続、遊の親馬鹿両親の会話 其の1
遊が学校を案内されるために入学式前日、海応学園に向かったその後に、父である真と母である翔子が再びキッチンで話し込んでいます。まず真が話し始めます。
「なあ翔子、遊のやつ、この先どうなるのかなあ。中学時代は部活もやらずにひたすら、一に勉強、二に勉強、三、四がなくて、五に勉強と行った具合に徹頭徹尾机にかじりついていたもんなあ」
「あの子だったら、きっと問題ないわよ。それにあなたの言う通り、部活をあの子はやっていなかったけれども、あたし達に落語をして見せてくれていたじゃあない。勉強ばかりと言うわけではなかったはずよ」
「それだよ、翔子。なんだい、落語大全集なんて遊に買ってきちゃってさ。娘に厳しい母親はどこに行っちゃったんでしょうねえ。どうせ持って帰る間中、遊の喜ぶ顔のことばっかり考えていたんだろう」
「そ、それは違うわよ。た、確かに、遊がどんな笑顔をするだろうとかそんなことばっかり考えていたけれども。そうじゃなくて、私は娘には厳しいことこの上ないわよ。ほら、あれはあくまでも、私が私のために買ってきたものよ。遊にもそう言ったもの。あなた、あの時一緒にいたじゃない」
「そう、確かに翔子、君は遊にそう言った。でもその続きはどう言う事だい。やれ絶対に遊は聞いちゃあだめだの、やれ自分は聞く暇はないだの、あれじゃあもまるで遊にしっかりこれで落語を練習するのよ、って命令しているようなものじゃあないか。事実、お前あのCD、自分では全くと言っていいほど聞きゃあしなかったじゃあないか。『ふんだ、名人だか人間国宝だかなんだか知らないけどさ、うちの遊の落語には全然かなわないじゃあない。あんたの落語なんか聞くより、あたしの可愛い遊ちゃんの落語を聞いていた方がずうっといいですよ。あんたなんかもうお呼びじゃあないですよ』って」
「確かにあなたの言う通りだけれども。でも本当に遊が喋るのを聞いていた方が断然楽しいんだもの。だけどそれを言うならあなたもあなたよ。あなたが初めて遊の落語を聞いた時、ええと、あれは何度目だったかしら、まあいいわ。あなたったら、遊に一万円あげちゃおうとしたじゃない」
「ああ、覚えているとも。あの時、翔子、お前に思いっきり後ろでつねられたからね」
「当然よ、何よ、一万円って、幾ら何でも奮発のしすぎよ」
「だって、遊ちゃんが可愛くて可愛くてたまらないんだもーん」
「もーん、じゃあないわよ、全くもう」
「それなら僕もお前に言わせてもらうけどね、自分だけ遊の初めての『時そば』を聞くなんてずるいじゃあないか、せめて、高画質の映像を残してくれるぐらいのことはしてくれたってばちは当たらないはずなのにね。ああそれなのに、ああそれなのに、翔子、お前は遊の二回目の『時そば』も僕には聞かせてくれなかった。こいつはちょいと独り占めがすぎるんじゃあないのかい、翔子や」
「それは、遊がここまで落語にのめり込むとは思わなくて……」
「そうだよ、僕たちの可愛い娘である遊があんなにのめり込んでいる落語を僕が初めて聞けた時の気持ちを考えておくれよ。福沢諭吉の一枚や二枚はずんじゃおうと言う気分になるのも当然だろう。何と言っても、僕は遊を甘やかす担当なんだから」
「本当に、あなたったらずるいんだから。私が遊にきつく当たる時に、どれだけ内心涙を流していると思っているのかしら」
二人の親馬鹿の会話はこの後、遊の高校生活のことになります。




