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遊、屋上にて 其の2

そんなふうににやにやしている遊を、高子はいぶかしむのです。


「なんだい、遊さん。そんなふうに笑っちゃったりなんかしてさ。そういえば、前にもこんなことなかったけ」

「気のせいじゃあないですか、高子さん」

「まあ、そんなことはおいておくとしてね、遊さん。この高子さんは、まだまだ、言い足りないんだよ」

「どうぞどうぞ、高子さん。思う存分、おっしゃってください」

「そうかい、なら遠慮なく行かせてもらうよ。それにしたってね、怜ちゃん先生ってば、理不尽すぎるよ。和枝君に、『権助提灯』の筋をしらなかったらどうかな、なんて聞いちゃってさ。そりゃあ、お祭りの客を呼び込むような場合なら、そんなことも考える必要があるだろうさ。落語の古典を、初めて聞くような人間ばっかりだろうよ。でも、例えば、寄席に落語を聞きに来るような人間を考えてごらんよ、遊さん」

「はあ、寄席ですか、高子さん」

「そう、寄席だ、遊さん。寄席にわざわざ行くような人間は、古典落語の演目の話の筋なんて、大抵は知ってるんだ。『権助提灯』みたいな有名どころなら、なおさらだろう。そのうえで、この落語家さんは、どうこの古典をやるだろう、なんて楽しみ方をするものなんだよ、そうだよねえ、遊さん」

「そういうものでしょうねえ」

「そして、そういう客になら、米村君は古典落語で満足させられるんだ。怜ちゃん先生は『それなりの落語の素養がある人間だったら、英子君の落語を楽しんでもらえるかもね』なんて言ったけれど、裏を返せば、米村君は、寄席の高座で落語をやれるだけの技術を、すでに持ち合わせているんだ。わたくし、何か間違ったことを言っているかい、遊さん」

「いいえ、ちっとも間違ってやいませんよ、高子さん」

「そもそもね、寄席に来るような客はだね、落語を見る目はシビアに決まっているんだ。ちょっとヘマをしたら、野次の嵐が飛んでくるし、居眠りは当たり前、うるさいから静かにしろなんて言われる始末。『時そば』をやっていたら、携帯でそばの出前を頼まれる、なんてこともあるだろうよ」

「さすがに、少し悲観的すぎやしませんかねえ、高子さん」

「いいや、お金を払って、芸を聞いてもらう、ということはそういうことだよ、遊さん。そして、米村君は、そういう客を黙らせるだけの落語をやってのけちゃうんだ。そういう、寄席にいちいち足を運ぶような人間は、確かに絶対数は少ないかもしれない。でも、そういう熱心な人間は、自分が認めた芸には、しかるべき対価を支払うものなんだ」

「なるほどお」

「だいたい、この高子さんが、ちょっとお祭りで、きゃあきゃあ言われても、それがなんだというんだい。仮に、この高子さんが、百人の客に、一人百円払わせられるだけの落語ができるとしよう。だとしても、米村君は、十人の客に、全員が千円払わせられるような落語ができるんだ。両方とも、計一万円になるんだよ。でもね、この高子さんは、同じ一万円だからって、わたくしと米村君の落語が同レベルなんて思っちゃあいない。米村君の方が、はるか上をいっちゃってるんだ」

「そうなんですか、高子さん。でも、二人とも、同じ一万円じゃあないですか」

「違う! 違うんだよ、遊さん。確かに一見、同じように見える。でもね、文化祭の客なんて、それっきりで、もう一回きてくれるわけじゃあないんだよ。対して、米村君だよ。寄席に来るような客を満足させられるんだ。きっとリピーターが出来る。そうに決まってるんだ。となるとだね、この高子さんと、米村君の落語の金銭的な価値を比較してみようじゃないか。おっと、芸をお金で判断することついての是非はこの際問題じゃあないからね。あくまで、比較したら、の話だよ」

「わかりました、高子さん」

「そうするとだね、落語一回の価値は同じでもね、わたくしの落語はそれでおしまいだ。でもね、米村君の落語はそうじゃあない。二回目、三回目があるんだよ。継続的にお客さんが来てくれるんだ。例え数は少なくても、それを補って、あまりあるほどの熱心な信者とも言えるファンがついてくれる。それは、芸をする人間にとって、最高とも言えることじゃないかい、遊さん」

「それ、英ちゃんにも言ってやったらどうですか。高子さんが、英ちゃんの落語をそんなにも評価しているって」

「冗談じゃあないよ、遊さん。何が悲しくて、この高子さんが、あの小憎たらしい米村君に、そんなことを言わなくちゃあならないんだ」

「ですけどね、高子さん。昨日、部室をとびだした後の英ちゃん、それは大変だったんですから」

「そ、そうなのかい、遊さん。でも、遊さんは言ったじゃあないか。米村君が落語を辞めるはずなんてないと」

「ええ、言いましたよ、高子さん。英ちゃんは、これからも落語研究会に来ると思いますよ」

「そうか、遊さん。それは……」

「それは? 何ですか、高子さん」

「い、いや、それはだね、遊さん。それは、これからも落語研究会の部室で、米村君と顔を突き合わせることになるなんて、嫌になるという事さ。だからだね、遊さん。今、ここ高子さんが、話した内容はだね、くれぐれも、他言無用にしてくれよ、いいかい」

「はいはい、高子さん。言いませんてっば」

「絶対だからね、約束だよ、遊さん」


 高子はそう言って、屋上を去っていくのでした。後に残されたのは、遊一人、なのでしょうか。

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