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第11話:ゼノの帰還と勇者の発狂、そしてアルスたちの新しい商品開発


 ゼノが王都に向けてリーフ村を去ってから、数日の月日が流れた。

 アルスとリリスの生活は、再び元の穏やかさを取り戻していた。

 アルスは辺境伯から贈られた純銀製の蒸留器を使い、これまでの設備では不可能だった「超高密度」の薬草抽出に没頭していた。


「……ふう。やっぱり、道具が良いとマナの馴染みが全然違うな」


 アルスが銀の蛇口を捻ると、中からエメラルドのように透き通った液体が滴り落ちた。


 それはただの回復薬ではない。


 飲む者の魔力回路を一時的に拡張し、魔法の発動速度を飛躍的に高める『魔力加速薬マナ・アクセラレーター』の試作品だった。


「アルス。また、とんでもないものを作っているようだな」


 背後からリリスが、トレイに乗せたハーブティーを運びながら声をかけてきた。


「リリス。うん、ちょっと新しいことに挑戦してみたくて。……これ、一滴だけでも舐めてみる?」

「お前の作ったものなら、毒でも喜んで飲むが……。……ん、これは……!?」


 リリスが指先に付いた雫を舌に乗せた瞬間、彼女の背中の翼が勢いよく開き、紅い瞳に激しい魔力の火花が散った。


「なんだ、このエネルギーは……! 私の深淵魔法が、一瞬で構築されたぞ!? これ一杯で、王都の一つや二つ、消し飛ばせてしまうではないか!」

「あはは、魔王軍の幹部が飲んだらそうなるのか。村の人には刺激が強すぎるね。……もっとこう、生活に役立つ『良い匂いのポーション』とか『お肌がツルツルになる石鹸』みたいなものの方が喜ばれるかな」


 アルスが無邪気に笑う横で、リリスは「お前の『生活に役立つ』の定義は、いつか世界を滅ぼすぞ」と苦笑しながらも、楽しげに翼をパタパタと揺らしていた。


 ***


 その頃、王都にある勇者ギルド『黄金の盾』の本拠地は、文字通りの地獄と化していた。


「……何だと? アルスが、戻るのを断っただと!?」


 レオンの怒声が、石造りの壁を震わせた。

 目の前には、リーフ村から命からがら逃げ帰ってきたゼノが、虚ろな目で床を見つめている。


「ええ……そうよ。……アルスは言っていたわ。もう、私たちの代用品にはなりたくないって」

「ふざけるな! あいつは俺たちの道具だろうが! 俺がいなきゃ、野垂れ死ぬしかなかったゴミの分際で!」


 レオンは机の上の地図を、怒りに任せて引き裂いた。

 だが、その手元はひどく荒れている。

 勇者として常に完璧であるはずの彼の肌は、栄養失調と魔力不足でカサカサになり、高価な鎧さえも今はただの重荷でしかない。


「レオン様……落ち着いてくださいまし……」


 マリアが宥めようとするが、彼女自身の顔色も最悪だった。

 聖騎士としての威厳はどこへやら、彼女の自慢だった銀髪は艶を失い、目の下には深いクマができている。


「……落ち着いていられるか! 次の遠征まで、あと三日しかないんだぞ! この状態で、どうやって『大魔王の尖兵』を倒せというんだ!」


「……アルスの、あのポーションさえあれば……」


 ゼノが、懐から一本の小瓶を取り出した。

 それは、アルスが別れ際に「帰り道のために」と渡してくれた、ただの滋養強壮薬だった。


「なっ、何だそれは!? ゼノ、持っていたのか!」


 レオンが奪い取るように瓶をひったくり、一気に飲み干した。


「……っ、ああ…………!」


 その瞬間、レオンの表情が劇的に変わった。

 淀んでいた瞳に光が戻り、震えていた手足に力がみなぎる。

 彼の中に溜まっていた毒素が一掃され、失われていた全盛期の活力が、たった一本の小瓶で蘇ったのだ。


「……これだ。これなんだよ! この感覚だ!」


 レオンは狂ったように笑い、空の瓶を床に投げつけた。


「……やはり、アルスがいなければダメだ。……だが、断ったというなら力ずくで連れてくるまでよ。辺境伯だか何だか知らんが、勇者の招集に背くことがどれほどの罪か、あのゴミに教えてやる……!」


 レオンの瞳には、かつての正義感などは欠片も残っていなかった。

 ただ、アルスのポーションという「麻薬」に似た万能感への渇望だけが、彼を突き動かしていた。


「……ゼノ。その村の場所を詳しく教えろ。……精鋭部隊を編成する。今度は、ただの隠密ではない。王都の騎士団を動かす」


 ゼノは何も答えなかった。

 ただ、アルスの温かさを知ってしまった今の自分たちが、どれほど冷たく醜い場所に立っているのかを理解し、そっと目を閉じた。


 嵐の予感が、着実にリーフ村へと近づいていた。


 しかしアルスは、そんな不穏な空気を余所に、リリスのために「絶対に焦げないフライパン用オイル」を調合することに夢中になっていたのだった。


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