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第12話:王都騎士団の進軍と、辺境伯の介入


 リーフ村の平和な朝を切り裂いたのは、地響きのような軍靴の音だった。

 村の入り口には、王都の紋章が刻まれた白銀の鎧に身を包んだ、総勢五十名の重装騎士団が整列していた。その中心には、苛立ちを隠そうともしない勇者レオン、そして沈痛な面持ちのゼノとマリアの姿がある。


「……いたぞ。あの屋敷だな」


 レオンが村外れの美しい屋敷を指差すと、騎士団の長が冷徹な声で命じた。


「全軍、展開せよ。対象の身柄を確保する。抵抗する者は反逆者と見なし、武力行使を許可する!」


 平和な村に突如として現れた軍勢に、村人たちは恐怖に震え、戸を閉ざした。

 だが、騎士団が屋敷の門を潜ろうとしたその瞬間、上空から一振りの巨大な槍が飛来し、彼らの足元の石畳を粉砕した。


「止まれ、王都の使い。ここから先はカスティール辺境伯の私有地であり、何より『聖者アルス殿』の神聖なる領域だ。許可なき立ち入りは宣戦布告と見なす」


 屋敷のバルコニーから飛び降りてきたのは、辺境伯の懐刀、騎士エドワードだった。

 彼の背後には、辺境伯お抱えの精鋭兵たちが、既に弓を番えて騎士団を包囲している。


「どけ、エドワード! 俺は勇者だぞ!」


 レオンが前に躍り出た。その顔は怒りで真っ赤に染まっている。


「その男、アルスはもともと我がパーティーの荷物持ちだ! 王都へ連れ戻し、再び勇者の務めを果たさせるのは当然の権利だ。辺境伯ごときが口を挟むな!」


「荷物持ち、だと?」


 エドワードが冷笑を浮かべた。


「我が主の不治の病を癒やし、この村に数々の奇跡をもたらした御方を、貴様らはまだそんな言葉で呼ぶのか。……レオン殿、貴様は重大な勘違いをしている。アルス殿はもはや、貴様らのような落ちこぼれ勇者が扱える器ではないのだ」

「落ちこぼれだと!? 貴様、自分が誰に向かって言っているかわかっているのか!」


 レオンが黄金の剣を抜こうとしたその時、屋敷の玄関がゆっくりと開いた。


「……朝から、なんだか騒がしいね」


 現れたのは、いつも通りの飾らない服装のアルスだった。そしてその隣には、フードを目深に被りながらも、周囲の空気を凍りつかせるほどの威圧感を放つリリスが寄り添っている。


「アルス! やっと出てきたな!」


 レオンの瞳に、狂気じみた歓喜が宿った。


「ほら、さっさと荷物をまとめろ。特別に元の地位に戻してやる。……ああ、その隣にいる女も連れて行ってやってもいいぞ。王都の奴隷市場ならいい値が付くだろうからな」


 その言葉が発せられた瞬間、リリスの周囲から「音」が消えた。

 彼女が静かにフードを取ると、その背中から漆黒の翼が爆発的に展開され、巨大な影が騎士団全体を飲み込んだ。


「……今、この男をなんと呼んだ?」


 リリスの紅い瞳が、レオンを真っ直ぐに射抜いた。


「アルスを『荷物持ち』と呼び、私を『奴隷』と言ったか。……なるほど。貴様ら人間は、死ぬ方法さえ自分たちで選べないほど愚かだというわけだ」


「な、なんだその姿は……魔族……いや、魔王軍の幹部か!? アルス、貴様、魔族と通じているのか!」


 レオンの叫びに対し、アルスは悲しげに首を振った。


「通じているなんて、人聞きが悪いよレオン。彼女は僕の大切なパートナーだ。……それに、エドワードさんの言う通りだよ。僕はもう、君たちのところへは戻らない。僕には、ここで守りたい人たちがいるんだ」

「ふざけるな! なら力ずくで――」


 レオンが踏み込もうとした瞬間、リリスが指先を軽く振った。

 それだけで、騎士団の足元の地面が陥没し、強力な重力波が彼らを地面に叩き伏せた。


「が、はっ……!? な、何だ、この重圧は……!」

「跪け。アルスの慈悲があるうちに立ち去らぬなら、この場を貴様らの墓場にしてやる」


 リリスの言葉は、もはや警告ではなく「確定した未来」として響いた。

 最強の勇者を自称する男が、泥を舐めながら震えている。


 アルスはそんな彼を一瞥することもなく、エドワードに向き直った。


「エドワードさん、すみません。庭が少し汚れちゃいました。後で綺麗にするポーション、作っておきますね」


 圧倒的な力と、圧倒的な無自覚。

 王都の権威が、辺境の静寂の前に無惨にも砕け散った瞬間だった。


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