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和枝の『初天神』 其の3

「おや、これは、いなせなお父さんに、可愛らしいお坊ちゃん。まあ、見てごらんなさい。ここに黒と白の飴玉だある。黒も白も四個ずつだ。黒、白、黒、白と言うふうにやって、丸く並べるんでさあ。そして、黒から始めて、時計回りに二個飛ばして、三つ目の飴を取り除く。そうやって、最後に残るのは、黒と白、どっちかって話だ。見事正解したら、其の残った飴玉を、差し上げちゃおうって言う話だよ。どうだい、お坊ちゃん、やってみなさるかい」

「どうだ、ぼん。さすがのぼんも、こいつは、実際にやってみなくちゃあ、わからないんじゃないかな」

「だから、こんなの、頭で考えればできるって、父ちゃん。ちょっと待っててよ」

「じゃあ、ぼんは後ろ向いて、目をつむってろ。父ちゃんは実際にやってくるから。そう言うわけで、お兄さん。ちょっと、やらしてくんな」

「いいですよ、しかし、自分で考えるかあ。利発そうなお坊ちゃんじゃないですか、お父さんも鼻が高いでしょう」

「へへっ、滅相もねえ。そんな照れるようなこと言わねえでくれよ。ガキのくせに頭でっかちで。ええと、黒から、二個飛ばして、三つ目を取るんだね。ほい、ほい、ほいと……できた、黒だ」

「わかった、黒だ」

「おや、お父さんと、お坊ちゃん、同時だね。しかも両方正解だ。よしっ、ご祝儀だ。二つあげちゃおう」

「へへっ、ありがとうよ、兄さん。良かったなあ、ぼん」

「そ、そうだね、父ちゃん」


「しっかし、ぼんも、いっつも机にかじりついているわりには、父ちゃんと同じだけの時間がかかるなんて、やっぱり、まずは試してみるもんだろう。たまには、こうして、外に出てみなくっちゃあなあ」

「ふんだ、大きなお世話だよ、父ちゃん」

「まあ、そう言うなって。それにしても、利発そうな坊ちゃんだって、おめえ、俺に似なくて良かったなあ」

「なんだよ、急に、気持ち悪いよ、父ちゃん。いつもみたいに、机にばかり向かってんな、みたいなことを言ってくれよ」

「まあ、いいじゃねえか。せっかくの祭りだ。たまにはこう言うのもいいってもんよ。おっ、見てみろよ、ぼん。凧だ。よっしゃ、一つ買ってやるよ」

「えっ、そんなの、別にいいよ、父ちゃん。悪いよ。連れてきてもらっただけで十分だってば」

「だから、子供はそんなこと言わなくていいの。せっかくだ、あの一番でっかいのにしよう」

「父ちゃん、そこまでしなくっていいよ。あの一番大きいのは、きっと売り物じゃあないよ。大方飾りだよ」

「そんなことないよなあ、店の人」

「ええ、売り物ですよ。お坊ちゃん、良かったねえ。優しいお父さんで。こんないいお父さんが、せっかく買ってくれるって言うんだ。大人しく買ってもらいなさい。お父さん、お坊ちゃんが、買ってもらわなくてもいい、なんて言うようだったら、お父さんが、水たまりに飛び込んで、泥だらけになっちゃうとでも言ってやんなさい」

「店の人、妙な入れ知恵しないでちょうだいよ。ねえ、父ちゃん、いい年して、そんなばかな真似しないでくれよ。わかったよ。おいら、凧が欲しい。あの一番大きな凧が欲しい」

「そう、それでいいんだ、ぼん。子供っていうのは、そんくらいわがままで丁度いいんだ。よしっ、店の人、その、いっちばん大きい凧をちょうだいな」

「はい、まいどあり」

「おや、この凧、妙な図柄だね。正方形のマス目に数字が書いてある。なんだいこりゃあ」

「ああ、そいつは魔法陣でさあ。このお祭りは数のお祭りだからね。絵の方もそれにちなんでいるのさ。三かける三の升目に、一つずつ数が入っているだろう。


二・九・四

七・五・三

六・一・八


というふうにね。に、く、し、で、にくしと思うな、七五三、六一坊主は末広がりって読んでくんな。坊や、お父さんが、七五三祝ってくれても、面倒がっちゃあ駄目だからね。“八”は末広がりで縁起がいいんだから」

「だってよ、ぼん。ま、父ちゃんに付き合うのが、手伝いの一つだとでも思えって事だな。それにしても、店の人、ずいぶん縁起のいい言葉じゃあないか」

「縁起だけでもないですよ、お父さん」

「なに、どういう事だい、店の人」

「お父さん、横の三ますや、縦の三ますの数を足してみてくださいよ」

「足すのかい。どれどれ、まずは横からいってみるか。二足す九足す四は十五だね。七足す五足す三は、おや、こいつも十五だ。六足す一足す八は、へえ、こいつも十五じゃないか。お次は縦だ。二足す七足す六、九足す五足す一、四足す三足す八、すげえや、みんな十五になる」

「それだけじゃあないですよ、お父さん」

「まだ何かあるのかい、店の人。」

「三かける三の九ますに、一から九の数が一つずつ入っているのも凄くねえですか」

「そういやあそうだ。こいつはすげえ」

「ねえ、お父ちゃん。凧ってのは、お空にあげて楽しむもんじゃないのかい。図柄ばっかり見ていてもしょうがないよ」

「うるせえな、ぼん。今いいところなんだ。黙ってろい」

「やれやれ、お父ちゃんもすっかり、数に夢中だよ。しょうがない、またついていってやるか」


読み直し終えた和枝は、この『初天神』の演じ方について悩み出すのです。


「やはり、つがい算や継子立て、魔法陣は、口だけで伝えるのは難しいな。やっている後ろで図解を入れた方が、断然、聞き手に伝わりやすい。しかし、それは落語として、いかがなものだろう。そもそも、高子くんとの勝負でそんなことをしては、卑怯になってしまわないだろうか」


和枝も和枝なりに、聞き手のことを意識し始めたようなのでした。そして、勝負の相手である高子のことも。



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