高子と和枝の勝負 其の7
「高子さんの『出来心』ですけど、別に、取り立てて柔道場でやる必要があるようなものには見えなかったんですけど、なんでわざわざ柔道場でやることになったんですか」
遊の問いに、答えたのは、高子ではなく怜先生でした。
「それはね、遊君。高子君がついさっき柔道場でやっていた『出来心』は、高子君が練習でやっていた『出来心』とは違うものだったからだよ。とは言っても、大体の流れは同じだけれどね。最後のサゲだけは、大幅に変更したみたいだけど。高子君も人が悪いなあ。いくら先生が、前もって高子君の『出来心』を見ていたからって、結末だけ、ガラッと変えちゃうなんて」
「いやあ、先生を騙すつもりはなかったんですけどね、この高子さん、落語を披露しているうちに、新しくサゲを思いついちゃいまして。それで、思いついちゃったら、実際に試さずにはいられかったというか、なんと言いますか……」
「ま、先生が脚本やら演出やらを、担当している訳ではないのだから、『なんで先生の指図通りにしなかった。よくも先生の舞台をぶち壊しにしてくれたね。舞台に立ってしまえば、もう役者の好き勝手だとでも思ったかい。高子君は、これから先、二度と表舞台じゃあ落語ができないよ』なんて、言いはしないけどね」
「怜先生、勝手な真似をして、申し訳ありませんでした。この高子さん、深く反省しております」
「だから、そんな真似しなくていいから、高子君」
「それじゃあ、練習の時は、どんなサゲだったんですか」
高子と怜先生のふざけ合いに、遊が疑問を挟みます。
「ほう、この高子さんの『出来心』がどう落ちる予定だったか、気になるかい、遊さん」
「なりますよ、高子さん。意地悪しないで教えてくださいってば。あ、でも、サゲだけやっちゃうていうのは問題かなあ。途中の話をすっとばしちゃって、最後だけを言うのは落語としてどうかと言うことになるかもしれないし……」
「この高子さんは構わないよ、遊さん。ついさっき柔道場でやったばかりの話だし、ねえ、先生、どうかな。危ないから、柔道場でやることになったサゲだけど、このまま、お蔵入りということにもいかないみたいじゃない」
「やれやれ、それじゃあ、高子君。どういう動きをするかだけ、説明してくれ。無茶をしたら、高子君は、これから先しばらく、部室ではフルフェイスのヘルメットね」
「おお、怖い怖い」
怜先生の警告を受けた上で、高子は本来どう『出来心』を落とすつもりだったかを説明し始めます。
「ええと、こう座布団に座って、ラストの『裏に隠れていたんだ』『裏のどこだい』までやったとするでしょ。そして、『裏投げだよ』って言って、このままブリッジして、その勢いでバク転しちゃって、サゲにするつもりだったんだ」
「なるほどね」
高子の説明に、納得の言葉を発したのは英子です。
「そういうことか、この部室は、床が板張りだから、失敗して、床に頭ぶつけたら大変なことになるというわけね」
「そういうことだよ、英子君」
英子の言葉に、怜先生が頷いて返事をします。
「だから、畳が敷かれた柔道場で、高子君に落語をしてもらうことにしたんだ。フルフェイスのヘルメットでも、事故対策になるかもしれないけど、どうだい、高子君。ヘルメット姿で『出来心』、やってみるかい」
「勘弁してくださいよ、先生。そんな色物みたいな真似。大体、この高子さんの美しい顔を隠すなんて、もったいないじゃあないか」
「それで、高子君が、落語を柔道場でやることになった経緯はこれでいいとして。遊君、君は『裏投げ』ってどんなものかわかるかい」
怜先生は、遊に質問します。
「『裏投げ』ですか。柔道の技なんだろうなあ、ということくらいは、話の流れからわかりましたけど。具体的にはさっぱりで。だから、その、ついさっき、高子さんが説明してくれた、ブリッジをするサゲも、あたしにはぴんとこなくて……」
「そ、そうだったのかい、遊さん。それはまた、この高子さんともあろうものが、なんという失態を演じてしまったのだろう。すまない、遊さん」
「そんな、高子さんが謝らないでくださいよ。ほら、あたしは、この海応学園に来たばかりの編入生だから、柔道をよく知らない訳だし、あたしこそすいません。でも、ここだと中学から柔道やっているんでしょう。だったら、柔道のことが落語に出てきても、問題ないと思いますよ」
「だとすると、高子君がサゲを『逆転ホームランだ!』にしたのは正解だったかもしれないねえ」
高子と遊が謝り合っていると、怜先生が話に入り込んできます。
「遊君。『逆転ホームランだ!』というサゲが何を意味するかはわかるかい」
「ええ、まあ。野球だったらそのくらいはわかります。枕で、和枝さんに表の攻撃で大差をつけられたと言っていましたから。高子さんが作った『出来心』の話とはなんの脈絡もないですけれど、高子さんが裏の攻撃で、和枝さんにホームランで逆転した、と言うことですか」
「と、遊君は言っているけど、高子君、それでいいのかな」




