和枝の『初天神』 其の2
「『あっちに連れて行け』、『こっちに連れて行け』、なんて子供にせがまれっぱなしでは、親の方もたまったものではないですが、ちっとも外に出て行こきたがらない子供も、それはそれで、親としては心配なものでありまして」
「よう、ぼん。まったく、お前ってやつは、子供のくせに、いっつもいっつも家の中で、妙な数勘定だの、変な丸だの三角だので出来た絵ばっかり描いたりしやがって。子供は子供らしく、外で遊べ、外で」
「やだよ、父ちゃん。おいら、外で遊ぶより、家で数を数えていたいよ」
「ガキのくせに、こまっしゃくれたこと言いやがって。そんな、金に目がくらんだ商人みたいなことを、小さいうちから言うんじゃあないの」
「そんなあ、勘弁してよ、父ちゃん」
「そういや、ぼん。天神様で、お祭りやってるぞ。きっと楽しいから、さ、一緒に行こうや」
「だって、おいら、人がいっぱいいるところ、嫌いだもの。なんでわざわざ、あんな人混みの中に行って、疲れるような真似しなくちゃあならないんだ」
「だってもへちまもないの、ぼん。神社の境内で、いつもお前が描いているような、よくわからない、丸やら三角やらが組み合わさったのできた、飾りもいっぱいあったぞ。あれなら、ぼんだって楽しめることうけあいだから、お祭り、行こうじゃないか」
「おいらが、いつも描いてるようなやつだって、父ちゃん? あれっ、父ちゃん、もう天神様に行ってきたの? ならなんで、戻ってきちゃったの。そのままお祭り、楽しんでりゃあ良かったのに」
「何馬鹿なこと言ってんだい、ぼん。おめえが一緒に居なけりゃ、祭りなんてなんの意味もねえよ」
「そ、そうなのかい、父ちゃん」
「確か、祭りで騒いでいる連中が、“山岳”だとかなんとか言っていたな。祭りに浮かれて、山登りにでも行くのかねえ」
「“山岳”? ひょっとして、“算額”のことかな。父ちゃん、その人達、絵馬とか持っていなかった」
「ああ、持ってた、持ってた。それこそ、ぼんが、毎日描いているみてえな、変な絵描いて、うやうやしく絵馬を奉納してたぜ。へんちくりんなお祭りだよ」
「だから、父ちゃん。妙な絵じゃあなくて、"和算"だよ。それは、問題とその解法を絵馬に書いて、天神様にお供えするんだ。天神様は学問の神様だから、それにあやかろうってことじゃあないかな」
「“三羽”だか”四羽“だかはどうだっていいんだよ。なんでいきなり、鳥だかうさぎだかの話になるんだ。それで、ぼん、行くのかい? 行かねえのかい?」
「和算のお祭りかあ。それなら行ってやってもいいかな」
「なあにが、『いいかな』でえ。子供が生意気言うもんじゃあないの。ま、とにかくそれなら、話は決まりだ。天神様、行くぞ、ぼん」
「しょうがないなあ、父ちゃんは」
「こいつめ」
「ほら、ぼん、着いたぞ、天神様だ。見てみろ、人がいっぱいで、わくわくしてくるじゃねえか。ぼんも、いっつも一人っきりってのはいけねえぞ。たくさん人がいると、それだけで楽しいものだからな」
「そうだねえ、父ちゃん」
「おやあ、ぼん。あそこの階段で、なにやら、人が上ったり下りたりを繰り返しているぞ。何だありゃあ。ぼん、行ってみるぞ」
「はいはい、わかりましたよ」
「やや、立て札なんかが立ってやがる。なになに、『この五段の階段は、一段ずつ上るか、一段飛ばして一息に二段上るかを、どちらか選んで上っていくものである。三段の階段ならば、一段、一段、一段、もしくは、一段、二段、もしくは二段、一段と三種類の上り方がある。では、この五段の階段は何種類の上り方があるか』だってえ。おもしれえ、いっちょ試してやらあ」
「父ちゃん、試すまでもないよ。これ、うさぎのつがい算だよ。ひとつがいのうさぎは、一ヶ月にもうひとつがいのうさぎを生む。つがいのうさぎは、生後二ヶ月で、つがいのうさぎを生むことができるようになる。先月と、先々月のつがいの数を足せば、今月のつがいの数が、導き出されるわけで、階段の場合も、一段前と、二段前の上り方の数を足せばいいんだ。一つ、一つ、二つ、三つ、五つ、八つ、十三と言った具合に」
「黙ってろよ、何がうさぎだ。そういや、おめえ、家で”三羽”がどうとかこうとか言っていたな。そいつはこのことかい。でも、これはうさぎじゃあない、階段だぜ、ぼん。おめえは、いつもそうだ。理屈ばっかり先にこねやがる。男だったら、まずは実践あるのみよ。待ってな、今父ちゃんが、全部試しちゃうからな」
「あっ、父ちゃん。あーあ、行っちゃった。”三羽”じゃなくて、”和算”だって言うのに。全くもう、こんなの、頭でやっちゃえばわかるよ、二足す三で五じゃないか。あーあ、父ちゃんったら、いちいち上ったり下りたりなんかしなくてもいいんだよ」
「よしっ、おーい、いいかい、ぼん。父ちゃんが今からやってやるからな。一つ、一つ、一つ、一つ、一つ。まずは一種類で、次はと一つ、二つ、二つ。お次はと、一つ、一つ、一つ、二つ。あれっ、どんな上り方をやって、どんな上り方をやってないかこんがらがってきやがった。なあ、ぼん、ぼんってば。おめえ、そんなところでぼさっと見てるだけじゃあなくて、ちょいと父ちゃんに指図してくれよ。はたから見ているぼんのほうが、よく見えるだろう」
「はいはい、わかりましたよ。いいかい、行くよ、父ちゃん。まずは、一つ、一つ、一つ、一つ、一つだよ。お次は……」
「そんなに急かさないでくれよ、ぼん。こっちは階段下りなきゃならねえんだ」
「まったくもう、次は、一つ、二つ、二つだよ。父ちゃん、さっさと下りちゃって、まだまだ行くよ、一つ、一つ、一つ、二つ。うん、次だ。父ちゃん急いでね。二つ、二つ、一つだ。そして、二つ、一つ、一つ、一つ。でもって、二つ、一つ、二つ。まだあるよ。一つ、二つ、一つ、一つ。これで最後かな、一つ、一つ、二つ、一つだ。おーい、父ちゃん。父ちゃんが全部上ったよ。全部で八種類だよ」
「いやあ、疲れた、疲れた。ぼん、全部で八種類のやり方があったのか。八なんて、末広がりで縁起がいいねえ。やっぱり天神様だ。なかなか、楽しかったぞ。ぼんもやるかい?」
「いい、おいらはいいよ。こんなのやるまでもないよ、父ちゃんったら、無駄に体動かしちゃって」
「おや、何か言ったかい、ぼん」
「何でもないよ、父ちゃん」
「それにしても、父ちゃん一人では、とてもじゃねえが、こんなもの、わかりはしなかったよ。ぼん、お前のおかげだ。ぼん、おまえ、一人で黙々となんかやるだけじゃあなくて、父ちゃんみてえな、馬鹿なやつ指図することもできるんだな」
「何言ってんだよ、父ちゃん。自分のことを馬鹿だなんていうなよ」
「おっ、珍しく、ぼんが父ちゃんに優しい言葉かけてくれるじゃあねえか。嬉しいねえ。天神様に連れてきたかいがあるってもんだ。ま、父ちゃんみてえなやつにはできねえことが、ぼんにはできるってわかっただけでも、大収穫だ」
「勘弁してよ、父ちゃん」
「おっと、ぼん。今度はあっちで面白そうなことやっているぞ、行こう行こう」
「わかりましたよ、父ちゃん」
「なんだ、黒と白の飴玉、まあるく並べてなんかやってやがる」
「ああ、“継子立て”だね。もともとは、先妻の子と今の妻の子供を並べる話だけど、飴玉でやってるみたいだ。でも、これは、ちょっと難しいんだなあ。父ちゃん、少し、考えさせてよ」
「だから、ぼん。頭より先に動かすべきは手なの。まあいいや、おめえはそこで考えてろ。父ちゃんはちょいとやっちゃってくるから。おおい、それ、どうやるんだい。そこの飴玉並べてる人」




