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高子と和枝の勝負 其の5

柔道場に、遊たち五人が到着しました。怜先生が言った通り、他には誰もいません。そして、怜先生が高子に言うのです。


「それじゃあ、時間が無限にあるわけでもないし、高子君、始めてくれるかな」

「了解だ、先生。それに、遊さん、米村君、そして和枝君」


高子は、和枝に向かって、ばちばち火花を散らします。そして、高子の『出来心』が始まります。


「和枝君の落語は確かに見事だった。野球に例えるなら、表の和枝君の攻撃で、十点も二十点も取られてしまったよなものだ。だけどね、和枝君、勝ったと思うのはまだ早いよ。まだ、この高子さんの、裏の攻撃が残っているんだからね」


和枝が、話の枕を前もって作っていたものにしたものに対し、高子は即興で思ったことを口にしています。その会話で、いつも周りを楽しくさせている高子ならば、台本通りに落語をするよりも、こちらの方がいいでしょう。その上、観客であるはずの和枝を話の中に組み込んでいきます。先ほど、怜先生が観客と一緒になって盛り上げる落語の話をしたからでしょうか。


「落語家たる者、男遊びの一つや二つ、こなして当然なんだよ……」


 高子の『出来心』の序盤、兄貴分が弟分に、落語家にとっての、男色のすすめを説いている部分です。どうも、昨日の夜、高子が自分で録画した『出来心』と、一言一句同じというわけではないようです。先程落語研究会の部室で、和枝がやった、『初天神』も、和枝があらかじめ作ってあった台本とは異なる部分がありました。しかしそれは、和枝が黒板を使って、階段の上り方や、継子立て、それに魔法陣を、聞いている遊達に伝えるという方法を取ったからです。一方、高子の場合は、話の流れだけは、頭で覚えておいて、実際に口で話すことは、その場で思うままにしゃべっているようなのです。台本通りに演技ができないことを自分でわかっていて、それができる英子のことを、嫉妬している高子ですが、前もって、自分が考えた話の流れ通りに、その場その場で話を作っていけることは、誰にでもできることではないのです。


「この素敵なお兄さんと、手なんか握っちゃったりして……よし、俺はこれだけでは終わらせはしないぞ。口づけを、口づけをするんだ……」


 高子の『出来心』で、弟分の男が、たまたまベンチで寝入っていた別の男と、手をつないだり、キスをしたりするところになると、高子の演技が、ひどく真に迫ったものになるのです。それを見ている、遊は顔を赤くし、英子は、またか、という表情になり、和枝は、何を考えているのかわからない無表情で、怜先生は、いつものように、にやにや笑っているのです


「殴りかかってくる相手ですか? そういう相手は、こう、おんぶしちゃって、相手を自分の肩越しに担いで投げますけどね」


 警察官が、男と柔道の技の話をする部分となると、高子は自分一人だけで、まずは背負い投げを演じて見せるのですが、いかんせん一人だけでは、どうにもうまく聞いている遊達に伝わりません。その後の、裏投げや関節技、締め技も同じような案配です。柔道教諭である怜先生は別だとしても、遊、英子、そして和枝の三人は、あまりよくは、高子の意図は伝わっていないみたいです。しかし、高子は自分の落語の世界に入り切っているため、そのことには気づいていないのです。


「関節を極めていた時の、あの男の表情と言ったら、痛みに苦しんでいる姿が、妙に色っぽくて……」

「首を絞めちゃって、今にも気絶しちゃいそうな、あの男の、逆に恍惚とした顔。襲った相手にあんな顔をさせちゃうんだから、男みょうりに尽きちゃうね……」


 高子が、男を襲った方の男は、襲われた男がどういった反応を示していたかを、警察官に嘘でもって話すくだりになると、高子は、妙に色っぽく、襲われた男を演じて見せるのです。話の中では、襲われた男は、関節も極められていないし、首も絞められていないので、そんな表情はしていません。あくまで、襲った男が、警察官に言う嘘として、やっているのですが、それを演じる高子には、変ななまめかしさがあります。

それを見ている、遊達四人の反応は、さっきまでの、男同士で手をつないだり、キスをしたりするシーンの比ではありません。遊は、まともに高子を見てはいられませんし、英子もどこか居心地が悪そうです。和枝もどことなく照れ臭そうですし、怜先生も、困ったような表情をしています。


「隠れていた場所かい、裏だよ」

「裏かい。裏で何してたんだ」

「裏の攻撃で、和枝君相手に、この高子さんが逆転ホームランを決めたよ」


 高子はそう言うと、正座の姿勢から立ち上がって、バットをフルスイングするジェスチャーをして、ガッツポーズをするのです。そして、再び正座をすると、聞いてくれていた遊達四人に、一礼をします。


「ありがとうございました」


 このサゲは、昨日の夜、高子が録画しながらやってみせたものとは、全然違います。話の流れもなにもあったものではありません。聞いていた遊達四人の反応はどうだったかというと、遊は、突然行われた高子の派手なアクションに、驚いてしまったようです。英子は、やれやれといった表情です。和枝は、どうにもぽかんとしています。怜先生は、意外なものを見た、という顔をしています。そんなことには一切頓着とんちゃくせずに、高子は、やり遂げたことに、大変満足しているようなのです


 


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