第20話:ゼノの末路と、王都陥落の報
王都を囲む白亜の城壁は、今や見る影もなく崩れ去っていた。
空は立ち昇る黒煙に覆われ、太陽の光さえも届かない。
街路には魔物たちの咆哮と、逃げ惑う人々の悲鳴が重なり合い、かつての繁栄は地獄の業火に焼かれて消え去ろうとしていた。
「……はぁ、はぁ……っ! あ、ああっ……!」
王宮へと続く大階段の中ほどで、魔術師ゼノは血に汚れた杖を支えに、辛うじて体を支えていた。
彼女の魔力(MP)はすでに枯渇し、魔法を発動させるたびに、脳を直接焼かれるような激痛が走る。
魔力酔いによる眩暈で視界は二重、三重にぶれ、立っていることさえ奇跡に近い状態だった。
彼女の目の前には、数体のオークと、空を舞うガーゴイルが獲物を定めるように距離を詰めてきている。
「……マリア、逃げたのね……。……賢いわ。……私も、もっと早く……アルスを……追いかけ……れば……」
震える手で懐を弄るが、そこにはもう、空になった薬の瓶しか残っていない。
アルスがいた頃は、どれほど魔法を連発しても、彼が背後からそっと差し出すポーション一本で、枯渇した魔力は瞬時に満たされた。
その味がどれほど、体に染み渡る安堵感を与えてくれていたか。
それを「当たり前」だと思い込み、感謝の一言さえ向けなかった自分。
あろうことか、彼を「無能」と呼び、冷たい雨の中に放り出した自分。
「……あはは。……バカね、私……」
ゼノは自嘲気味に笑い、杖を投げ捨てた。
迫り来る魔物の影が彼女を飲み込もうとしたその時、王宮の奥から凄まじい爆発音が響き渡った。
それは、王都の心臓部が陥落した合図だった。
数千年の歴史を誇った王国は、たった一人の「地味な調合師」を失ったことで、その防衛基盤を根底から腐らせ、あっけなく崩壊したのである。
***
数日後。リーフ村の穏やかな朝に、一羽の伝書鳥が舞い降りた。
アルスが庭で薬草の乾燥作業をしていると、辺境伯の使いであるエドワードが、かつてないほど険しい表情で屋敷を訪れた。
「アルス殿……。……王都が、落ちました」
その言葉に、アルスの手が止まった。
「……そうですか。ついに、そうなってしまったんですね」
「はい。王族は命からがら北の砦へ逃れたようですが、街は完全に魔物の巣窟と化しました。……勇者パーティーの行方は、いまだ分かっておりません。ただ、魔術師ゼノ殿は殿を務め、最期まで戦っていたとの目撃情報が……」
アルスは空を見上げた。
かつて自分が歩いた王都の石畳。仲間たちと笑い合い(少なくとも自分はそう思っていた)、夢を語った酒場。それらすべてが、今はもう存在しない。
「アルス。悲しいか?」
背後から、リリスが心配そうに声をかけてきた。
アルスは少し考え、ゆっくりと首を振った。
「……悲しい、というよりは……。なんだか、遠い昔の話を聞いているような気分だよ。あそこにいた『アルス』という薬師は、あの日、雨の中で死んだのかもしれない」
アルスがリリスに向き直ると、その瞳には一点の曇りもなかった。
「今の僕は、リーフ村のアルスだ。……エドワードさん。王都から逃れてきた難民の人たちが、この辺境にも流れてくるはずです。僕にできることがあれば、言ってください。薬の備蓄は十分にあります」
「……おお、なんと慈悲深い。……承知いたしました。辺境伯様も、アルス殿の全面的な協力を仰ぎたいと仰っております」
エドワードは深々と頭を下げた。
王都の陥落。それは一つの時代の終わりを意味していた。
しかし、アルスにとっては、それは「過去」との完全な決別でしかなかった。
彼は復讐を喜ぶことも、かつての仲間を憐れむこともない。
ただ、目の前にある「今」を大切に生きる。その姿勢こそが、彼を捨てた世界に対する、最も残酷で、最も清らかな返答だった。
「リリス。難民の人たちのために、大量の『解毒薬』と『栄養剤』を作ろう。……忙しくなるよ?」
「ふん、望むところだ。お前がその気なら、私の魔力も存分に使うがいい。……さあ、始めようか。アルス」
アルスが工房の扉を開くと、そこからはいつものように、温かく輝く黄金のマナが溢れ出した。
滅びゆく王都。そして、新たに芽吹く辺境の希望。
世界が混迷を極める中、アルスの【真・調合】は、誰のためでもない、彼自身の意志でその光を放ち始めるのだった。
読んで頂きありがとうございます!
この作品を「良かった!」「続きが気になる!」と思ってくださった読者様は
ブックマーク登録や下にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると励みになります!




