歓迎会 其の1
今回は、登場人物が古典落語の『権助提灯』を話すという筋書きですが、本文中に『権助提灯』の本筋は書かれておりません。何らかの方法で、古典落語の『権助提灯』の話の内容を理解したうえで、本文を読んでいただけると幸いです。なお、ここなろうサイトにて、その『権助提灯』のパロディを自作として公開していますが、そちらを読んでいただければ、『権助提灯』の内容はつかめると思いますので、そちらも読んでいただけるとありがたく思います。
翌日の放課後、遊、英子、高子、和枝、そして怜先生の五人が、落語研究会の部室に集まっています。すると、和枝が、遊に申し訳なさそうに言うのです。
「あのね、遊君、昨日の甚平なんだけどね」
「ああ、和枝さん。そういえば、今日は制服だね。どうしたの。あの甚平なら、もう和枝さんのものにしちゃっていいよ。あたしは、その、もう着ないし。ええと、サイズがね、もうあたしには着れないって言うか……」
「いや、遊君。僕が小学生みたいな体型だと言うことは、そこまで気にしなくていいんだ。話したいことは、そこじゃあなくて、昨日、ついうっかり、甚平、洗濯しちゃって、学校に持ってこれなかったんだ」
「あっ、そっかあ。毎日に甚平を着たいんだったら、一着だけってのはまずいよねえ。着た切り雀っていうわけにもいかないし。家に他の甚平あったかなあ」
「いやいや、そこまで遊君に甘えるわけにはいかないよ。自分で買うよ。それで、今度の日曜日にでも、遊君と一緒に買いにいけたらなあ、なんて……」
「そう? でも、甚平売ってる店って、近くにあるかなあ。まだ春になったばかりだし、ええと、あの甚平は、どこでどうしたんだっけ」
「それなら、心配ないよ。僕、調べたんだ。甚平を取り扱っているお店。あったよ、この近くに。だから、行こうよ、一緒に」
「へえ、あったんだ。甚平が買えるところ。じゃあ、行こうか」
遊と和枝が、二人きりで買い物に行くところを、英子と高子がしゃにむになって、阻止しようとします。
「ほう、それは、確かに他にも甚平が必要だな。なんとしても買いに行かなくてはなるまい、我々、落語研究会にメンバーで。そうだな、高子」
「全くもってその通りだ、米村君。この落語研究会の結束からして見れば、至極当然の成り行きと言えよう。そうだね、米村君」
あいも変わらず、妙な馬の合いようなのです。そこで、怜先生が場を締めるのです。
「はいはい、週末に女の子同士でお買い物に行く話は、そのくらいにして、遊君の歓迎会を始めようじゃあないか。じゃあ、英子君、昨日の演目リストにあっただろう。『権助提灯』を頼む」
「『権助提灯』ですか。わかりました」
そう言うと、英子は『権助提灯』を始めるのです。それはそれは、何の淀みもなく、実にすらすらとやってのけるのでした。そして、サゲを言います。
「もう、夜が開けた」
話し終えて、英子は実に得意げです。自分でもうまくいったと思っているのでしょう。それを見ていた四人は、拍手をしていることはしているのですが、その表情は、それぞれ異なります。遊はどこか困ったような顔をしています。高子は非常に悔しそうです。和枝は素直に感心しているようです。一方、怜先生は、予想通りだと言う顔をしています。そして、怜先生が高子に言うのでした。
「 高子君、英子君の落語は見事だったねえ」
「ああ、そうでしたね。たいしたものでしたよ」
「それにしても、高子君は、食い入るようにして、英子君の落語を聞いていたねえ。まるで、一言も聞き漏らすまい、としているようだったよ。どうして、あんなにも熱心だったのかなあ。ひょっとして、英子君のこと、気に入っちゃったかな」
「そ、そんなことは断じてありません、先生。この高子さんが、英子君を気にいるだなんて、そんなこと、天地が逆になっても、あり得るはずがありません」
「へえ、そうなのかい。じゃあ、そんな英子君の落語を、なんでまた、ああも、かぶりつきで聞き入ってたんだい」
「そ、それはその……」
「ははっ、まあ、そう言うこともあるだろうさ、高子君。高子君が、英子君のことを快く思っていないことは、ちょっと見ていてばわかる。そして、気にくわない相手のことを、穴があくように観察するなんて、よくあることさ。なんとかして、あらを見つけてやろうとね。下手をすれば、自分が好きな相手以上にね。好きの反対は無関心、なんて言葉もあるくらいだしねえ。で、高子君、そうして、根掘り葉掘り観察した結果、英子君の落語には、どこか欠点はあったかい」
「ありませんでした! それはそれは見事でしたよ」
高子の発言を聞いて、英子は大変な満足げです。それを怜先生は、何かを腹に一物秘めていそうな顔で、見ているのですが、すぐに、再度高子に、質問を投げかけるのです。
「ほう、英子君の落語には、特に見当たるような欠点はなかったかい。ちなみに、話の内容の方はどうだったね、高子君」
「内容ですか。そうですね、金持ちの旦那さんが、妻と愛人の間でどうこうってことでしょう。『神聖なる学び舎で、なんたるふしだらなことでしょう』って、目くじらを立てちゃう人もいるんじゃあないですかねえ。ま、この高子さんは、課外活動として、こっそりやるくらいなら、全然、問題ないと思いますがねえ」
「その辺りは、江戸時代の風俗のお勉強ということで、うるさ型には勘弁してもらうとしようじゃないか。おっと、高子君、何か言いたそうだね。だけど言っちゃあだめだよ。なんてったって、ここは神聖なる学び舎、なんだからね」
「何のことかさっぱりわかりませんねえ、先生。江戸時代の風俗なんて、社会の教科書に、おおっぴらに書いてあることじゃあないですか。それが、いったいどうだっていうんですか」
「おや、そうかい。どうやら、高子君には、余計な心配だったようだね。で、江戸時代の男女の機微についてはどうだい」
「いや、先生、特にこれといっては」
「では、高子君。妻と愛人が、両方とも男だったらどうだい。もちろん、店の旦那も男だ。男が男と所帯を持って、なおかつ、男の愛人を囲っているんだ。いかがかなあ。当然、権助君も男だよ」
「せ、先生。そんなことを、この高子さんに言っちゃってくれては、わたくしのイマジネーションは、とどまることを知らなくなってしまうではないか」
「別に、とどまらせなくて構わないよ、高子君。好きに、そのイマジネーションを解放させるがいい」
「先生がそう言ってくれるとあらば、この高子さんが、一席披露しないわけにはいかないじゃあないか。あとでお説教だなんて無しですからね」
遊が何やら言いたそうな顔をしていますが、高子はそんなもの目に入りやしません。怜先生は、遊の内心には、気づいているかもしれませんが、そんなことは、問題になんてしない、怜先生なのでした。こうして、高子の一人舞台となるのでした。
「もう、夜が明けた」
自分の喋りたいように喋ったことで、高子は満足げな表情です。英子は、白い目を高子に向けていますが、心中は穏やかでないのかもしれません。遊は、顔を真っ赤にして、うつむいています。和枝はどこかぽかんとしているようです。そして、怜先生はといえば、いたずらっぽく笑っちゃったりしているのです。そのうえで、怜先生は遊に質問するのです。
「それで、高子君の落語はどうだったね、遊君」
「あれを落語と呼称することは、なにかこう、伝統とか、先人達の業績に対する侮辱もはなはだしいような気がするんですが、先生」
「いやいや、江戸時代に男同士でやっちゃうなんて、ごく普通のことだよ。だいたい、落語には、廓話とかの、艶っぽい話なんて、ごまんとあるんだ。戦時中は、落語家自らが自粛しちゃうようなお話がね。あれくらい、どうってことはないさ」
怜先生がそう言ってくれたことで、高子も鼻を高くするのです。
「いやあ、先生もなかなかに、話のわかるお人じゃあないか」




