入学前、学校案内ー遊と風紀指導教諭ー其の3
怜先生が目の前にいる編入生のこの先に思いを巡らせているところに、遊が尋ねます。
「柄見先生、どうしたんですか」
「ごめんなさい、なんでもないわ。それよりその後のことを聞かせてちょうだい。いかにして稀代の名演説家が誕生したかを」
「もう、だから名演説家とかいい加減に……もういいです。そうしてあたしが下手くそな落語をお母さんにやってみせたらですね、お母さんが席を立って財布を持ち出してきてですね、ギャラをくれたんです。おひねりですか? お小遣い? とにかくお金をくれたんですね、五百円」
「ほほう、遊さんの名調子に思わず母親の財布の紐も緩んじゃいましたか」
「名調子なんてものじゃあないですってば。本当に自分でもわかってたんです、点で聞かすに耐えないものだって。だから、あたし、お母さんに言ったんです。『母さん、五百円くれるのは嬉しいけどさ、とてもそんなふうに褒められる落語とは思えないんだけど……』って」
「それで遊さんの初めてのファンはなんて答えたのかしら」
「ファンときましたか、そしたら母さんがいうにはですね、『自覚しているよいうね、遊。あなたが思っているようにひどいものだったわ。だからその五百円は初回につき大サービスというやつよ。いわゆるご祝儀だと思ってちょうだい。だからね、遊、もしそれと同じ程度のものを、たとえ違う演目だとしてもよ、母さんに見せても、また五百円もらえるとは思わないでちょうだい。仮に遊がそう考えているとしたら、それは少し希望的観測が過ぎるわね。だけどね、うちではテレビはNHKに限って認めているわよね。NHKだったら落語番組の一つや二つやってるでしょう。それを録画して、何度も見返しながら、遊が繰り返し練習して、このレベルなら芸の対価としてお金をもらえるにふさわしい、と自分で思えるようになったら、そうね、とりあえず見るだけは見てあげるわ。言っとくけどお金をあげるとは言ってないわよ。とりあえず見るだけだからね』なんて次第ですよ」
「なかなか厳しいお客さんじゃあない、遊さんのお母さんは」
「そうですかあ。兎にも角にもつたない『時そば』で五百円くれたんですよ。それだけで十分優しいと思うんですけどねえ」
「あらあら、五百円で御の字だったのね」
「そうですよ。ですけどね、落語はひどかったなんて、自分ではわかってても他の人に言われるとかちんときちゃうんですよ。そのうえ、見るだけなら見てやってもいいわ、なんて言われたものだから」
「まんまとお母さんの挑発に乗せられたというわけね、遊さん」
「別に挑発されたんじゃあないと思いますが……挑発されたんですか、あたし」
「先生が遊さんの話を聞く限りはそうだと思うけれどね」
「そうだったんだ。いや、それでですね、その後、あたし検索して調べたんです。そしたらですね、あたしが見ていた『時そば』は週に一回、教育テレビで、三十分間、落語家が高座でやっている番組だったってわかったんです。でも一週間なんて待っていられないですよ。すぐに動画サイトで落語を見てですね、研究しましたよ。特訓しましたよ。ちなみに演目は『時そば』です。どうせなら、こっぴどく酷評されたものと同じやつでお母さんを見返してやろうと思ったんです」
「結構負けん気強いじゃない、遊さん。やっぱりあなた、面白いわ」
「どうもありがとうございます。それで、一週間、ええと、中学二年生の一学期だったかな。学校があったから放課後に、ちょうど家の近くに人気のない場所があったからですね、そこで練習したんです。高速道路の高架下でですね、車の通行音で騒がしいから、落語の練習にはうってつけだったんです」
「遊さん、正直なところ、中学生の女の子がそんな場所で一人でいるのはどうかと思うけどね、何もなかったんでしょうね」
「ありませんでしたよ、もう、先生ったら、何考えているんですか」
「えっ、私が怒られるの? どちらかといえば怒られるべきは遊さんじゃあない?」
「そんなことどうでもいいですよ、先生。とにかくですね、一週間後にですね、再度お母さんにやってみせたんです。『時そば』を」
「それで、遊さん、結果はどうなったのかしら」
「もらえましたよ、お母さんに、五百円。しかもですね、先生、その五百円、紙で包まれてたんですよ。あれこそ本物のおひねりですよ。それを投げてくれるんです。あたしだってら落語のことは色々調べましたからね、そういう風にすることが一種の落語家への褒め方だってわかりますけどね、あれ、絶対前もって準備してましたよ。一体全体何を考えているんだかわかりやしませんよ」
「まあまあ、きっと娘思いのいいお母さんなのよ、遊さん。それで、その後もその家庭内高座披露は続いたのかしら」
「ええ。続きましたとも。それというのもですね、お母さんったら、その何日か後にですね、CDの落語大全集みたいなの買って帰ってきたんですよ。全部で五十枚組だったかな。包装紙もつけずにむき出しのままでした。一目で落語のCDだなってわかりましたもん。すっごく重そうでしたよ。通信販売で自分の家に宅配サービスが当たり前のこのご時世にですよ。それこそ動画のデータが無線で飛んで来てくれるっていうのに。お母さんは間違いなくあたしに見せつける気満々で買ったに違いありません。あんなに重たいもの手にぶら下げて、家に持って帰ってくる間、どんな気持ちでいたんでしょうねえ」
「遊さんのお母さんは教育熱心であるけれど、方向性がちょっと普通じゃあないみたいね」
「先生もそう思いますか。さらにですね、あたしが落語をやって見せた数日後にお母さんが、そんなCD大全集持ち帰ってきたら、当然あたしへのプレゼントだって思うじゃあないですか。それであたし言ったんです『あっ、お母さん。これ落語のCDじゃない。あたしに買ってきてくれたの? プレゼント?』 って。それをお母さんったらなんて言ったと思います」
「なんて言ったのかしら、遊さん」
「『あらあら、この娘ったら、言うに事欠いてプレゼントですって。誕生日やクリスマスでもないのにそんなことしやしないわよ。お母さんはそんなに親馬鹿じゃあありませんよ』と、こうです、先生」
「じゃあなんでまた、遊さんのお母さんはそんな面倒なことをわざわざしたのかしらねえ」
「ええ、だからあたし言ってやりましたよ。『プレゼントじゃないなら、なんなのよ』って。で、お母さんが言うには、こうです。『これはね、お母さんが、お母さんのために買ってきたのよ。ですからね、遊、絶対に勝手に聞いたりしちゃあだめよ。お母さんも色々急がしいから、ろくにこんなもの聞く暇はないし、だから少しの間なら一枚ぐらいどこかに行ってても、それがきちんと戻されるのであれば、そんなことには気づきもしないだろうけども、それでもやっぱり断じて遊は聞いちゃあだめだからね』」
「そしたら、遊さんはどうしたの』
「聞きましたよ、聞いて、練習しましたよ。だってそう言う事じゃあないですか。そうでしょう、先生」
「ま、そう言う事でしょうね」
「その上ですね、その練習した成果をだいたい週に一回両親に見せるんです。そしたらおひねりの嵐ですよ。五百円玉が包まれたおひねりが三つも四つも飛んでくるんです。お母さんが絶対に聞いてはいけないと言った、そのCDを聞いて特訓したってわかりきっている落語に対価をしっかり払ってくれるんです、うちの両親ったら」
「なかなか愉快なご家庭じゃあない、遊さん」
「でしょう、お母さんもお父さんも変わっているんです」
その後に怜先生は、一言心の中で付け加えます、愉快なのは遊さんも含めてだけどね、と。そして怜先生は遊を学校案内に連れ出します。
「それじゃあ、話はこれくらいにして、実際にこの海応学園を案内しましょうか」




