94話 「蒼条海は悪夢から目覚めたい④」
「えー、不可解な事件になってしまいましたメ。ですが、犯人は最後に……」
「お前は出てくるな!」
急に現れたメパーを制止し、謎の暗転を気にすることもなく、俺は解決編へと向かうのだった。
「……蒼条くん?」
「なんでもない。ただの独り言だ」
いらん邪魔が入った。咳払いを挟み、俺は気を取り直して全員を見据えた。
「……この中に」
「……犯人が?」
「いやいや、どうやったら男が女になれるんだよ! そんなキノコ本当にあるのか!?」
もっともな疑問だ。が、説明している時間はない。
「そういうキノコも存在する。最近、今回のような事件が多発しているだろう? あれを起こしている連中の一人だ」
「そういえばそんな事件もあったわね」
「俺の知り合いにも女になったって奴がいたぜ」
「……じゃあ俺たちもおんなじようになっちまったってワケか」
「あぁ。おそらくその一味と手を組んで、今回の事件を仕組んだ奴がいる。この中にな!」
一気に部屋中に緊張感が迸る。
鰤木も鯖戸も、鰆名も――額から冷や汗を流し、互いの顔を見合わせた。
「それで……誰なの? その犯人っていうのは」
「犯人は、ひとりしかいない」
俺はしっかり、“その人物”を睨み付けてやった。
そいつもまた、かなりの冷や汗を垂れ流している。やましい気持ちで一杯なのだろう。
ゆっくりと、俺の指の先端はそいつを指してやった。
「お前だよ。鰆名ッッッ!」
一同が唖然と鰆名を見つめる。
歯を食いしばるように、鰆名は顔を硬直させて目を見開いた。
「なっ……」
「鰆名、くんが……?」
迸った緊張感を解くかのように、鰆名は顔を緩める。
「ふっ、やはりキミはミソジニーだねぇ。僕が犯人だと? 馬鹿も休み休み言いたまえ。そんなワケないだろう」
「ほう?」俺は眼鏡をクイッ、と直して、「なら何故、さっきこう言った? 『あんなヘンテコな緑色のキノコを食わせた』ってな」
「そ、それが何か……」
と言いかけたところで、鰆名ははっと気がついた。
「どういうことなの? 蒼条くん」
「どうもこうも、コイツがキノコの色なんて知っているはずがない。何故なら、あのキノコは焼いたら色が茶色く変化したのだからな」
「うぐっ……」
鰆名は言葉に詰まった。
「そ、そんなの、焼く前に見たから……」
異議あり!
と、鰤木が制止した。
「何言ってんだよ! お前、ずっと女の子と話をしていただろ!」
「俺らはお前に見つからないようにこっそりと焼いていたし!」
「だ、だから、採ってきたときに……」
「アンタ、手伝いもせず、ずっと部屋に籠もっていたよね!? バーベキューが始まっていてからも、あたしたちが採ってきたものなんて目もくれずに、持ってきた肉の自慢しかしていなかったし!」
「ぐ、が……」
――よし!
鰆名がかなり狼狽えている。
ここまできたら、もう一押ししてやろうか。
「お前に緑のキノコを見る機会なんてなかった。なのに、何故お前はあのキノコを見た?」
「それは、その……」
「もうひとつ質問しよう。お前、夢を見たか?」
「ゆ、夢、だと……?」
「あぁ。お前も変な夢を見ただろう? どんな夢だった?」
そう尋ねると、鰆名は不敵な笑みを浮かべて、
「あぁ、見たさ。お前が部屋で殺されて、僕が見事に解決する夢をな!」
――なるほどな。
「確かに、俺が見た夢と似たような内容だな。ただ、被害者は違うが。で、それでおしまいか?」
「あぁ、それでおしまいだ! それがどうした!?」
「えっ……?」
女になった鰤木と鯖戸が不思議そうに顔を引きつらせた。
「お前、夢の中でキノコ食ってないのか!?」
「……はい?」
思わず、鰆名は目を見開いた。
「キノコだよ、キノコ! 俺、てっきりあの夢の中に出てきたキノコを食ったせいで女になったって思い込んだんだけど……」
「あ、あぁ。そうだ、そうだった」鰆名は額から汗を垂らして、「キノコね、食べたよ。うん、確かに……」
「もうバレているんだよ!」
俺は鰆名の長い髪を掴み、一気に引っ剥がした。
スポッ、と下げられた長い髪の下から、赤くて短い髪が露わになる。
「あっ!」
「しまっ……」
俺は鰆名が被っていたカツラを奴へと投げ返して、睨み付けた。
「やはりただの女装だったか。女になったフリなんぞして、騙そうったってそうはいかない」
「ぐっ……気付かれていたか」
「あぁ。キノコの色について聞かれたとき、『夢の中で食ったキノコの色と勘違いしていた』とでも言い訳できたはずなんだがな。そう言わなかったから、鎌を掛けてみたら、当たっていたようだな」
鰆名は口元を歪ませて歯ぎしりしている。
が、途端にふっと笑みをこぼして、あざ笑うかのように俺たちを見据えてきた。
「なぁるほど、ね。キミをただのミソジニーだと思っていたけど、ナメていたようだねぇ」
「いや、別に俺はミソジニーでは……」
「だがねぇ! 残念ながら、これも予定どおりなのだよ!」
鰆名が指をパチン、と鳴らした。
バタッ――
まるで操り糸が切れたかのように、鰤木も、鯖戸も、そして川辺も……みんな、一斉にその場に崩れ落ちた。
「なっ……」
「ふっふっふ、さぁて、僕を捕まえられるかなぁ?」
嫌みったらしい笑いを浮かべて、鰆名は唐突に窓を開けて、外へと駆け出していった。
「待てっ! おいっ!」
――クソッ!
こうなったら鰆名を捕まえるしかない。
おそらく、奴の裏にいるのは闇乙女族だ。
今のうちに、変身するしかないな。
「オトメリッサチャージ・レディーゴーッ!」
俺はブレスレットを高らかに掲げて、叫んだ。
水色に変化した光の粒が、俺の身体を包み込んでいく。段々、胸が痛くなるが、しばらくして重いという感触へ変化していく。尻もどことなく大きくなっていく。
髪が一気に伸びていき、絡み合いながら、右側のほうへ結ばれていった。
服も光の中で、変貌を遂げていき……、
やがて、光が消えた。
「溢れる知識の海、オトメリッサ・マリン!」
オトメリッサに変身した俺は、急いで鰆名の後をつけることにした。
森の中とはいえ、木々の間隔は広く、見通しは悪くない。が、鰆名の姿は見えない。
「どこだ……」
辺りを見渡す。オトメリッサに変身すると眼鏡が外れるが、おかげで視力がとんでもなく良くなっている。
――いた。
森の奥へと向かおうとしている、見覚えのある赤い髪。
「待てっ!」
俺は奴の姿を追いかけていった。
森の奥へ向かっていくと、突如として鰆名が立ち止まった。
「は、はははは……はぁい、キミの為に、ミソジニーどもの漢気を持ってきてあげたよぉ」
誰だ? 誰と話している?
俺は遠目から鰆名の動向を探ることにした。
「あ、ありがとう。ダーリンって、やっぱり優しいんだね」
鰆名と相対している、どこか優しい声の持ち主。どうやら女性のようだが。
「一人取り逃したけど、今度は上手くやってあげるからねぇ」
「嬉しい。私のために、ここまでやってきてくれるなんて」
「あったりまえだろ! ボクはねぇ、キミのためなら例え世界を敵に回しても……」
「ふぅん」女の声色が変わってきた。「本当に私のことだけ見ている?」
――ギクッ!
と、いう鰆名の動揺が、遠くからでもよく分かる。
「あ、あぁ。勿論だよぉ」
「本当に、本当?」
「本当に、本当だよ! ボクは、キミ、の、ことしか……見て……」
ガシッ!
鰆名の首根っこが誰かに掴まれた。
「嘘! 貴方、バーベキューで女の子たちと楽しそうに話をしていた! 私だけを見ているだなんて、調子の良いこと言ってるだけ!」
「いや、まぁ、それは、ただのコミュニケーションで……」
――なんだなんだ?
そろそろ出て行ったほうが良さそうか?
「おい、何をしているッ!」
「っ! 誰っ!?」
俺が近付くと、ようやく相対している者の姿が露になった。
茶褐色の肌をした女。
スリムな身体付きだが、頭に緑色のキノコのようなものを被っている、というよりは生えている。
半分隠れた顔から覗く瞳は焦点が合っておらず、完全に蕩けている。
間違いなく、闇乙女族だ。
「誰だ、キミは……」
「鰆名さん……貴方、こんな女にも手を出していたの……?」
「い、いや……こんな女、知らない……」
「私というものがありながら……」
――だからなんなんだ!?
「待て待て! なんか盛大に勘違いしているようだが、そいつと自分は何の関係もない! その男を放せ!」
俺が呼びかけると、キノコ女はキッと俺の方を睨み付けた。
「邪魔しないで! 私とダーリンに手を出そうとする人は、誰であっても許さない!」
――いやいや。
「ダーリンって、おい……」
「数日前、彼がこの森に入ってきて、そこから私たちの運命の物語は始まった。優しく話しかけてくれて、私の言うことを聞いてくれた。私は彼を好きになった。それから私はずっと彼のことだけを見ていた。ゼミでカッコよく討論しているときも、お風呂のときも、彼が女装して女子トイレに入っているときも、ずっと、ずっと……」
……………
おい、コイツ。
さらっととんでもないことを言いやがったぞ。
っていうか、鰆名、お前、それ犯罪だぞ! このキノコ女も大概だが!
言いたいことが山ほどありすぎて、逆に言葉に詰まってしまった。
「お前……お前はもう、黙れ。喋るな」
「喋るな? 何よ! 私とダーリンのことに興味ないっていうわけ!?」
「あぁ。全くない」
「そう……」
キノコ女が更に鰆名の首を締め上げた。
「ぐぅっ……」
「待ってて、ダーリン。このマシュルームアクジョが、すぐにこの泥棒猫を始末してあげるから! その後は、二人で、ふふっ……」
不敵な笑みを浮かべたキノコ女――マシュルームアクジョが、鰆名を放り出して、どす黒いオーラを放ちながら襲いかかってきた。




