表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/58

第20話:ゼノの末路と、王都陥落の報


 王都を囲む白亜の城壁は、今や見る影もなく崩れ去っていた。

 

 空は立ち昇る黒煙に覆われ、太陽の光さえも届かない。


 街路には魔物たちの咆哮と、逃げ惑う人々の悲鳴が重なり合い、かつての繁栄は地獄の業火に焼かれて消え去ろうとしていた。


「……はぁ、はぁ……っ! あ、ああっ……!」

 

 王宮へと続く大階段の中ほどで、魔術師ゼノは血に汚れた杖を支えに、辛うじて体を支えていた。


 彼女の魔力(MP)はすでに枯渇し、魔法を発動させるたびに、脳を直接焼かれるような激痛が走る。


 魔力酔いによる眩暈で視界は二重、三重にぶれ、立っていることさえ奇跡に近い状態だった。


 彼女の目の前には、数体のオークと、空を舞うガーゴイルが獲物を定めるように距離を詰めてきている。

 

「……マリア、逃げたのね……。……賢いわ。……私も、もっと早く……アルスを……追いかけ……れば……」

 

 震える手で懐を弄るが、そこにはもう、空になった薬の瓶しか残っていない。


 アルスがいた頃は、どれほど魔法を連発しても、彼が背後からそっと差し出すポーション一本で、枯渇した魔力は瞬時に満たされた。


 その味がどれほど、体に染み渡る安堵感を与えてくれていたか。

 

 それを「当たり前」だと思い込み、感謝の一言さえ向けなかった自分。

 

 あろうことか、彼を「無能」と呼び、冷たい雨の中に放り出した自分。


「……あはは。……バカね、私……」

 

 ゼノは自嘲気味に笑い、杖を投げ捨てた。


  迫り来る魔物の影が彼女を飲み込もうとしたその時、王宮の奥から凄まじい爆発音が響き渡った。


 それは、王都の心臓部が陥落した合図だった。

 

 数千年の歴史を誇った王国は、たった一人の「地味な調合師」を失ったことで、その防衛基盤を根底から腐らせ、あっけなく崩壊したのである。


 ***


 数日後。リーフ村の穏やかな朝に、一羽の伝書鳥が舞い降りた。

 

 アルスが庭で薬草の乾燥作業をしていると、辺境伯の使いであるエドワードが、かつてないほど険しい表情で屋敷を訪れた。


「アルス殿……。……王都が、落ちました」

 

 その言葉に、アルスの手が止まった。

 

「……そうですか。ついに、そうなってしまったんですね」

「はい。王族は命からがら北の砦へ逃れたようですが、街は完全に魔物の巣窟と化しました。……勇者パーティーの行方は、いまだ分かっておりません。ただ、魔術師ゼノ殿は殿しんがりを務め、最期まで戦っていたとの目撃情報が……」


 アルスは空を見上げた。

 

 かつて自分が歩いた王都の石畳。仲間たちと笑い合い(少なくとも自分はそう思っていた)、夢を語った酒場。それらすべてが、今はもう存在しない。


「アルス。悲しいか?」

 

 背後から、リリスが心配そうに声をかけてきた。

 アルスは少し考え、ゆっくりと首を振った。

 

「……悲しい、というよりは……。なんだか、遠い昔の話を聞いているような気分だよ。あそこにいた『アルス』という薬師は、あの日、雨の中で死んだのかもしれない」


 アルスがリリスに向き直ると、その瞳には一点の曇りもなかった。

 

「今の僕は、リーフ村のアルスだ。……エドワードさん。王都から逃れてきた難民の人たちが、この辺境にも流れてくるはずです。僕にできることがあれば、言ってください。薬の備蓄は十分にあります」


「……おお、なんと慈悲深い。……承知いたしました。辺境伯様も、アルス殿の全面的な協力を仰ぎたいと仰っております」

 

 エドワードは深々と頭を下げた。


 王都の陥落。それは一つの時代の終わりを意味していた。

 しかし、アルスにとっては、それは「過去」との完全な決別でしかなかった。

 

 彼は復讐を喜ぶことも、かつての仲間を憐れむこともない。


 ただ、目の前にある「今」を大切に生きる。その姿勢こそが、彼を捨てた世界に対する、最も残酷で、最も清らかな返答だった。


「リリス。難民の人たちのために、大量の『解毒薬』と『栄養剤』を作ろう。……忙しくなるよ?」

「ふん、望むところだ。お前がその気なら、私の魔力も存分に使うがいい。……さあ、始めようか。アルス」


 アルスが工房の扉を開くと、そこからはいつものように、温かく輝く黄金のマナが溢れ出した。

 

 滅びゆく王都。そして、新たに芽吹く辺境の希望。

 

 世界が混迷を極める中、アルスの【真・調合】は、誰のためでもない、彼自身の意志でその光を放ち始めるのだった。

 

読んで頂きありがとうございます!

この作品を「良かった!」「続きが気になる!」と思ってくださった読者様は

ブックマーク登録や下にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ