16.黒い人影ーその1ー
さらっと読める短編を考えてたのに、思うより長くなっちゃいました。全部で4編。最後までお付き合い頂けたら嬉しいです⭐︎
天気予報ではゲリラ雷雨が発生すると何度も注意喚起していた。猛烈な勢いで窓を穿つ音を聞きながら、サイコロを振った。真っ白なテーブルの盤面で転がる六面体。それは無機質な音を立て、雨音と張り合っていた。
出た目は五。
私は友人の家に遊びに来ていた。最近コーヒーを飲めるようになった友だちのアンちゃんは、私にもご馳走してあげると、アイスコーヒーを用意してくれた。透明なグラスに入ったコーヒーは、コーヒーフレッシュとシロップ、キューブ型の氷と混ざり合っていた。スプーンでかき混ぜると、一口含んだ。ひんやりとした、甘くてコクのある味が広がる。次いでじわじわと苦味がやってきた。
「どう、おいしいでしょ?」
「うん。飲みやすいよ、ありがとね」
お世辞抜きで、飲みやすくておいしい。
顔を上げアンちゃんを見やると渋い顔をしていた。赤いコマは私、黄色いコマはアンちゃん。ふたつのコマの間には結構な距離が広がっていたのだった。
私たちはすごろくをしていた。ボードのマスには一から百まで書かれた数字と、蛇とハシゴの絵柄がある。スネークアンドラダー。そういう名前のボードゲームらしい。
彼女がサイコロを振るのを横目に、私はスマホに手を伸ばした。画面に触れると、ゴシック体の白文字で「13:34」と表示されていた。新着メッセージはなし。
スマホをチェックしていることに気づいたアンちゃんが、コマを進めながら言った。
「ミノリ、遅いね〜」
「遅れるって連絡があったから仕方ないよ。でもどれくらいで着くのかは教えてほしいよね」
「まぁ、そのうち来るでしょ」
次は私の番だった。サイコロを振ると、出た目は五。
赤いコマに手を伸ばしながら、先ほどから抱いていた疑問を口にした。
「ところでさ、私たち、なんですごろくやってんの?」
「ん〜・・・暇だから? ってのは半分冗談で、この前親戚で集まった時にみんなでコレやったんだよね。そしたら意外と面白くて。またやりたいと思ったんだけど、家族とじゃつまんないし」
「ふ〜ん。こういうのって小さい頃にやったきりだなぁ」
コマを進めた先には蛇の口が描かれていた。するとアンちゃんの嬉しそうな声が聞こえた。
「ざんね〜ん! 蛇の口のマスは、蛇の尻尾の先まで戻らなければいけませぇ〜ん!」
「はぁ!?」
憎たらしい言い方に腹が立った。悪ノリ全開の友だちをひと睨みすると、仕方なく蛇の尻尾の先を目で辿った。するとアンちゃんのコマのひとつ後ろに戻ることになってしまった。
「嘘でしょーー!!」
「ほらほらほら〜、面白くなってきた! 人生には意外な落とし穴があるんだよぉ! ほんと残念! あぁ、かわいそう」
かわいそうと言いながら喜んでいる。すぐに挽回してやると決意したその時、違和感を感じた。背後から視線を感じる。
誰かが私を見てる?
振り返ると、目の前には半開きのドア。3、4センチの隙間から、ドア奥の廊下が少しだけ見えている。そこには誰もおらず、奥に階段が見えるだけだった。視線を感じたのは気のせいだろうか。
ドアを見返る私を不審に思ったのか、アンちゃんが不思議そうな顔で訊いてきた。
「なに? どしたの?」
視線を感じたと正直に言うべきだろうか? でも私の勘違いだったわけだし。せっかく家に招待してくれたのに怖がらせてもいけないから黙っておくことにした。
「・・・ううん、なんでもない。あのさ、今日って私たち二人だけなんだよね?」
「うん。ママはパートだし、パパは仕事。それがどうかしたの?」
「どうとかそうとかじゃなくてね〜・・・」
隠しごとが苦手な私は、白々しく言葉を濁した。そんな私の態度にアンちゃんは違和感を感じたのか、疑いの眼差しをまだ私に向けている。
「隠し事? そういうの気になるから、さっさと言って!」
「実は、さっき誰かに見られてた気がして」
「え? そんなわけ無いじゃん。だって今、私たち二人きりなんだよ?」
「うん。だから勘違いかなって」
「・・・もしかして、幽霊?」
「ちょっ! そんなわけないじゃん!」
ダン・・・
重い音が室内に響き、私とアンちゃんの肩が同時に飛び上がった。リビングのドアの奥から音が鳴った気がする。
「ねぇ、アンちゃん。お母さんが帰ってきたんじゃない?」
「まさか。夕方まで仕事だから、それは無いなぁ」
「じゃあ・・・幽霊?」
私はおそるおそるアンちゃんの顔を見つめた。彼女は目元を引きつらせながら見つめ返してきた。
キィィ・・・
背後のドアが開く音がして、息が止まりかけた。
もしかして、本当に幽霊?
私の位置では振り返らなければドアが見えない。けれどアンちゃんから向かって右はドアだから、ちょっと首をひねれば何が起きてるのか見えるはずなんだけど・・・
ちらりと窺うと、青い顔をしてテーブルの一点を睨んでいた。
うん、そうだよね。この雰囲気じゃ、幽霊なんてバカバカしいと思っていても振り向けないよね。
・・・と、何かが近づいて来る気配がして背筋が冷たくなるのを感じた。
気配はどんどん近づいて来る。私の脈もどくどく速まる。そして聞こえたのは、第三者の声だった。
「ふたりとも何してるの?」
「きゃあああぁぁぁ!」
「み、みのりん!? どうやって入ってきたの? ってか、インターホン鳴らした??」
家主であるアンちゃんがパッと顔を上げ「みのりん」と呼んだので、私は勢いよく背後を振り返った。
目の前には、遅れて来たミノリが立っていた。でも直立してるわけじゃない。彼女は私の絶叫に驚いたようで、後ずさりポーズのまま両手を胸に当て、目を見開きながら私に怒鳴った。
「ちょっと! 驚かさないでよ!」
「ごめん、ミノリだったんだ。って、そっちこそ驚かさないでよ!」
「なんで私が怒られなきゃなんないのよ」
ミノリは肩をすくめると、アンちゃんのうしろを通って私の向かいのスペースに座った。そこはクッションが置かれていて、ミノリのために用意された席だった。
「インターホン鳴らしたけど誰も出なかったよ〜? 仕方ないからドアを引いてみたら、なんと開いちゃった。だから勝手に入ったというわけなんだけど、こんなに驚かれるとは・・・次からこうやってお邪魔しちゃおうかな」
「みのりん、不法侵入じゃん」
眉をひそめるアンちゃんに、ミノリがムッとしたように言った。
「アンが悪いよ〜! 防犯のために、ちゃんと鍵は閉めた方がいいですよ〜」
「へ〜い。分かりました〜」
気のない返事をする家主は、ミノリにアイスコーヒーを用意すると言って席を立った。
♦︎
窓の外からは激しい雨音が聞こえてくる。
私はボードゲームに視線を移すと、ミノリに言った。
「今すごろくやってる最中なの」
言いながら、使ってないコマを袋から取り出した。残った色は白、黒、青。ミノリが青にすると言ったので、私はコマをスタート地点に置いた。するとミノリは困ったように呟いた。
「わたしこういうので遊んだ記憶ないんだよね。できるかな」
「大丈夫だよ。難しくないし、コレ多分、勝ち負けは運次第のやつだと思う。だから気軽にできるんじゃないかな?」
「そっか」
不安気なミノリの気分を和らげようと、私はヒソヒソ話をするように声を落として言った。
「これが終わったらダンスしてるところを撮ろう。今流行ってるアレね」
「いいね」
ミノリに笑顔が戻った。
「ってことで、アンちゃん、私、ミノリの順ね。ミノリから振っていいよ」
「分かった」
小さく頷くミノリ。すると、リビングの奥からアンちゃんが出てきた。片手にはグラスのアイスコーヒー。私のと同じ種類のグラスだ。彼女が歩くたびに中のコーヒーと氷がゆらゆらと揺れていた。
それをミノリの前に置きながらアンちゃんが言った。
「お! みのりんは青色のコマなんだ。順番はどうする?」
「さっき私が進めたから、次はミノリからってことににしたよ」
「オッケー! じゃあ振っちゃってください!」
明るい声音に急かされて、ミノリはサイコロを振った。出た目は六。進んだ先は何もないマスだったが、アンちゃんはもう一度振るように指示してきた。どうやら六が出ると続けて振れるらしい。
ミノリが再びサイコロを振ると目は六で、驚いた表情で言った。
「これ永遠に振れるんじゃない?」
「そんなわけないじゃん。二回振ったら六が出てもおわり。だから、みのりんはそこでストップ」
コマを進めた先には長めのハシゴがあった。その先はアンちゃんのコマの先まで続いており、あっという間に何十歩分も進んで私たちのコマを追い抜いた。
「すごいじゃん、ミノリ!」
笑顔を向けたけど、なぜかミノリの顔は強張っていた。
違和感を感じ、彼女の視線の先を辿ると窓に行き着いた。先ほどまで雨が打ちつけていたが、急速に弱まっていた。今すぐにでも止みそう。
雨粒が残る窓には、特別変わったところはないように思えた。しかし・・・
「きゃあ!」
「え?」
突然窓の外がピカッと光った。続いて雷鳴が轟き、私はびくりと飛び跳ねた。轟音とともに床がビリビリと震えている。近くで雷が落ちたようだった。
「びっくりした〜!」
アンちゃんも驚いていた。家には私たちしかいないため少し心細かった。
もしヒューズが飛んだらブレーカーを上げないといけないんだよね? いや、そんなことより、ちょっと待って。さっきカミナリが落ちる前にミノリが叫んだような・・・?
私は遅れてきた友だちの顔を覗きこむと、背筋が冷たくなった。彼女は真っ青な顔をして、まだ窓を見つめていたのだった。
「ミノリ? 窓に何かあるの?」
「いま、雷が落ちる前に窓の外に誰かいた。こっちを覗いてたのに、カミナリが光ったら消えてる・・・」
「怖っ! ここ私の家なんだから、そういう冗談やめてよ〜」
アンちゃんが両腕をさすりながら半笑いで言ったのだけど、ミノリは首を横に振って真顔で答えた。
「冗談じゃないって。本当に窓から誰かがこっちを覗いてたの」
私たちは窓を見つめた。雨粒が垂れ流れる窓に、影がさした。丸い雫はとめどなく窓にぶつかり、次々と転がり落ちる。別の窓を見ると、地面に降り注ぐ雨は白い筋をはっきりと残していた。
どしゃ降りに変わってまもなく、窓の外が光り、数秒後にゴロゴロと聞こえた。今のは遠いようだ。
カチャ・・・
リビングのドアの外から、またしても何かの音が聞こえた。
私とアンちゃんは同時に顔を見合わせた。口にこそ出さないものの、また物理的な何かが動く音が聞こえてしまったのだから。
最初に聞いた音はミノリが玄関に入った音のはず。けれどもう家に来る人はいないわけで。つまり、いま聞こえてきた音は・・・いったい誰の出した音なのだろう?
風? 泥棒? それとも・・・
アンちゃんの目を見ても、もちろん答えは分からなかった。
「ひいっ!」
短い叫び声をあげたのは、またしてもミノリだった。
「みのりん、どしたの!?」
アンちゃんの声は緊張を孕んでいた。でもみのりの方が、もっと張り詰めた声音で言った。
「ふたりともアレ見た!? ねぇ見たでしょ!?」
「ちょっ・・・みのりん、落ち着いて!」
動揺して体を強張らせていたミノリは、ぎこちない動作で右腕を前に出した。突き出された人差し指は、カタカタと小刻みに震えていた。それだけじゃない。彼女の声も震えていて、少しだけ聞き取りにくかった。
「ド、ドアの向こうを、黒い影が横切ったじゃん」
私たちは一斉にドアを振り返った。
数センチ開いた隙間からは、廊下の一部が見えている。薄暗い階段には誰もいない。けれど、人影が見えたらしい。本当なのだろうか?
0時に二話目更新します。




