高子と和枝の勝負 其の8
怜先生が、高子に確認すると、高子が照れ臭そうに答えます。
「まあ、そういうことかな。柔道場に行く時に、先生が、お客さんと一体になる落語のようなことを言っていたから、枕で和枝君との勝負について、取り上げようと思って。そしたら、先攻後攻のことを、表と裏とも言ったりするなあて気づいて、落語をしている間中、サゲは『裏でこの高子さんの逆転だ』なんてどうだろうと考えちゃったりして」
「それで、最後に立ち上がって、フルスイングしてガッツポーズかい」
「左様でございます、先生」
「ま、さっきも言った通り、脚本を変えたことは、先生がとやかく言うことじゃないよ。危険な動きだから、高子君に柔道場でやってもらった。そしたら、高子君が柔道場でさらに輪をかけて、危険なことをしでかした。とかならお説教だけどね」
「わかっております、先生」
怜先生は、次に英子に話しかけます。
「それで、英子君。高子君は、最後にバク転をすることが、落語としてふさわしいか、和枝君に対してフェアかどうかを気にしていたんだけど、英子君はどう思うね。フルスイングからのガッツポーズも、バク転に負けず劣らず、動きとしては大げさだけど」
「和枝さんとの勝負に関してだったら、二人が同意して始めた勝負だから、問題ないと思います。落語として適切かと言うことについても、まあ、少なくとも、研究会での仲間内でしたのだから構わないんじゃあないでしょうか。お客さんにお金を払って見てもらう場合とか、古典落語とはそもそもどうあるべきか、になると、私もそんなに偉そうなこと言えませんし」
英子が高子の『出来心』をそう評価するのを聞いて、高子は意外そうな表情をします。それを見て、英子は高子に嫌味を言うのです。
「何よ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちゃって、いつもの調子はどうしたのよ」
「いや、てっきり、米村君には。あんなの落語じゃないとか、古典に対する侮辱も甚だしいとか言われると思っていたから、意外で……」
「変なこと言わないでよ、高子。わたしはただ、落語に対しては真摯でいたいだけよ。だいたい、あのくらいのアクロバティックな動きなんて、古典にだっていっぱいあるわよ。『愛宕山』とか、『大岡裁き』とか。それを、あのくらいで、落語としてふさわしいかどうかなんて。高子、落語っていうのはね、あんたが思ってるよりずっと懐が深いものなのよ。もっと勉強しなさい」
「何、そこまでいうことないじゃあないか、米村君。そこまで言うのなら、君はさぞや素晴らしい落語が作れるんだろうねえ。遊さんの歓迎会で、部室から泣きながら飛び出した君は」
「な、泣いてなんかいないわよ。そんな昔の話を蒸し返さなくたっていいじゃない」
最初は高子の落語を褒めていた英子と、それを素直に受け取った高子でしたが、結局、いつものような二人の口喧嘩になってしまいます。そこに、怜先生が仲裁の手を差し出します。
「まあまあ、英子君も高子君も、その辺りにしておきなさい。それで、高子君に和枝君。二人は、お互いの落語をどう判断するね」
怜先生が、高子と和枝に勝負の結果を、とりあえず自分達二人で決めさせようとします。すると、高子が和枝に先んじて、自分の思いを言い出します。
「まあ、さっきもこの高子さんが言った通り、和枝君の落語に物足りない部分は感じたよ。そうだ、和枝君。この高子さんの『出来心』に、どこか改善点はあったかい? あるなら遠慮なく言ってくれたまえ」
「ああ、それなら、さっき遊君も言ったのだが、『裏投げ』と言われても、よくわからなかったな。絞め技や関節技も、ピンとは来ない。僕は柔道の授業は、そんなに真面目に聞いていないから」
「ほほう、和枝君。柔道教諭のこの柄見先生の前で、とんだことを言ってくれるねえ」
和枝のうっかり漏らした一言を、怜先生は聞き逃しません。
「あ、先生。今言ったことは、そのう」
「まあいいさ、和枝君。そもそも、授業では絞め技や関節技は、中学の生徒には教えてないからね。裏投げもやってない。真面目に聞いていないうんぬんは、怪我をしない程度にいてくれればそれでいいだろう。そう言えば、高子君は結構柔道にお詳しいじゃあないか。先生感心しちゃったよ」
怜先生に、突然話の矛先を向けられて、高子は慌てて答えます。
「それはその、この高子さん。二人の男性が、汗だくになりながら、畳で上になったり下になったりするのに、大変興味がありまして。いや、もちろん、柔道は男性に限らず、女性も行うものとは、重々承知しておりますが……」
「ま、動機はなんであれ、柔道に興味を持ってくれることは、柔道教諭として、素直に嬉しいと言っておくよ。ご褒美と言ってはなんだけど、高子君、先生と二人で裏投げや関節技、絞め技を軽く実演してみるかい。先程、高子君がやってくれた『出来心』の話の流れで。落語に出てくる、柔道の技がよくわからなかった遊君や和枝君にも、二人でやれば伝わるんじゃあないかな」
怜先生の、高子への提案に、英子も一言言います。
「先生、わたしも、絞め技とか関節技とかをよく知らないので、高子と二人でやってくれると嬉しいです」
「英子君もこう言っているが、高子君、どうするね」
「この高子さん、みんなにそこまで言われては、とても断れはしないよ」
こうして、高子と怜先生による、柔道技の実技が始まります。




