高子と和枝の勝負 其の3
今回は、AA、つまりアスキーアートを本文中に使用しています。ずれてしまわないよう注意したつもりですが、失敗の報告があれば、適宜修正していくつもりなので、ご容赦ください
「『あっちに連れて行け』、『こっちに連れて行け』……」
まず、枕から始まります。和枝は、自分には、あらかじめ話す内容を決めておいた枕を話す方が、アドリブでやるよりも向いていると思っているので、枕も、練習通りのものを話します。和枝は、昨夜、怜先生に、自分の落語の演出方法が問題ないかどうか、電話で確認した後、そして、この日の午前中に練習してきました。その練習の甲斐あってか、なかなかスムーズな滑り出しです。
「だって、おいら、人がいっぱいいるところ、嫌いだもの……」
和枝は、自分が小学生時代に、親に無理に外に連れ出されて、不承不承それに従したがっていたことを思い出しながら、一人で本を読んでいるようなことが好きな男の子と、それを心配する父親を演じます。
「子供のくせに、いっつもいっつも家の中で、妙な数勘定だの、変な丸だの三角だので出来た絵ばっかり描いたりしやがって……」
和枝が、自分の『初天神』の本題に入ると、後ろの黒板に丸や三角が組み合わさった、数学の平面幾何の問題でよく見るような図形を、急いで書き殴ります。落語をしながら、同時進行で、後ろの黒板に何か書いていくというのは、結構難しいものがあるでしょうが、これなら、落語に登場する男の子が、数学に興味があるような子供なんだなということが、聞いているお客さんには伝わりやすいはずです。
「“山岳”? ひょっとして、“算額”のことかな……」
「”和算”だよ……“三羽”だか……」
和枝は、言葉の駄洒落になると、“山岳”、“算額”、そして、”和算”、”三羽”と黒板に書いていきます。同じ発音で、違う漢字の言葉を、口で説明するのはなかなか大変です。そもそも、“山岳”や”三羽”はともかくとして、“算額”や”和算”はあまり一般的な言葉とは言えません。いっそのこと、文字で書いてしまった方が、手っ取り早いのかもしれません。
「この八段の階段は、一段ずつ登るか、一段飛ばして一息に二段登るかを……」
階段上りの数え上げのところになると、和枝は、階段の上り方の説明をしながら、黒板に階段の絵を描いていきます。落語の中では、最初に具体例として、段数が三段の場合を提示しているので、とりあえず、三段の階段を描いてしまいます。
 ̄ ̄|
 ̄ ̄|
 ̄ ̄|
三段の階段の絵を描き終えると、和枝は、それに矢印で、実際に三段の階段の、すべての上り方を示していきます。
<- <- <--
 ̄ ̄| |<--- | <- |
 ̄ ̄| | | <- | <-
 ̄ ̄| | | |
とは言え、これでは、少し手間がかかりすぎます。もう、落語とは言えないかもしれません。和枝もそのことは重々承知しているようで、表情に焦りの色が浮かんでいます。高子の挑発に乗って、大口を叩いたことを、今になって後悔しているのかもしれません。
「うさぎのつがい算だよ……」
つがい算の所では、うさぎのつがいの数が、次々と増えていく様子を、黒板に書いていきます。しかし、うさぎのつがいの絵なんて、とてもいちいち黒板に、描いてなんていられません。和枝は、()や、<>などを、ひとつがいのうさぎとするようです。
()
|
()
|-------ーー
() <>
----ーー| |
{} () <>
| |----ーー |----
{} () 『』 <> 「」
本来ならば、もう一段階、つがいが増える様子を、図に書き示して、五段の階段と同じだけの、場合の数を示すべきなのでしょうが、落語のテンポとの兼ね合いで、和枝は省略してしまったようです。
「父ちゃんが今からやってやるからな。一つ、一つ、一つ、一つ、一つ……」
父親が、実際に階段を上るところになると、和枝は、新しく黒板に五段の階段を描いて、その五段の階段の絵を使って、その上り方を、実際に示していきます。口で説明するだけよりも、こちらの方が、聞いている人にとっても、わかりやすいでしょう。
「なんだ、黒と白の飴玉、まあるく並べて……」
“継子立て”の話になると、和枝は、黒板に、白い飴玉を”〇”、つまり丸印で、黒い飴玉を”・”、つまり点で示して、丸印と点を四つずつ、計八つ、互い違いに円形に描きます。そして、その飴を一つずつ黒板消しで消していって、父親が飴玉を取り去っていく様子を表していきます。
・ 〇 ・ 〇
〇 ・ ⇒ 〇 ⇒
・ 〇 ・ 〇
〇 ・ 〇 ・
・ 〇 〇
〇 ⇒ 〇 ⇒
・ 〇 ・ 〇
・ ・
〇
〇 ⇒ 〇 ⇒
・ 〇 ・ 〇
⇒
・ 〇 ・
これで、最後には”・”、つまり点である、黒が残ることがわかりやすくなりました。
「ああ、そいつは魔法陣でさあ……」
凧に描かれた、魔法陣の話の際には、実際に黒板に三かける三の魔法陣を描いてしまいます。和枝は、『初天神』の台本では、
二・九・四
七・五・三
六・一・八
というふうに、改行をすることで、魔法陣であることを示しましたが、口だけでは、この三かける三のマス目の魔法陣を説明することは、和枝にはとてもできそうにはありません。思い切って、黒板に描いてしまっていいでしょう。
「足すのかい。どれどれ、まずは横からいってみるか。二足す九足す四は十五だね……」
父親が、魔法陣の横の列や、縦の行の数を足し合わせるところでは、実際にマス目の数字を指さして、足し算を実演します。決して落語とは言えないかもしれませんが、演じていて、和枝はなかなか楽しそうです。実演することで、観客に伝わりやすくなるということを、実感しているのかもしれません。
「やれやれ、お父ちゃんもすっかり、数に夢中だよ。しょうがない、またついていってやるか」
「ありがとうございました」
和枝の『初天神』が終わり、遊達四人に向かって、礼をする和枝です。




