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和枝の『初天神』 其の1

今回は、古典落語の『初天神』のネタバレを含みます。あらかじめ、何らかの方法で、古典落語の『初天神』の内容を知っていただけると幸いです。

自宅に戻った和枝は、早速、『初天神』についてネットで調べます。


「ええと、“初天神”と。とりあえず、ウィキペディアかな。なになに、祭りに連れて行けとせがむ男の子、何もねだらないなら、と条件をつける父さん。しかし、なんだかんだと言って、上手く団子やら何やらを買わせる男の子。最後に凧を父親に買わせる。しかし、その凧に夢中になる父親。男の子が一言。『連れてこなきゃあ良かった』か。なるほどお」


“初天神”の内容を、一通り確認した和枝は、自分の小学校時代を振り返ります。


「そういえば、僕は、一人で本を読んだり、パソコンをいじるのを好んだから、どこかに連れて行け、なんて親にねだることはなかったな。逆に親が、あまりに出不精な僕を心配して、無理やり連れ出す始末で。まあ、僕のためを思ってしてくれていることだし、僕も喜ぶふりぐらいはしたけど。それこそ、数学のお祭りが近くであったら、話は違ったかもしれないなあ。和算のお祭りか。それで行ってみるかな」


和枝は、そう思い至って、自分で、自分なりにアレンジした『初天神』をパソコンに打ち込み始めるのです。話の内容の推敲すいこうを、独り言で言いながら。


「まずは、枕かあ。落語の枕って、今は、お客さんの様子に合わせて、その場で話す内容を決めるんだよなあ。しかし、僕がそんなことをしても、また僕の、好きな数学の方向に、突っ走っちゃって、この前の“群・環・体”の二の舞になるだろうし。ま、僕の落語の技量なら、あらかじめ、枕も作っておくのが無難だろうな。どこか行きたいと駄々を言う子供と、僕みたいな家にこもりがちな子供の比較で行くか」


和枝は、自分が話す落語を作るなら、自分ができるレベルの落語を作らなくてはならない、ということを知らず知らず実践しています。


「それにしても、お母さんったら、僕が、普通の子供と違うからって、心配のしすぎもいいところだよ。しかし、それだけに、僕が、海応学園に合格した時は、大喜びだったっけ。『ずっと机に向かいっぱなしで心配のしっぱなしだったけど、和枝ちゃんはすごいことができる子だったんだねえ』って、涙まで流しちゃって。だけど、『初天神』の舞台は江戸時代だから、そういう話の筋にはできないし……」


和枝は、自分の昔のことを思い出しながら、自分の『初天神』の話を作っていきます。自伝的なお話を作るというのは、創作の第一歩としては、悪くないものです。


「うーんと、和算のお祭りだから、和算にちなんだ出し物をやっているはずだよな。でも、あまり難しすぎても、聞いている人にはわけがわからないだろうし。ま、和算に限らなくてもいっか。日本に昔からあるような、数のお話みたいな感じで」


和枝は、話の設定を適宜てきぎ修正していきます。


「どうせなら、人がいっぱい集まるようなイベントの方が、お祭りらしいか。“天神様”って言うくらいだから、場所は神社だし、鳥居から入って、参道通って。ああ、石段もあったりするな。そういえば、階段の登り方の総数を求めるのに、フィボナッチ数を使う問題があったっけ。うん、それでいこう。子供は計算で解いちゃうのに、父親は実際に総当たりで、数え上げると言うのも、話としては面白いかもしれないし」


 和枝は、話を具体的にしていきます。


「となると、階段の段数が問題だな。四段は問題外だな。”死”に通じて縁起が悪い。とてもじゃあないが、祭りの話では使えないよ。縁起を担ぐなら八段か、やっぱり、八は末広がりだもんなあ。だけど、八段を総当たりだと、パターンが多すぎる。父親が全部試しといるところを、すべて口で説明するというのは、少々くどすぎるし。それに、八段なんて、父親が初見で解けるかなあ。数が得意な子供との比較として、父親は学がないという設定にすべきだし、おおそうだ。父親に指示する子供という構図にしよう。父親が子供に指示させるんだ。うん、これはいい。一人で黙々とやるだけじゃなくて、他人に指図して何かさせるということを、子供に経験させる父親。悪くない。そういえば、母さんが、僕にパソコンの使い方を聞いてきたことがあったっけ。あのころ、僕は人にものを教えるなんてしたことなかったから、つい邪険にしちゃったけど、悪いことちゃったなあ」


 和枝は、昔のことを思い出したりもしますが、すぐに創作に戻ります。


「ええと、フィボナッチ数は、一つ、一つ、二つ、三つ、五つ、八つ、十三で、あっ、結果が八つというのなら使える。八つくらいなら、ぎりぎり全部の上り方を、口で説明しても許容範囲だ。うん、最初から八段と、末広がりの八を示しちゃうより、問題の答えが八となった方が、出し物としての出来もいい。いいぞいいぞ」


すっかり、お話の創作に夢中な和枝なのです。創作に使えそうな、数の日本昔ばなしを検索します。


「他には、えっと、『数』、『日本』、『昔話』、これで検索っと。おお、出た出た。ほほう、そういえば、昔ばなしに、『継子立て』と言うのがあったな。そうだ、古典の『初天神』は、子供が飴玉をねだっていたな。これは行けそうだ。父と子の親子には、白と黒の飴玉を取って行ってもらおう。しかし、これだと条件次第では、計算で行くより、実際に、飴玉を手で取って行っちゃった方が、早く答えがわかることになりかねないなあ。いや、これはこれでいいか。理屈好きの、小生意気な子供が、手作業の実践の方が適切なこともある、と言うことを、現実にまざまざと見せつけられるのもいいかもしれない」


ひょっとしたら、和枝はお話の登場人物の男の子と、自分を重ね合わせているのかもしれません。


「そして、最後は凧かあ。だけど、古典の『初天神』の子供も子供だ。父ちゃんが楽しんでいるなら、それで十分じゃあないか。僕なんて、最初は親に無理やり連れていかれて、不承不承だったしても、その親がにこにこしているのを見たら、これはこれでいいか、なんて思ったりしたものだが。そうか、それでいいんだ。サゲを、正反対にしちゃおう。どうせなら、父親が夢中になるのは、凧なんかより、数そのものがいい。凧に、数の素養がまるでない父親でも、面白がるようなものが書いてあるとすれば……」


話が、上手い方上手い方に転がっていくのです。


「よし、できた」


しばらくして、出来上がりました。書いては書き直し、書いては書き直しの繰り返しでしたが、ようやく完成したのです。


「それじゃあ、読み返してみるかな」


和枝は、自分の『初天神』を読み始めます。



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