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遊、屋上にて 其の3

「そろそろ、出てきてもらっても、いいんじゃあないですかねえ、柄見先生」

「やあ、気づいていたのかい、遊さん」


 遊の呼びかけに応じて、怜先生が、屋上の物陰から姿を現しました。どうも、怜先生は、一部始終をのぞいていたようです。


「まあ、何となくですけどね、柄見先生。保健室の時とか、武道場の時とか、思い当たる節がありましたしね。ちなみに、いつからいたんですか」

「遊君と高子君が、ここに来る前からさ。昨日の部室での一件のことからすると、どうもこうなる気がしててね。高子君ってば、遊君が部室を出ていったその矢先に、自分も部屋を飛び出すんだからねえ。ちなみに、昨日は、あの後、高子君は、遊君達のところにやってきたのかい」

「あたしと高子さんの、会話の内容からすれば、想像つくんじゃあないですか、柄見先生。まあ、正直言って、昨日、あたしが英ちゃんと二人でいるところに、高子さんまで来られちゃあ、話に収拾がつかなくなっちゃうところでしたよ。英ちゃんは、あの通りだったし、高子さんは高子さんで、何を言い出すかわかりやしませんし。でも、それも柄見先生の狙い通りなんじゃあないですか。高子さんが、あの場所を知ってはいないって、わかってたんでしょう」

「遊君は、先生を予言者か何かだと思っているのかな」

「予言者よりたちが悪い何かだと思っていますよ。予言者さんがすることは、これから起こることを言い当てることであって、柄見先生は、あたし達を、自由自在に手のひらで転がしているみたいなんだもん。あたし達は、柄見先生の将棋の駒じゃあないんですよ」

「これはこれは、遊君の先生への過大評価っぷりには、恐縮しちゃうよ。だけど、将棋の駒だったら、相手にこちらが、されるがままになっちゃうこともあるんじゃあないかな」

「柄見先生は、片方の手番を打ったら、将棋盤をひっくり返して、もう片方も自分で打って、その将棋盤を一人で見てにやにやしていそうなイメージです」

「遊さんは、先生にとてつもない悪印象を持っちゃったみたいだねえ」

「あたしはともかく、高子さんは確実に、柄見先生のことを悪く思っちゃいましたよ。それこそ、あたしと高子さんの話を聞いていたらわかるでしょうよ。それに、英ちゃんだって、そうですよ。悪く思うと言うより、しばらく、柄見先生の顔をまともに見られないんじゃあないですか。きっと、おびえちゃいますよ」

「まあ、高子君はともかく、英子君に関しては、先生は、進んで憎まれ役になるつもりだったからね」

「やっぱりそうだったんですか、柄見先生。いくらなんでもおかしいと思いました。だけど、もうちょっと、他のやり方はなかったんですか」

「でもねえ、遊さん。先生は教師で、英子君は生徒だからねえ。そういつもいつも褒めちぎってばかりとはいかないさ。時には、厳しいことも言わなくちゃあならないんだよ。ああ。一応言っておくけど、『英子君って、何か気に食わない。ちょっと権力を使って、いじめちゃおう』という事じゃあないからね」

「そのくらいわかってますよ、柄見先生。少なくとも、結果的には、英ちゃんのためになったと思いますよ。少なくとも、最悪の事態ではなかったと思います」

「ほほう、それじゃあ、遊君の考える最悪の事態とは、どういうものか、先生に教えてくれないかな」

「別に、構いませんけど、柄見先生。そうですね、英ちゃんが、あの『権助提灯』を、落語のらの字も知らないようなお客さん二、三十人前でやっちゃうことにはならなくてよかったとは思いますけどね。全校生徒の前だったらどうでしょうねえ。高子さんだったら、『君の好きなように、全校生徒の前でパフォーマンスしたまえ。別に古典落語じゃあなくてもいいよ』と言われたら、さぞや、すごいことをやってのけるでしょうけど、英ちゃんだったらどうかなあ。英ちゃんが、千人単位のお客さんの前でどうなるかは、ちょっと、想像つかないですねえ」

「そこまで、わかってくれるなら、先生としても、悪役になった甲斐があるよ。ちなみに、昨日、先生があんな意地悪をせずにだね、『英子君、高子君、そして和枝君が遊君に古典落語をやってくれました。よかったねえ、遊君。さあ、拍手して』みたいに事を運んでだね、英子君が、『もっと大勢の前で、文化祭で、古典落語をやりたい』、なんて遊君に言い出したらどうするね」

「えっ、それはそのう、どうすると言われましても」

「遊君が『いや、英ちゃん。古典よりもさ、前に英ちゃんがあたしにやってくれた、あの”時そば”、もともとの古典のほうじゃなくて、英ちゃんがアレンジしたほうのやつ。文化祭でやるなら、そっちのほうがいいんじゃあないかなあ』、みたいな感じにお茶を濁して、英子君も、それに従って、古典をやらなかったとしよう。その場はそれでしのげるかもしれない。でも、いつかは、昨日みたいなことになるんじゃないかなあ。英子君が自分で思っているほどには、自分のやった古典落語を、お客さんが評価してくれないことを自覚してしまう日が」

「そりゃあ、英ちゃんが、ずっと落語研究会の仲間内だけで、落語をやり続けるならともかく、英ちゃんが、一見さんのお客のまえでも、落語をやってみたくなることだって、十分にあり得るでしょう。そしたら、先生の言う通りになっちゃうでしょうけど……」


 遊は、どうしても、怜先生のやり方に納得がいかないようです。


 

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