高子と和枝の勝負 其の6
高子の『出来心』が終わったところで、怜先生が遊達四人を促します。
「まあ、先生も、高子君の落語に対して、言いたいことはなくもないけども、とりあえず、全員部室に戻ろうか。そろそろ、この柔道場を、落語研究会が使える時間も終わりに近いからね」
怜先生はそう言うと、遊達四人を、柔道場から追い立てるのです。
そして、落語研究会の部室にて、怜先生が、話の口火を切ります。
「それじゃあ、先攻の和枝君の落語から、話すことにしようか。誰か、意見のある人はいるかな」
怜先生の質問に、高子が威勢良く手を挙げます。
「はい、先生。わたくしだ。まずは、この高子さんに言わせて欲しい」
「おっと、高子君。ずいぶん元気だねえ。それじゃあ、ひとつお願いしようかな」
怜先生の承諾を得て、高子は、自分が和枝の『初天神』をどう受け取ったか、言い始めます。
「正直言って、話の筋はいいと思う。元々の古典落語、『初天神』をうまくひねっているなあと感じた。原作では、祭りに連れていくよう父親にねだる子供だったところを、家にこもりがちな子供を外に連れ出す父親にしたり、サゲも『また付いて行ってやるか』なんてひっくり返しちゃったりで……」
「ちょっといいかしら、高子」
高子の話の腰を折ったのは、英子でした。
「なんだい、米村君、藪から棒に。この高子さんの話の邪魔をしないでくれたまえ」
「そんなことより、高子。あなた、古典のほうの『初天神』、知ってたの。あなたの感想は、古典の『初天神』を知っている人間の感想みたいだけど」
「ああ、それは……」
高子の答えを遮って、怜先生が英子の質問に答えます。
「それなら、先生が、高子君には古典の『初天神』を、そして、和枝君には古典の『出来心』を聞かせておいた」
「準備に抜け目がないですね、先生」
英子の、感心とも呆れとも解釈できる返事をよそに、怜先生は続けます。
「高子君と和枝君の練習を、それぞれ見ていたら、二人とも古典落語のパロディをやるみたいだったからね。高子君と和枝君、どちらか一方だけが、相手の落語の元ネタを知っているのはまずかろうと思ったんだ。それで、二人の練習中に、高子君に『初天神』、和枝君に『出来心』をスマートフォンで見てもらった。まあ、『初天神』にも、『出来心』にも、古典の方だと、内容にバリエーションがあるから、一つだけ見せてもしょうがないかもしれないけどね。ところで、遊君、英子君、君達は、古典の方の『初天神』に『出来心』の内容を知っていたかな」
「あたしは両方とも聞いたことがあります。話のパターンもそれぞれ知っています。英ちゃんは?」
「わたしも遊ちゃんと同じです」
遊と英子が、二人とも同じように、古典の『初天神』と『出来心』を知っていると答えたことについて、怜先生は少し不満げな顔をします。
「なんだ、遊君も英子君も、それも『初天神』も『出来心』も知っていたのかあ。元ネタを知らない人間に、パロディがどう取られるかも面白い話になると思ったんだがなあ。例えば、遊君が『出来心』だけを知っていたらとすると、これはこれで、審判役への受けを考慮の話になるから悪く無いと、先生は踏んだんだけど。まあ、自分は知っていても、聞き手が知らないことはいくらでもある。それをふまえて、落語をするのも大切なことだ。それで、高子君、続きを聞かせてもらおうかな」
怜先生にそう言われて、高子は、和枝の『初天神』について再び論じるのです。
「ああ、そうだ。和枝君の落語だよ。さっきも言った通り、話の内容はいい。でも、黒板の使い方がいただけない。いや、何も黒板を使うことがいけないと言っているのでは無い。ただ、いちいち黒板にチョークで書いたり消したりするのは、落語のテンポが削がれてしまうと、この高子さんは思ったんだ。ほら、和枝君、例えば、階段登りのところは、実際に階段の模型を使って、父親が上る様子を示した方がわかりやすいんじゃあないか。つがい算は、前もってイラストを用意しておいた方がいいし、飴玉のくだりは、黒板に色のついた磁石をつけたりとったりするといい。そうだ、どうせなら、赤と白で、紅白の飴玉にしたら、縁起が良くてお祭りらしい。魔法陣だってあらかじめ作っておいた方がいいに決まっている。それなのに、和枝君。どうなんだい。そもそも、和枝君。君はいつもパソコンをいじっているじゃあないか。だったら、見ている人に伝わりやすい、動画の一つや二つ作ってくるべきだったんじゃあないのかい」
高子の剣幕の凄まじさに、和枝はたじろぎながらも答えます。
「いや、僕はプログラムはともかく、実際に機械をつないだりするのは苦手なんだ。それに、動画をお客さんに見せるなら、プロジェクターが必要だろう、高子君。今回は、あくまで落語の勝負なのに、あんまり小道具を使っちゃあ、こちらに有利すぎるじゃあないか。正直なところ、黒板だって、最初はどうかと思ったんだよ。だからこそ、先生に公平であるかどうか聞いたんだし。実際問題、高子君は、僕みたいに、黒板のような、普通は落語で使わない道具を使っていたわけじゃあないし……」
「何を言っているんだい、和枝君」
和枝の返答に対して、高子が大変な剣幕で異議を唱えます。
「この高子さんは、本来この部室でやるはずだった落語を柔道場でしたんだよ。言うなれば、この高子さんのために、特別製の舞台をあつらえてもらったようなものだ。それに比べれば、和枝君が、ちょっとやそっとの小道具を使うくらいなんだい。むしろ、この高子さんにしてみれば、手を抜かれたようで、大変気に食わないよ」
「い、いや、高子君。僕は手なんて抜いてないよ」
「それくらいわかってるよ、和枝君。頭ではわかってるけど、なにかこう、わからないんだ」
「そ、そうか、高子君。僕もこう、君が何を言っているかはともかく、何を言いたいかはわかった気がするよ」
「あの、高子さんの落語で、気になるところがあるんですけど」
高子と和枝の、言い争いに割って入ったのは、遊でした。




