閑話:勇者レオンの受難――剥がれ落ちる黄金
王都ギルドの喧騒が、レオンたちが足を踏み入れた瞬間にピタリと止まった。
かつては羨望と畏怖の眼差しを向けられた「黄金の勇者一行」。だが今、彼らに向けられているのは、隠しきれない困惑と、蔑みに似た憐れみだった。
「……おい、見たかよ。勇者様のあの装備」
「おいおい、冗談だろ。マントは泥まみれ、鎧の継ぎ目からは嫌な臭いまでしてやがるぞ」
冒険者たちの囁きが、レオンの耳を突き刺す。
アルスがいた頃、彼らの装備は常に清潔で、微かに森の香草の香りが漂っていた。アルスが毎晩、素材の特性に合わせた「洗浄液」と「防臭粉」を使い、眠っている間に手入れを欠かさなかったからだ。
しかし今は違う。自分たちで適当に洗った鎧は錆び、雑に乾かした内着は生乾きの臭いを放ち、肌を刺激して湿疹を作っていた。
「……ギルド長! どういうことだ、この依頼の報酬は!」
レオンが受付のカウンターを激しく叩いた。
「オーク十匹の討伐で金貨三枚? 桁が一つ足りないだろう!」
ギルド長は、眼鏡を押し上げながら冷淡に告げた。
「レオン殿。前回の依頼、覚えていますかな? 『簡単な』ワイバーン退治で、あなた方はあろうことか防衛対象の馬車を破壊し、さらには毒の治療が遅れて護衛対象に重傷を負わせた」
「それは、薬が不良品だったからで……!」
「市販の最高級品だったと聞いていますよ。……これまでは、なぜかあなた方が無傷で、装備もピカピカで戻ってくるから『実力』だと思っていましたが……。どうやら、本当の功労者は別にいたようですな」
ギルド長の言葉は、刃となってレオンのプライドを切り裂いた。
実績が落ちれば、報酬も落ちる。報酬が落ちれば、これまでのような贅沢な暮らしは維持できない。
「……レオン、もうやめて」
マリアが、フードを深く被りながら震える声で言った。
彼女の美しい金髪は、アルス特製の「艶出しトリートメント」がなくなったせいで、今やパサパサに傷み、広がりきっている。
「もうお肌がボロボロですわ……。宿の安い石鹸では、魔力の残滓が落ちなくて、痒くて眠れないんですもの……!」
「黙れ! 全部あいつだ、アルスが何も教えずにいなくなったのが悪いんだ!」
レオンは怒鳴り散らしたが、その足元は、アルスの「疲労回復インソール」がないせいで激痛に悲鳴を上げていた。
さらに、彼らを追い詰めたのは「食」だった。
遠征中の食事。干し肉と硬いパン。
これまではアルスが「胃薬代わりのスパイス」を調合し、魔法の釜で栄養満点のスープに仕立てていた。だが自分たちで作る食事は、ただ焦げ臭く、あるいは芯まで冷えており、食べるたびに腹を壊した。
「……俺は……俺は選ばれた勇者なんだぞ……」
宿屋の片隅で、下痢と戦いながらレオンは呟いた。
かつての輝きはどこにもない。
ただの、身の回りの管理もできない「身の程知らずの集団」。
王都の人々は、気づき始めていた。
勇者が輝いていたのは、その背後にいた「無能」と呼ばれた少年が、世界の毒をすべて裏で中和していたからだということに。
そしてレオンも、心の奥底で気づき始めていた。
自分が切り捨てたのは「ゴミ」ではなく、自分の「命」そのものだったのだと。
「……戻ってこい、アルス……。戻ってきて、俺のこの……この痒みを止めろぉぉぉ!!」
勇者の絶叫は、誰に届くこともなく、不潔な宿屋の天井に消えていった。
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