遊と英子の出会い 其の1
自分の両親がそんな会話をしているとはつゆ知らず、遊は怜先生に学校案内に連れ出されるのですが、そこにふと、どこからともなく繰り出される調子の良い長台詞が聞こえてきました。どうも一人で延々と言葉を発し続けているようです。
「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ」
それを聞いた怜先生は嬉しそうに一人ほくそえみます
「やっぱり、あの子今日もやっているようね。これは面白くなりそうだわ」
そんなふうに怜先生はこれからことがどう転んでいくのか考えてにやにやしているのですが、それには何の関わりもなく、台詞は続きます。どうやら校舎の外から聞こえてくるようです。ちなみに遊はというと、怜先生が少々気味悪く誰に見せるでもなく笑っていることには全く気付かずに、少し考えこんでいるようです。
「シックス、ヘイタイショウ、ワットタイムイズイットナウ、オーケー、イッツセブンオクロック、エイト、ナイン」
突然、その台詞が聞こえなくなりました。怜先生は慌てふためいて走り出します。
「あの子ったら、またやらかしたみたいね。大変、急がなきゃ。あ! そうだった、遊さんがいたんだった。ええい、仕方がないわ、遊さん! 悪いけど学校案内は中止にさせてもらうわ。とりあえず、先生についてきてちょうだい!」
「は、はい、わかりました」
学校の廊下を急いで走っていく怜先生の後をついていく遊でしたが、その差は広がっていく一方です。遊は何とかして怜先生の後姿を見失わないようにすることが精一杯です。先生は走るの速いなあ、だけどもそれにしては、妙に姿勢のブレが少ないなあ、なんだかきれいだなあ、なんてことを考えながら。
「英子さん! 英子さんったら! 大丈夫かしら、もう、あれだけやりすぎは控えるよう言ったのに。ちっとも先生の言う事なんて聞きやしないんだから」
怜先生が誰かを看病しているところに遊が何とか追いつきました。そこは校舎から少々離れたところにある、人気の少ない場所でした。木々がうっそうと茂っていて、でも木漏れ日がかすかに差し込んでいて、春の入学式シーズンである今現在のところ、ほのかに暖かくて、ずいぶん居心地がよさそうです。何人かでこっそり集まってお弁当を広げるにはうってつけの場所ではないでしょうか。そんなところに一人誰かが倒れていた様子です。服装を見る限り、この海応学園の女子生徒みたいです。黒くて長い髪が印象的なその少女は顔面を真っ青にして、怜先生に抱きかかえられています。遊も思わず様子をうかがいに倒れていた少女へと近づいていきます。
「柄見先生! どうしたんですか。その人、大丈夫なんですか」
「ああ、遊さん。どうもこうもないわよ。全くこの子ったら、相も変わらずいつもの調子なのよ」
「できれば、もうちょっと具体的にお願いします、先生。ちょっと失礼します、少しその人の様子を見せてもらってもいいですか」
「ええ、でも、遊さん、あなた……」
「すいません、少しよろしいですか。そうね、別にけがはしてないようです。呼吸も特に乱れてはいませんね。たぶん軽い貧血だと思います。柄見先生、とりあえず、この人、保健室に連れていったほうがいいと思います」
「そうね、遊さん、そうしましょう。急がなきゃあ」
そういうが早いが怜先生は、妙に手慣れた様子で、倒れていた女子生徒を両肩で担ぎ上げると、軽々と人ひとり背負ったまま小走りで校舎へと向かっていきます。先ほど廊下を走っていた時と同じように、体をほとんど上下させずに、大変スムーズな様子で。
「あの、柄見先生。あたしはどうしたら……」
「ああ、そうよね。遊さんも一緒についてきてちょうだい」
「はあ」
その女子生徒は、どちらかというとやせ型でしたが、それでも人間を一人運ぶというのですから、二人がかり、それも結構な大仕事になると遊は思っていたのです。しかし、怜先生があっさりとたった一人で運んで行ってしまったので、遊は驚くやら拍子が抜けるやら、結局二人、正確には一人の人間を背負った一人のあとをただついていくことにしました。




