し、村の平穏を辛うじて守っている。

 

「申し訳ございません。ですが、魔王陛下が直々にお呼びなのです。……『王都を一夜で腐らせた調合師』の噂は、魔界の奥深くにまで届いております」


 ガウルの言葉に、屋敷の中からエプロン姿のアルスが顔を出した。

 

「……リリス、お客様かな? あ、でも、なんだか凄く強そうな人たちだね」

「アルス、下がっていろ。こいつらは礼儀を知らぬ無骨者だ」

 

 リリスはアルスを庇うように前に出たが、ガウルはアルスの姿を見るなり、その場に跪いた。


「貴殿がアルス殿か。……我が軍の負傷兵たちが、貴殿の流した『余り物』の薬を拾い、一瞬で全快したと報告があった。魔族の強靭な肉体を、人間が作った薬が癒やすなど、建国以来の奇跡だ」

 

 魔王軍は、王都を襲った魔物の軍勢とは別個の存在だ。彼らは知性を持ち、独自の規律に従って動く。そんな彼らにとって、アルスの調合技術は、戦略兵器にも等しい価値を持っていた。


「魔王陛下は仰せられた。『その男を魔界へ招け。もし拒むなら、この大陸全土を焦土に変えてでも連れてこい』と」

 

 ガウルの言葉に、リーフ村を囲んでいた辺境伯の兵たちが息を呑んだ。

 

 それは、人類の存亡を賭けた最後通牒に等しい。


「……アルス。どうする?」

 

 リリスが、複雑な表情でアルスを振り返った。

 

 彼女は魔族だ。本来なら魔王の命は絶対である。だが、今の彼女にとって最も守るべきは、魔王の威信ではなく、隣で困ったように笑うこの青年の平穏だった。

 

「もしお前が行きたくないと言うなら、私は今ここで、かつての部下たちを皆殺しにしてでも、お前を守るぞ」


 アルスは、ガウルの背後に控える魔族たちの姿をじっと見つめた。

 

 彼らの鎧の下には、激しい戦いの痕跡や、癒えきらない古傷、そして魔力の枯渇による疲弊が隠しようもなく滲み出ている。

 

 それは、かつて自分が王都で見てきた、ボロボロの騎士たちと同じ「救いを求める者」の姿だった。


「……リリス。僕は、魔王さんに会ってみようと思う」

「アルス!? 正気か? 魔界は人間の住める場所ではないぞ。空気そのものが毒のような場所だ」

「あはは、それなら大丈夫だよ。さっき、リリスのために作った『絶対防御のスキンケア』を改良して、有害な魔力を遮断する『環境適応ポーション』の試作品ができたところなんだ。……それを飲めば、どこだって平気だよ」


 アルスはガウルに向かって、一歩踏み出した。

 

「ガウルさん。僕は、魔王さんの頼みを聞くために行くわけじゃない。……ただ、君たちのその痛そうな傷を見てしまったから、放っておけないだけなんだ」

「……なんと。……真の強者とは、貴殿のような者のことを言うのか」

 

 ガウルは、アルスの底知れない包容力に、戦士としての敬意を抱かずにはいられなかった。


「リリス。一緒に行ってくれるよね?」

 

 アルスが微笑むと、リリスは顔を真っ赤にして、バタバタと翼を羽ばたかせた。

 

「……当たり前だ! お前一人で行かせるわけがあるか! ……いいか、ガウル。案内しろ。ただし、アルスに指一本でも触れてみろ、魔王城ごと消し飛ばしてやるからな!」


 追放された調合師、ついに人類の敵である魔王軍の本陣へ。

 しかしそれは侵略のためではなく、ただ「目の前の人を救う」という、アルスの変わらぬ信念によるものだった。

 

 リーフ村に新しい風が吹き抜ける。

 

 アルスとリリスの旅は、ついに大陸の運命を左右する壮大な舞台へと移り変わろうとしていた。

 

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