15.寝息
この話で『夏のホラー 音』に参加します!
よろしくお願いします⭐︎
黄緑色の小さな灯りを見つけて、クーラーが稼働しているサインだと思った。冷風を送り出す機械の真下にはオフホワイトのカーテンが引かれているが、今は常夜灯の橙色に染まっている。
いま何時だろう?
スマホで時間を確認しようと思ったが、不自然に明るい画面を見るのは気が進まない。
窓ぎわに体を寄せて寝ていた僕は、その姿勢のまま手を伸ばし橙のカーテンを少しだけめくった。
窓ガラスの向こうには漆黒の空が広がっており、その中に三日月がぽつんと浮いていた。
まだ夜か。
ベランダがないお陰で月を遮るものはなかった。しばらく観察していると、月のすぐ真下にある隣家の屋根が気に障った。もし隣の家がなければもっと綺麗に見えるのになぁと妄想するのは、今日が初めてではなかった。
そろそろ眠ろう。
カーテンから手を離し、目を閉じた。
視界を遮断すると、一人ではないのだと思い出した。というのも、家族の寝息が聞こえてきたのだ。
カーテンを背にするように寝返りを打ち、薄く目を開けてみる。僕から少し離れた場所で横になっているお母さん。その腕の中にいる娘の顔に視線を移すと、ぽってりとした可愛らしい我が子の唇から、か細い寝息が洩れていた。
「くぅ〜・・・くぅ〜・・・」
娘の呼吸する音。それは平和の象徴のように思える。秒針のように規則正しく刻まれる優しい寝息は、僕を幸せな気分にさせ、甘く深い眠りへと誘ってくれる。
「ぐぉぉぉぉ」
地を這うようないびきのおかげで、眠りの世界から現実へ引き戻された。
これはお母さんのいびき。子どもの世話疲れのせいなのか、ここ数年は音がやたらと大きい。
「ずぅ〜・・・」
鼻が詰まっている音。こちらはお母さんのうしろで寝転がっている息子のいびきに違いない。夏風邪をひいてるようだ。
「あぁ〜・・・」
今度は甲高い声音のいびき。何度も聞くと耳について眠れなくなりそうだ。お母さん、相当疲れてるんだな。
僕は寝返りを打つと、寝息のオーケストラを聞きながら考えた。
明日は休みだ。子どもたちを連れて近所のプールへ行き、かき氷でも食べさせようか。あぁ、でもそうだ。息子が、息子が風邪を・・・
風邪をひいているかもしれないからプールはダメだと思うのに、僕の意識は宙を漂う煙のようにゆらゆらと揺らぎ、考えがまとまらなくなっていく。
ねむい・・・
まどろみに意識を委ねると次第に心地よくなっていく。例えるなら、ぬるい温泉に浸かって目を閉じるような気分。知らず知らずのうちに、自分が睡魔と溶け合っていく。
「ぐおぉぉぉ」
「あぁ〜・・・」
耳につく寝息が再び眠りを妨げてしまう。地響きを立てているお母さんのいびきと不協する、お母さんの甲高い寝息。なんだか腹立たしくなってきた。
「くぅ〜・・・」
「ぐぉぉぉぉ」
「ずぅ〜・・・」
「あぁ〜・・・」
「くぅ〜・・・」
「ぐぉぉぉぉ」
「ずぅ〜・・・」
「あぁ〜・・・」
「くぅ〜・・・」
「ぐぉぉぉぉ」
「ずぅ〜・・・」
「あぁ〜・・・」
うるさくて眠れやしない!
怒りに任せて上体を起こし、お母さんに向き直った。そのまま「静かにしてくれ!」と一喝しようとした直前。ふと、異変に気づいた。
どうしてか、お母さんの寝息がふたつ聞こえている。
いや、そんなわけない。お母さんの寝息はひとつに決まっている。でも、ふたつ聞こえるということは、つまり、ひとつ余分なのだ。
だとしたら・・・いったい誰の寝息が聞こえてるんだ?
「くぅ〜・・・」
「ぐぉぉぉぉ」
「ずぅ〜・・・」
「あぁ〜〜」
ぎょっとした。
家族の寝息と臨唱している甲高い声は、寝息じゃなく呻き声なのだと、唐突に気づいた。
なぜかは分からないが、その声は僕の真後ろにあるカーテンの向こう側から聞こえてくる。
ゆっくり振り返り、小さな黄緑色のライトを見やった。エアコンが稼働していて部屋が涼しいことから、窓は閉め切っており外の声は聞こえにくいはず。加えて、我が家の寝室にベランダは無い。
みなさんも、目を閉じて耳を澄ませたら・・・
何か聞こえてくるかもしれませんよ。




