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高子と和枝の勝負 其の9

「ええと、高子君。先生が警察官役で、君が男役でいいかな。男を襲った男役」

「は、はい。この高子さんが、男を襲った男役ですね。あらためて言葉にして、二人で演じるとなると、なんだか緊張してきちゃうなあ」

「何を言ってるんだい、高子さんともあろうものが」

「そ、そうですね、先生、じゃあ、いつでも始めてください」

「そうかい。それじゃあ、男が警察官に、暴れる男を取り押さえる方法を聞くくだりからやろうか。じゃあ、高子君、やってくれ」


高子の『出来心』の、警察官と男を襲った男が柔道技について話す部分を、高子と怜先生が演じます。


「それじゃあ、警察官さん。殴りかかってくる相手なんかは、どうしちゃうんですか。こういうふうに」

「殴りかかってくる相手ですか? そういうふうにお兄さんがしてくるんだったら、その殴ろうとする手を取って、それでもって、おんぶしちゃって、相手を自分の肩越しに担いで投げますけどね」


 怜先生は、そう言いながら、自分に殴りかかってくるふりをする高子を、柔道の一本背負いで投げようとします。もちろん、本当には投げずに、高子を背中におんぶするまでで止めますが。


「へえ、こんなやり方が。じゃあ、俺もそこの背負い投げで、無理やりしました」

「じゃあって何ですか。じゃあって。とにかく、背負い投げで無理やりしちゃったんですね。まあ、相手も心得があったりすると、こっちを背負い投げで投げちゃおうとしてくることもありますけどね」

「そんな時はどうするんですか? 警察官さん」

「裏投げって言うのがあるんですよ。ちょっとお兄さん。さっき本官がやった背負いに入るまでの動き、お兄さんがやってもらってもいいですか」

「はあ、わかりました」


 怜先生がそう高子に言って、高子が怜先生を背負おうとします。すると、怜先生は腰を落として投げられないようにこらえると、そのまま、高子を後ろ向きに放り投げようとします。当然、実際には投げません。


「わかりましたか、お兄さん。こんなふうに、背負い投げに来た相手を、投げ返しちゃうんです」

「ほうほう、だったら、俺も、背負いの裏は、この裏投げです」

「だから、だったらって何ですか。だったらって。ちなみに関節技もありますよ。試してみますか?」

「はい、ぜひお願いします」

「例えばですね、腕がらみって技があるんです。英語だとアームロックですね。お兄さん。さっきみたいにゆっくり殴りかかってきてもらえますか」

「わかりました。いいですか、警察官さん、行きますよ……あの、先生、手加減してくださいね。お願いしますよ」

「しかし、高子君は、柔道場での『出来心』で、関節技や絞め技で、相手を痛めつけて楽しむ男と、その痛めつけられる男を、大層なリアリティで演じてくれたからなあ。柔道教諭の先生としては、少々の教育的指導が必要かとも思ったゃったんだけどねえ、高子君」


 やはり、高子にとっても、柔道の先生である怜先生に、実際関節を極められる、ということには恐れおののいてしまうようです。演技の途中であるにもかかわらず、警察官を演じている怜先生を、”先生”呼びして、てごころを求めています。そんな高子に、怜先生は、『柔道への侮辱は許さないよ』といったニュアンスを込めた皮肉を言うのです。


「あ、いや、先生。あれはその、何と申しましょうか。教育的指導と言う事でしたら、それなりの加減をお願いしたいと思っておりまして、はい」

「まあ、いいや。ゆっくりやるから、高子君。ちゃんと我慢せずに、『参った』するんだよ。『参った』の仕方は、口で言ってもいいし、動かせるほうの手とか足とかで、先生の体か床を、軽くぱんぱんってたたいて知らせるんだからね」

「動かせる方と申されますと、動かせない方の手や足が出てくるという事でしょうか、先生」

「そりゃあ、さっき高子君が『出来心』の中で言っていたじゃないか。暴れる相手を抑え込むためのものだって。だったら、手や足を動かせなくすることもあるさ」

「そ、それはそうなんですが、先生」

「いいかい、高子君。これでも、先生は柔道でお給料をもらっている立場の人間だからね。程度は心得ているさ。わかったら、あまり学校で、それも先生が見ている前では、あまりはしたない真似はしないことだね」

「わ、わかりました。それでは、先生、やらせていただきます」


 そう言って、ゆっくり殴りかかってくる高子の手を取ると、その脇の下から背中方向に内側に捻ることで、怜先生は、高子の肘関節や肩関節を、本来は曲がらない方向に曲げようとします。


 ぱんぱんぱん!


 高子が、極められていない方の手で、怜先生を激しくたたいて、『参った』の意思を示します。さらに、口でもその意思を怜先生に知らせようとします。


「先生、ギブアップです。参ったです。この高子さん、重々反省しております。ですから、どうかこのあたりで。ご容赦願いたい」

「おっと、それじゃあ、関節技はこのくらいで。ところで高子君、まだ演技の途中だったよね。この後は、高子君の『出来心』は、絞め技のくだりに入るんだったね。なら、その絞め技のところを実演しよう。まさか、高子君、自分で落語に絞め技を取り入れておいて、その絞め技を、柔道教諭である先生が、実技指導するのを断るなんて言いはしないよねえ。安心しなさい。一線は超えないようにするから」

「お、お願いします、先生」


 怜先生に、そこまで言われては、高子にとても断れはしません。まるで、すでに首を絞められたかのように、すっかり顔を青くする高子なのです。


「お兄さん、まさか、絞め技までやってやしないだろうね」

「えっ、絞め技ですか、先生。ではなくて、警察官さん」

「そう、絞め技。首を締めて、相手を失神させちゃうの。こういう具合に。これ、素人が下手にやると、本当に危ないんだからね。うかつにやっちゃあだめなんだから」


 怜先生はそう言いながら、高子の首を、柔道の裸絞めの要領で、絞め上げていきます。素人がやってはいけないという部分は、高子の『出来心』にも、もともとあったくだりですが、こうなっては、怜先生が台本の台詞として言っているのか、高子への注意として言っているのか、区別がつきません。


 ぱんぱんぱん!


 またもや、怜先生を激しくたたいて、『参った』の意思を示す高子です。口でも言おうとしますが、首を絞められているため、うまく言葉が出てきません。そんな高子を解放して、怜先生は、柔道技の実演を見せていた、遊、英子、そして和枝に感想を求めます。


「高子君がやった『出来心』の柔道技の部分は、こんなものかな。それで、こういった具合なんだけど、遊君、英子君、そして和枝君。二人でやったほうがわかりやすかったかな」



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