遊と英子の出会い 其の2
そうして、海応学園の保健室です。倒れこんでいた女子生徒をベッドに寝かしつけて、隣にあったもう一つのベッドに遊と怜先生は腰かけて話し始めます。
「当面のところ、この人はこうしてベッドで寝かせておけば大丈夫だと思います、柄見先生」
「そうみたいね、それにしても、遊さん、あなたずいぶん応急処置が手馴れていたわね。高校生になったばかりの女の子が、倒れた人間を突然目の当りにしたら、普通ああも冷静でいられないわよ。パニックになってしまうのが普通だと思うけどなあ。先生も応急手当には多少の心得があるけどね、先生のはなんていうか、出血とか打撲とかへの対処が主で、遊さんが見たてた様な貧血とかはちょっと専門外なのよねえ」
「物騒なことを言わないでくださいよ、先生」
「あら、ごめんなさいね。でも先生のことはどうだっていいのよ。今重要なのは、遊さん、あなたのことよ。どういうわけでああいった対処ができたのかしら」
「ええと、それはですね、あたし、小学生の時にもお受験をしてるんです。中学受験ということになりますね」
「そうなの」
「それでですね、そのときにちょっとばかり根を詰めすぎちゃいまして体調を崩しちゃったんです。その結果、中学受験は失敗に終わっちゃいまして。まあそれはともかくとしてですね、そんなことがあったものだから、そのあと自分なりに調べたんです。オーバーワークの体や心への害とか、食べ物もろくに取らない一心不乱さの危うさとか、カフェインの過剰摂取の悪影響とか」
「どうも遊さんの実体験に基づいていそうね」
「それは少し置いといてください。だからさっきそこの人が倒れているのを見て何となくぴんと来たんです。あたしが中学受験で倒れた後に両親が半狂乱になって言うんですよ。あたしがどんな様子だったとか、その時周りがどれだけ心配だったかとか。それで柄見先生が慌てふためいていることも踏まえるとですね、おそらく過労の末の貧血じゃあなかろうかと」
「なるほどね、先生もそう思うわ。それにしてもこの生徒ときたら、人の気も知らないで。ところで、その中学受験の時に志望校ってどこなの? この海応学園も受けたのかしら。ああ、別に無理に答えなくともいいのだけどね」
「いえ、別に。ここは受けませんでした。ええっとですね、その、偏差値的に言えば海応学園に比べたら少し劣るところをいくつか」
「そうだったんだ、遊さん。でもね、こういってはあなたに悪いかもしれないけど、少なくとも結果として、先生は遊さんがここの生徒になってくれてよかったわ。遊さんのような生徒は先生にとって大歓迎だもの。それにそこのベッドで眠りこけているお馬鹿さんにとっても喜ばしいことだと思うわ。遊さんがいなかったら、いまでもこの子はあそこで倒れたままだったかもしれないのだからね」
怜先生がベッドでおとなしく横になっている女子生徒をちらりと見たその時、校内放送が保健室に響きました。
「柄見先生、柄見先生、校内においででしたら至急第一職員室にお越しください。繰り返します、繰り返します……」
怜先生は慌ててベッドから立ち上がります。
「いけない、何かしら。だけど遊さんをここに置いていくのも、ああどうしたらいいのかしら」
「柄見先生、わたし、もう大丈夫です」
「あら、気が付いたのね。もうね、大変だったのよ、あなたったら……」
「柄見先生、申し訳ありませんが、お説教は後にしてもらえませんか、まだ体の具合が戻っていないので。それより今の校内放送で呼び出されたんじゃあありませんか」
「そうなんだけど、でも英子さんを置いていくのは心配だし」
「わたしなら大丈夫です、さっきから二人が話しているのが耳には入ってはいました。先生のわきで座っているその子がわたしを介抱してくれたんでしょう。だったら、その子がいればわたしは平気だと思います」
「そうなの、それだったら。じゃあ先生行っちゃうからね。本当に構わないのね」
「はい、柄見先生」
ベッドの女子生徒が了承すると、怜先生が遊に頼んできます。
「じゃあ、遊さん、それでいいかしら。せっかく学校を案内するつもりだったのだけれども、こんなことになっちゃって」
「あたしなら大丈夫です、柄見先生」
「そう、それだったら、えっと、何か書くものはと、あった。ペンとメモ用紙。〇〇〇―△△△△―□□□□と。はい、遊さん、これ、先生の携帯番号。何かあったら連絡して。先生なるべく早く戻ってくるつもりだけど、遊さんがさきに帰ることになっても連絡ちょうだいね。それじゃあ先生、行ってくるね」
こうして怜先生が保健室をとびだしていくと、そこには二人が取り残されたのでした。




