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第10話:かつての仲間との再会、そして決別


 リーフ村の午後は、穏やかな陽光に包まれていた。

 村の広場では、アルスが特製の「滋養強壮茶」を大釜で沸かし、農作業を終えた村人たちに振る舞っていた。


「アルス様、いつも済まないねぇ。このお茶を飲むと、体中の節々の痛みが嘘みたいに消えるんだ」

「あはは、ただのハーブティーですよ。少しだけ【調合】で成分を濃くしただけですから」


 アルスが気さくに笑いながら木杯に茶を注いでいると、村の入り口から異様な物音が響いてきた。


 ガラガラと、車輪の悲鳴を上げながら一台の馬車が広場に滑り込んできた。

 御者台に座っている男は疲れ果てた顔で馬を止め、客室の扉が力なく開く。


 そこから這い出すようにして現れた人物を見て、アルスの手から柄杓が滑り落ちそうになった。


「……ゼノ?」


 現れたのは、かつて勇者パーティー『黄金の盾』で共に戦った魔術師、ゼノだった。


 王都でも指折りの美貌を誇り、常に清潔な青いローブを纏っていた彼女の姿は、見る影もなかった。

 ローブの裾は泥と血に汚れ、自慢の長い金髪は手入れもされずボサボサに荒れている。何より、その瞳からはかつての傲慢な光が消え、絶望と疲労の色だけが色濃く沈んでいた。


「……いた。本当に、いたのね……アルス……」


 ゼノは震える足取りで、アルスの方へと歩み寄った。彼女の魔力(MP)は底をつきかけているのか、一歩進むたびに呼吸が乱れ、今にも倒れそうだ。


 村人たちが「何事だ」と騒ぎ出す中、アルスは反射的に彼女の肩を支えた。


「どうしたんだい、そんな格好で。レオンたちはどうしたの?」


「レオンは……もう、めちゃくちゃよ。あいつ、あなたの代わりだと言って、怪しげな薬師を何人も雇ったわ。でも、どれもあなたのポーションには遠く及ばない偽物ばかり。……今じゃ、パーティーの貯金も底をつきかけて、マリアもバルガスも、喧嘩ばかりしているわ」


 ゼノはアルスの服を掴み、縋り付くように泣き始めた。


「お願い、アルス……戻ってきて。あなたがいないと、私たちはダンジョンの一層すら突破できないの。……私たちが悪かったわ。あなたがどれほど支えてくれていたか、失って初めて気づいたのよ! 謝るから……レオンにだって、土下座させるから!」


 ゼノの悲鳴のような訴えが、静かな広場に響き渡った。


 かつてアルスを「無能」「足手まとい」と罵り、荷物持ち扱いしていた彼女が、今や衆人環視の中でなりふり構わず復帰を乞うている。


 村人たちは、アルスがかつて勇者パーティーの一員であったこと、そして彼らがアルスを不当に追い出したことを察し、ゼノに向ける視線を冷ややかなものに変えていった。


 アルスはゼノの震える手を見つめ、少しの沈黙の後、ゆっくりとその手を解いた。


「……ごめん、ゼノ。僕は、もう戻らないよ」

「……えっ? どうして……。条件なら、今の倍の報酬を約束するわ! それに、もうあなたに雑用なんてさせない!」


「報酬の問題じゃないんだ。……僕はね、ここに来て初めて気づいたんだよ。王都にいた頃の僕は、君たちの顔色を伺って、嫌われないように薬を作っていた。でも今は違う。僕が作った薬で、目の前の村人たちが笑ってくれる。それが、何よりも嬉しいんだ。……僕はもう、誰かの『代用品』として薬を作りたくないんだよ」


 アルスの声は、かつてないほど穏やかで、そして断固としていた。


「そんな……。じゃあ、私たちはどうすればいいのよ! あなたがいなきゃ、私たちは……!」


 逆上しかけたゼノの背後に、巨大な影が差した。


「……聞き捨てならんな。アルスにこれ以上の無心をするというなら、私が相手になろうか」


 買い出しから戻ってきたリリスが、買い物袋を片手に持ちながら、冷徹な瞳でゼノを射抜いた。

 リリスが隠しきれない魔力を一瞬だけ解放すると、ゼノは悲鳴を上げて地面にへたり込んだ。


「ま、魔族……!? 魔王軍の幹部クラス……!? なぜ、そんな存在がここに……!」


 一流の魔術師であるゼノには、目の前の美少女が「災害」そのものであることが瞬時に理解できた。


「アルスは私の大切なパートナーだ。……かつて彼を捨てた貴様らに、再び彼を傷つける権利などない。……失せろ。次はその首を撥ねるぞ」


 リリスの宣言は、勇者の命令よりも遥かに重く、絶対的な拒絶だった。


「ゼノ、これを」


 アルスは腰のポーチから、一本の小さな青い瓶を取り出し、ゼノの足元に置いた。


「それは、僕が今朝作った滋養強壮薬だ。……それで王都まで帰りなよ。それが、僕が君たちにできる最後の『仕事』だ」

「アルス……待って、行かないで……!」


 ゼノの制止を振り切り、アルスはリリスと共に屋敷へと続く道を歩き出した。

 リリスは満足げにアルスの腕を抱き、わざとらしく翼を揺らして、ゼノに勝利を誇示してみせた。


 広場に残されたのは、土汚れに塗れた元仲間の慟哭と、足元で虚しく輝く小さなポーションだけだった。

 それは、世界で最も高品質でありながら、今の勇者パーティーには決して手が届かない「幸福」の残滓だった。



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