第13話:撤退する騎士団と、レオンの禁忌の決断
リリスが放った圧倒的な魔圧の前に、王都が誇る重装騎士団は、文字通り泥を舐めて伏していた。
カスティール辺境伯の私兵たちが見守る中、かつて英雄と讃えられた勇者レオンの姿は、あまりにも無惨だった。
「ひ、ひぃ……っ! な、なんだ、この力は……!」
重力波によって石畳に押し付けられたレオンは、黄金の剣を握る力さえ奪われ、歯の根も合わないほど震えていた。
彼の隣で、マリアとゼノもまた、魔族の放つ濃厚な死の気配に当てられ、指一本動かせずにいる。
「……リリス、もういいよ。彼らも、もう戦うつもりはないみたいだし」
アルスが静かに声をかけると、リリスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……アルスがそう言うなら収めてやる。だがな、次にお前を侮辱する言葉を吐いたら、舌を引き抜いて魔界の犬の餌にしてやるからな」
リリスが指を弾くと、騎士団を押し潰していた重圧が嘘のように消え去った。
「はぁ、はぁ……っ! お、覚え……覚えていろよ!」
レオンは立ち上がるなり、千鳥足で馬車へと逃げ込んだ。
「退却だ! 全軍退却! こんな呪われた村、二度と来るか!」
騎士団の長も、屈辱に顔を歪めながら撤退の号令を下す。彼らは負傷した仲間を回収する暇もなく、這う這うの体でリーフ村を後にした。
その様子を冷ややかな目で見守っていたエドワードが、アルスに向き直った。
「アルス殿、見事な一蹴でしたな。……ですが、あの男の目はまだ死んでおりません。王都に戻れば、さらに卑劣な手段を講じてくる可能性がございます」
「……そうだね。レオンは一度言い出したら、自分の非を認めない性格だから」
アルスは寂しげに笑ったが、その瞳には王都への未練は一滴も残っていなかった。
***
数日後。王都への帰路につく馬車の中で、レオンは狂気に満ちた形相で拳を握りしめていた。
豪華な内装の客室には、重苦しい沈黙が流れている。
「……レオン様。もう、諦めましょう。アルスさんはもう、私たちの知っている彼ではありませんわ」
マリアが弱々しく呟いたが、レオンはその言葉を激しい平手打ちで遮った。
「黙れ! 諦めるだと!? この俺が、あの無能のガキと魔族の女に敗北したまま終われるか!」
レオンの頬は痩け、目は血走っている。
「あいつがいなきゃ、俺は勇者として終わるんだ! 民衆も、王も、俺が『薬なしでは戦えない』と知れば、すぐに手のひらを返す……。それだけは、絶対に許さん!」
「……どうするつもり、レオン」
ゼノが、虚無的な声で尋ねた。
「王都騎士団でも敵わなかったのよ。今の私たちに、あいつを連れ戻す力なんて……」
「……力なら、あるさ。……禁忌のな」
レオンが懐から取り出したのは、赤黒く脈打つ不気味な宝玉だった。
「……それは……勇者ギルドの地下奥深くに封印されていた、『魔神の心臓』!? レオン、正気なの!? そんなものに手を出せば、あなたの魂まで……!」
「構わん! あいつを屈服させ、再び俺の足元で這いつくばらせることができるなら、魂などいくらでも売ってやる!」
レオンの笑い声が、夜の街道に不気味に響き渡った。
彼は気づいていなかった。その宝玉を握る自分の腕が、既にどす黒く変色し始めていることに。
***
一方、リーフ村のアルスの屋敷では、そんな嵐の予兆など露ほども感じさせない、平和な時間が流れていた。
アルスは辺境伯から届いた「お礼の追加」である、最高級のハチミツを眺めていた。
「リリス。これで『美容ポーション』を試作してみようと思うんだけど、どうかな?」
「び、美容……? そんなもの、私には必要ないぞ。私は魔族だ、肌の衰えなど……」
「でも、リリスの肌、もっとスベスベになったら僕が嬉しいかなって」
「…………っ!? そ、そうか。お前が、お前がそこまで言うなら、協力してやらんこともない!」
リリスは顔を真っ赤にして、パタパタと翼を揺らしながらアルスの手伝いを始めた。
アルスの【真・調合】が放つ黄金の光が、キッチンを温かく包み込む。
かつての仲間たちが闇に堕ちていく一方で、アルスはただ、大切な人の笑顔のために、その至高の技術を振るい続けるのだった。
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