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第15話:決別の最終決戦


 深夜のリーフ村を、血のように赤い月が照らしていた。

 村の入り口へと続く街道から、大地を腐食させるような禍々しい黒い霧が這い寄ってくる。


 その中心に立つのは、かつての面影を失った勇者レオンだった。彼の右腕は異常に膨れ上がり、脈打つ血管が青白く発光している。

 その手には、禁忌の宝玉『魔神の心臓』が握りしめられていた。


「……アルス! 出てこい、アルス! 俺の、俺のポーションを……さっさと差し出せ!」


 レオンの叫びは、もはや人間の言葉というより、飢えた獣の咆哮に近かった。彼の背後には、恐怖で動けなくなった騎士たちが数名、力なく立ち尽くしている。


 その異変を察知し、村の広場には既に辺境伯の精鋭たちが展開していたが、レオンが放つ圧倒的な「魔神のプレッシャー」の前に、彼らの盾は紙細工のように震えていた。


「……相変わらず、聞き分けのない男だな」


 静寂を破り、屋敷の門が開いた。

 現れたのは、いつもと変わらぬ穏やかな表情を浮かべたアルス。そして、その背後で巨大な漆黒の翼を広げ、紅い瞳を冷酷に輝かせるリリスだった。


「レオン。……その腕、もう手遅れだよ。魔神の力に魂まで食いつぶされている。どうして、そこまでして僕に執着するんだい?」


 アルスの問いかけに、レオンは狂ったように笑い声を上げた。


「執着だと!? 違う、これは正当な権利だ! お前は俺の道具だ! 俺が世界を救うために、お前のポーションが必要なんだ! お前がいないせいで、俺の肌は荒れ、魔力は枯れ、誰も俺を敬わなくなった……! 全部お前のせいだ!」


 レオンが右腕を振り上げると、黒い雷光が爆発し、周囲の民家の壁を粉砕した。


「死ね! いや、死なせない! 四肢を焼き切り、俺の足元で這いつくばらせてやる!」


 放たれたのは、最上位の攻撃魔法さえ凌駕する、純粋な破壊の奔流だった。

 辺境伯の兵たちが絶望に目を閉じた、その瞬間。


「……私のアルスに、汚らわしい手を向けるなと言ったはずだ」


 リリスが、アルスの前に一歩踏み出した。

 彼女が手にしていたのは、先ほどアルスが渡したばかりの『絶対防御のスキンケア(ポーション)』のスプレーボトルだった。


 リリスがシュッと一吹き、自分の手足にその霧を纏わせる。

 すると、彼女の周囲に黄金の極薄い皮膜が展開された。


 ドゴォォォォンッ!


 レオンの放った黒い雷光がリリスに直撃したが、彼女は眉一つ動かさない。

 黄金の皮膜に触れた黒い魔力は、まるで水面に落ちた油が弾かれるように、霧散して消えてしまったのだ。


「なっ……!? 魔神の力を、防いだと……!? そんな馬鹿な、あり得ない!」

「驚くことではない。……これはアルスが私のために、心を込めて作った『保湿剤』だからな。貴様のような澱んだ魔力など、肌に浸透させる価値すらない」


 リリスは一瞬で距離を詰め、驚愕に目を見開くレオンの胸倉を掴み上げた。


「貴様が勇者と呼ばれていたのは、アルスがその『調合』で貴様の欠陥を埋め続けていたからに過ぎない。……アルスを失った貴様など、ただの壊れた人形だ」

「が、はっ……離せ、離せぇっ!」


 レオンが再び魔力を暴発させようとしたが、リリスの細い指に込められた圧倒的な力に、魔力回路そのものが悲鳴を上げた。


「アルス。……トドメは、お前が決めるか?」

 リリスが振り返ると、アルスは静かに歩み寄り、レオンの右腕に握られた宝玉を見つめた。


「レオン。……君を助けることは、もうできない。でも、せめてその苦しみだけは終わらせてあげるよ」


 アルスが取り出したのは、虹色の光を放つ一本の小さなアンプルだった。

 【真・調合】によって生成された、究極の中和薬『万能溶剤(万物融解液)』。

 アルスがその一滴をレオンの右腕に垂らした瞬間、腕に食い込んでいた『魔神の心臓』が、悲鳴のような音を立てて白煙へと変わった。


「あ、あああ……っ! 俺の、俺の力が……!」


 禁忌の力が消え去り、レオンの体は一気に老化し、地面に崩れ落ちた。

 魔神の力に依存しきっていた反動で、彼の魔力回路は完全に焼き切れ、もはや二度と魔法を使うことさえ叶わない体となったのだ。


「……終わりだね。エドワードさん、彼を王都へ届けてください。勇者としての資格を剥奪された、ただの罪人として」


 アルスの冷徹な宣告に、レオンは言葉を失い、ただ虚空を見つめて震えることしかできなかった。

 その背後で、ゼノと騎士たちが、救われた安堵と、失ったものの大きさに、ただ涙を流していた。


 夜が明け、水平線から眩い朝日が昇ってきた。

 リーフ村を包んでいた黒い霧は消え去り、そこには清々しい朝の空気が戻っていた。


「……終わったな、アルス」


 リリスが翼をしまい、少し照れくさそうにアルスの隣に並んだ。


「うん。……リリス、怪我はない?」

「ふん、当たり前だ。お前の『スキンケア』のおかげで、昨夜よりも肌の調子が良いほどだぞ」


 リリスが冗談めかして言うと、アルスは心から楽しそうに笑った。


「よかった。……さあ、リリス。朝ごはんを食べたら、今日は新しい薬草の種を植えよう。この村を、もっと素敵な場所にしたいんだ」

「……ああ。お前が行く道なら、私はどこまででもついて行こう」


 王都から追放された無能な調合師と、彼を愛した最強の魔族。

 二人の「お気楽な」生活は、ここから本当の意味で幕を開ける。


 世界を揺るがす奇跡が、ただの『調合』から生まれる物語――


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