93話 「蒼条海は悪夢から目覚めたい③」
「まぁまぁ、気を取り直してご飯にしましょう」
優しそうな声で窘める影子……もとい、カネさん。穏やか過ぎて逆に怖い。
「わーい、ご飯……デス」
「今日のご飯はなぁに?」
「うふふ、とっておきよ」
俺たちは言われるがまま、ちゃぶ台を囲んで座らされた。昭和を思い出されるような、あのよく見た光景そのままだった。
「ボクもうお腹ぺっこぺこだよ」
「あたしもー!」
「こらこら、二人とも。お行儀が悪いぞ! なぁ、メマ」
「メ、だニャ」
どこからかともなく現れるメパー。しかも、頭が猫耳になっている。お前に至ってはもはや何なんだよ!
「はい、どうぞ。今日のご飯はキノコ汁よ」
カネさんとドザエが台所からやってきて、お盆を運んできた。お椀が人数分乗っている。
俺らの前に差し出されたのは、一杯の味噌汁。
その中に、思いっきり目立つ大きなキノコ。それも、緑色に毒々しく輝いている。
……………………
…………………………
またか。
またこのキノコか。
「マカオにいさん、どうしたの?」
「パパ、お腹空いてないデスか?」
――いやいや。
これは明らかに罠だ。
これを食ったら、絶対にヤバい。どうせまた変な夢を見させられるに決まっている。
「マカオくん、食欲ないとは珍しいな」
「キノコお嫌いでしたか?」
「いや、そんなことはないが……」
――どうする?
ここからどうやって食わずに済ませる?
「あなた……もしかして、私が作った料理が食べられないとでも?」
「いや、だからそんなことは……」
「そんなこと!? 私が心配しているのに、そんなことだなんて……うるうる」
――お前、もう、喋るな。
一番インパクトがでかいドザエ……もう白龍と呼ぼう。白龍のコスプレがあまりにも笑いを誘ってくるからタチが悪い。キャラ崩壊も甚だしいぞ、お前!
こんな家族コントに付き合ってられるか!
「マカオくん!」「マカオさん!」「マカオにいさん!」「パパ!」「あなた!」
――あぁ、もう、うるさい!
苛立ちと笑いを堪えながら、俺は気持ちを落ち着けて、ゆっくりとちゃぶ台に目を向けた。
こうなったら、古来より伝わるこの手しかあるまい。
こんなのは、俺の流儀に反するが……俺は息を吐き出しながら、全員を睨み付け、ちゃぶ台の縁に手を添えた。
「こんなもの、食ってられるかああああああああああああああああああああああッ!」
俺は全力でちゃぶ台をひっくり返した。 味噌汁が宙を舞い、キノコが部屋中を飛び回る。
「ああああああああああっ!」
家族全員の悲鳴が響いた。
先ほどと同様に、視界が音もなく崩れ去っていく。間違いなく、これは夢だ。それも、タチの悪い悪夢だ。
俺の意識も、徐々に薄れていく。
これでようやく分かったことがある。
――こんな芸当ができるのは、奴らしかいない。
「闇乙女族……め……」
再び眠りにつく俺の脳裏に、微かに働いた意識で悪態を吐いた。
……
……………
「……きて」
――ん?
まだ、俺は……
「起きて……」
川辺の声が聞こえる。
また夢か、と思い、意図的に目を閉じたままにしておいた。
「起きてええええええええ!」
「どわあああああああああああッ!」
突然の川辺の大声に、俺は思わず驚いて跳ね起きてしまった。
その弾みで、ドン! とベッドの縁に頭をぶつけた。痛みがじんじんと脳天から溢れだしてくる。これは間違いなく夢ではない。現実だ。
「いたた……」
「だ、大丈夫?」
「あ、なんとか……」
ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、川辺が俺の顔をじっと見つめてきた。
「それよりも、大変! 大変なことが起きたんだよ!」
――ん?
嫌な予感がする。俺は傍らに置いてあった眼鏡を掛けて、彼女をじっと見つめた。
「大変って、何かあったのか?」
川辺はすぅ、っと息を吸いながら、
「いいですか、落ち着いて聞いてください。男子の皆が、女の子になってしまいました……」
……………
――そういうことか。
俺は起き上がり、急いで川辺と一緒にリビングへとやってきた。
部屋に足を踏み入れるなり、俺の肩が一気に力が抜けた。目の前に広がる光景が、あまりにとんでもないものだったからだ。
「そうじょう……」
「どうなってんだよぉ……」
見知らぬ女が二人、床に座りこみながら涙目で俺を見据えてきた。
うちのゼミにこんな奴いたか? と混乱したが、二人が着ているシャツには見覚えがある。が、明らかに胸が大きい。髪も伸びている。
「お前たち、もしかして……」俺は恐る恐る訪ねることにした。「鰤木に、鯖戸……か……?」
その問いに、二人ともこくん、と頷く。
「朝起きたら、こんな身体になっちまった……」
――やはりか。
「私たちが起こしに行ったら、知らない女の人がいて……」
「最初は信じられなかったけど、話を聞いたら間違いなく鰤木と鯖戸だったってワケ」
川辺ともう一人の女子の話を聞いて、ようやく確信が持てた。
昨日のキノコからどうも怪しいと思っていたが、間違いない。あの悪夢といい、これは間違いなく、闇乙女族の仕業だ!
「悪夢だ……」
俺はぽつりと呟く。
「そうだよ! 悪夢だよ! あの国民的アニメ風の夢っ!」
「俺も見たよ! んで、夢の中であの緑色のキノコを食ったらこうなっちまったんだよ!」
――食ったのか!
夢の中なら仕方がないか……いやいや、夢の中とはいえ、さすがに疑えよ……
ひとまず、今はそこをツッコんでいる場合ではないな。
この二人が女になっている。と、いうことはつまり――
「ちょっとぉ、これは一体どうなっているんだい!?」
部屋に入ってきた、なんかやたらと伸びやかな声の主。
俺たちはその人物の姿を見るなり、顎が外れそうなぐらい唖然としてしまった。
「……やっぱり」
なんだかやたらと膨よかな胸。派手な化粧。
そして、伸びきった赤い髪が、その人物が誰かをしっかりと表していた。
「お前……鰆名、だよな?」
「そうだよ! そういうキミたちは……」
「鰤木と鯖戸だよ!」
二人が叫ぶと、鰆名は大して驚く様子もなく中へとズケズケ入っていった。
「そうかそうか、キミたちもそんなことになってしまっているのか」
「うぅ……どうすんだよこれ……」
全員が困惑する中、俺は黙って頭の中で状況を整理していた。
男が女になってしまう現象など、まず間違いなく闇乙女族の仕業に違いない。
おそらくは俺たちに悪夢を見せた後でGODMSを抜くというやり方を取っているのだろう。いかにも奴ららしいやり方だ。
その夢を見せた原因も、おそらくは……
「それもこれも、昨日食ったあのキノコのせいだ!」
――だろうな。
昨日のバーベキューでこっそり置かれていた、あの緑色のキノコ。
あれを食った後で突然深い眠りに誘われて、そして起きたらこんな状況になっていた。原因は間違いなくあのキノコのせいだろう。
だが、何か引っかかる……
「蒼条くん以外が、女の子になっちゃった……」
「っていうか、なんで蒼条くんだけ女の子になってないワケ?」
「そうだそうだ! お前だけ無事だなんておかしいぞ!」
「あぁ、それは……」
夢の中でキノコを食わなかったせいだろう、と俺が言おうとした矢先だった。
女になってしまった鰆名が俺の前にやってきた。口をへの字に曲げ、眉間に皺を寄せている。どうでもいいが、あまり近寄らないで欲しい。
「そうだ、どうもおかしい。そういえばキミ、昨日僕に変なキノコを食わせたよな!? それが原因か!?」
鰆名が詰め寄ってくる。言い掛かりだが、この状況なら疑われても仕方あるまい。
「それは、鰤木が……」
「俺のせいにしてんじゃねぇよ!」
「っていうか、女子があのキノコを採ってきたんだろ!?」
「はぁ!? あたしたちのせいだって言うの!?」
「キミぃ、女の子を疑うなんて最低じゃないか!」
――参ったな。
皆が怒り心頭で揉めだしたぞ。こんな不可解な状況だから無理もないが、少し落ち着けと言いたい。
「蒼条くん、どうしよう……」
「どうしようったってな……」
俺は困惑しながら、頭を掻いた。
「とにかく、僕はコイツが怪しいと思っている! どうせ、僕に嫉妬してあんなヘンテコな緑のキノコを食わせたのだろう!」
鰆名が更に詰め寄ってきた。
「嫉妬って、お前なんかに誰が嫉妬するかよ! なぁ!?」
「女子のせいだろ! 変なキノコをこっそり混ぜやがって!」
「だからあたしらじゃないって! ちゃんと図鑑で調べて採ってきたし!」
「変なのは採ってきてない、と思う……多分」
いがみ合ってる中、比較的冷静なのは川辺だった。彼女なりに困惑しているのだろうが。
――さて、どうしたものか。
俺はしばらく思案を巡らせた。
……
――なるほどな。
俺はふぅ、と息を吐き、全員を睨み付けた。
「これで分かった。謎は、全て解けた」
「えっ……」
全員が一斉に黙り、俺のほうに視線を向けた。
「あの変なキノコをこっそり置いた犯人……やはり、この中にいたようだな」
「蒼条くん、分かったの?」
「あぁ……」
いや、もうあからさまに怪しかったが。
俺以外の誰も気付いていないようだから、しっかり突きつけてやらねばならないようだな。
鉄板名人といわれた、親父の名にかけて!




