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遊、屋上にて 其の1

遊の歓迎会が、とんだ騒動となったその翌日、土曜日です。海応学園は毎週土曜日は、午前中だけの半日、四時間授業なのです。四時間目が終わり、放課後になるが早いが、遊と英子がいる教室に、高子と和枝が、大急ぎで入ってくるのです。


「遊さん、遊さん。さあ、この高子さんについて来るんだ。いやとは言わせないよ」

「えっ、高子さん。急に何ですか。わかりましたから。ついて行きますから。そんなに手を引っ張らないでください、痛いです」


高子は、遊の手をひっつかんで、教室を連れ出すのです。一方、和枝はというと。


「英子君、英子君。今から、僕と一緒に行こう。君の意見はどうだっていい。とにかく、僕について来るんだ」

「どうしたんだ、和枝。一体、何の用だ。わかった、わかったから、手を引っ張るのはよしてくれ。痛いじゃあないか」


和枝もまた、英子の手をひっつかんで、教室を連れ出すのでした。それを見ていた、遊や英子のクラスメート達は、噂し合うのです。


「まあ、高子さまってば、編入生さんに、まだ案内したいところがあるのかしら。もう、入学式が終わって、ずいぶんになるというのに」

「ですが、別の方が、そのまた別の方を連れて行ったような気もいたしますが……」

「わたしにはよくわかりませんわ」


高子が、遊を連れて行った場所は、高子が盛大にお腹の音を響かせたその日に、高子が遊に自分がいかに英子を毛嫌いしているか、切々と語った、例の屋上です。その屋上で、高子が遊に詰め寄ります。ところが、遊にしてみれば、高子が何故こうも、むきになっているのか、薄々見当がついているのでした。他ならぬこの屋上で、高子の英子への本音を耳にしたのです。高子は、英子のことが憎らしくてしょうがないのですが、それは、高子が英子のことを、他の誰よりも認めているからなのだと、そんな英子が、昨日、怜先生にあのように言われたとあっては、内心穏やかでないだろうなあと。


「それで、遊さん。昨日、あの後どうなったんだい」

「えっ、どうなったって、どういうことですか、高子さん」

「とぼけるんじゃないよ、遊さん。米村君のことだよ。決まっているじゃあないか」

「はあ、決まっているんですか、高子さん」

「まさか、まさかとは思うが、米村君は、落語を辞めるなんて、言ってやしなかっただろうね」

「英ちゃんに、落語辞めて欲しくないんですか、高子さん」

「この高子さんのことはどうだっていいんだよ、遊さん。そんなことより、米村君だ。それで、どうなんだい、遊さん」

「心配しないでくださいよ、高子さん。英ちゃんが、落語を辞めるなんてこと、ありえませんよ」

「そ、そうかい、遊さん。うん、それならいいんだけどね」

「それで、昨日はあの後、高子さん達はどうだったんですか。あたしは、英ちゃんを追いかけて行ったから、そのあとの部室で皆さんがどうなったかは、わからないんですよねえ」

「ああ、昨日かい。とは言え、この高子さんも米村君を追って、遊さんが部室を出て行った直後、怜ちゃん先生に啖呵切って飛び出しちゃったからなあ」

「へえ、そんなことがあったんですか。ちなみに、どんな啖呵だったんですか」

「それはだね、『先生、わたくしは、そんなふうに、えこひいきされたって、嬉しくも何ともありません。あまりこの高子さんを、安く思わないでください』みたいな感じだったかな。全く、怜ちゃん先生ったら、あんな言いようは、米村君にもあんまりだし、この高子さんにとっても、侮辱だよ。だけど、飛び出したところで、行く当てなんて、何にもなかったからなあ。米村君がどこにいるかなんて、この高子さんにわかりはしないし。かと言って、部室になんて戻れやしないし、結局、一人で家に帰って、悶々としていたよ」

「そうだったんですか、高子さん。でも、柄見先生は、高子さんの落語の方が、英ちゃんの落語より上だって言ったんですよ。高子さんは、英ちゃんに勝てて、嬉しくなかったんですか」

「『勝った』なんて言い方はよしてくれたまえ、遊さん。この高子さんの落語が、米村君のそれより上だって? それは、怜ちゃん先生が、そう結論づけるために、話を方向付けた結果じゃあないか。全く、何が『文化祭で、浮かれ騒いだ客相手だったら、高子君の落語が一番』だよ。そんな前提で評価されても、嬉しくも何ともないよ」

「文化祭で一番じゃあ不満ですか、高子さん」

「文化祭で一番がだめってことじゃあないんだよ、遊さん。その勝ち負けの基準が、米村君にとって、不利であること極まりない、ということが問題なんだ」

「問題ですか、高子さん」

「そうだよ、ほんとに、怜ちゃん先生ったら、必死であら探しをしている観客をも、納得させるだけの技量があることを、あたかも、悪いことのように。ああ、そうだよ、認めるよ。この高子さんは、米村君の落語に、どこか至らないところがないか、耳を象みたいにして聞いていたよ。それもこれも、米村君のことが気に入らないからだ。でも、それでも、米村君の落語に、欠点を見つけることができなかった。米村君のことが、憎くて、憎くてしょうがないこの高子さんがだよ。それを、怜ちゃん先生は、『だめなところを見つけようとして、真剣に聞いているんだ、米村君みたいに、やたらめったらハイスピードで落語をやっても、ちゃんと内容を理解してくれるだろうね』だなんて、さも当然のことみたいに。ねえ、遊さん。米村君は、悪意に満ちた、この高子さんをも納得させるだけの落語を、やってのけたんだよ。それは、とてつもないことじゃあないか。そうだろう、遊さん」


もう自分でも、自分が何を言っているか、わからなくなってきた高子でしたが、それを遊は、微笑ましそうに見ているのでした。

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