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積川和枝 其の6

「そ、そうね。あたしも、そっちの方がいいと思うわ。ねえ、英ちゃん、高子さん」

「そうだね、遊ちゃんの言う通りだね。わたしも、そのガロアさんのお話、聞きたいなあ。なあ、そうだろう、高子」

「ああ、そうだとも。そもそも、数学者のエピソードが聞きたいと言ったのは、他ならぬこの高子さんなのだからな。和枝君の話を拝聴するのが当たり前じゃあないか」


遊、英子、そして高子の求めに、和枝は、心なしか、何かときめくものを感じるのでした。


「いやあ、そんなに、人に話を望まれるなんて、初めての経験だなあ。しかし、なかなか悪くない。それじゃあ、一つ話しちゃおうかな」


さっきまで泣きべそをかいていた和枝が、すっかり気を良くしてくれたので、遊も英子も高子もひと安心です。拍手喝采で和枝の話を歓迎します。


「わっ、嬉しい。和枝さん、あたしと、英ちゃんと高子さんに聞かせてください。お願いします」

「そうだ。高子は別にどうでもいいが、わたしと、遊ちゃんによろしく頼む」

「こら、米村君、この高子さんをどうでもいいとは何事だ。ことの言い出しっぺは、わたくしなんだからな」


三人の熱烈なる歓待に和枝も大乗り気です。


「それじゃあ始めるよ。三人とも、ガロアの“群・環・体”は知らなくても、アインシュタインの“相対性理論”ぐらいは聞いたことあるだろう。どうだい、遊君」

「え、ええ、まあ、名前ぐらいは。でも具体的にどうと聞かれると、ちょっと困っちゃうんですが……」

「安心してくれ、遊君。具体的な内容まで、踏み込む気はさらさらないよ。要は、すごい大発見である、くらいに思ってくれたらいい。で、『アインシュタインがいなくても、相対性理論は五十年もすれば、発見されただろうが、ガロアがこの世に生まれていなければ、“群・感・体”の概念は、いまだに、人類にはなかったかもしれない』なんて言われているんだ。ちゃんと聞いているかい、英子くん」

「ふむ、ガロアという人間は、とんでもなく独創的だったということなのかな」

「そうなるかな、まあ、これは、相対性理論が、物理の分野のものであることに対して、ガロアは数学者だったことにも関係するんだがね。ところで、高子くん、君もスマホの道案内サービスにお世話になったことくらいあるだろう。自分の現在地が、すぐにわかったりするあれだよ」

「そりゃあ、現代っ子ならそのくらいは……」

「その、現在地の特定はね、人工衛星に電波を送受信することで、実現させているんだ。ところが、その位置を決める際にはね、ちゃんと相対性理論を考慮しないと、結構なずれがでちゃうんだ。とても実用的とは言えない程度のずれがね。そうなったら、どうなるね、遊君」

「実用的じゃあないんだったら、商業ベースには乗せられないんじゃあないですか」

「おそらくそうだろうね。だけど、相対性理論を知らなくても、ロケットは宇宙に飛ばせるし、人工衛星を周回軌道に乗せることはできる。強力な燃料が制御できればね。でも、その宇宙の人工衛星の位置を確かめることになったら、どうにも、予想とのズレが出てくるんだ。一回や二回くらいなら、観測装置の設計の問題か何かかもしれないけどね、打ち上げるたびに、理論による推定と、実験による結果が一致しないとなる。理論と実験がずれるなら、理論の修正を試みなくてはならない。もちろん、実験の不備が理由かもしれないけどね。そこで、理論物理の先生が、実験結果に合う理論を考え出そうとするんだなあ。まあ、現実の事象があって、それを理論に落とし込むんだ。いつかは、理論でうまく説明できることになるだろう、と言うのが、アインシュタインがいなくても、相対性理論は見つかっただろう、と言われる理由だね。ここまではいいかい、遊君」

「物理には、理論と実験、二つのアプローチの仕方があるってことがキモってことですか、和枝さん」

「そうなるね。そりゃあ、数学にも、測量のために発展した、幾何学とか、ギャンブルで儲けるための、確率論とかあるけどね、ガロアの理論は、非常に抽象的と言えるんだ。百年経っても、二百年経っても、そのきっかけとなることが現実に起こることはない。だからこそ、ガロアがいなかったら、その理論は生まれなかったと言われているんだ。でもね、そんなガロア理論も、最初は見向きもされなかったんだよ。論文を提出したのにね、その論文は、大学の先生にゴミ箱に捨てられちゃったみたいなんだ。相対性理論が発表された当時は、理解できる人間は、発見したアインシュタインと、その論文を提出された大学の先生と、それを掲載した科学雑誌の編集長の三人しかいない、と言われたみたいだけど、ガロアの場合は、ガロア本人にしか理解できなかったとも言えるね。それだけ、革新的だったとも言える。どうかな、英子君」

「ううん、いきなり、“群”とか“環”とか言われるよりは、そのガロアさんの人生の方から説明された方がまだとっつきやすいかな」

「そうかい。で、そのガロアだが、自分の全てを注ぎ込んだ論文が、全く評価されなくて、やけになったのか、ピストルで男と決闘して命を落としちゃうんだよねえ。まだ若かったのに、いやいや、いったい、人類においてどれだけの損失なんだろうねえ」

「男と! 決闘して! 死んじゃった! そ、そんな若くして才能に溢れた、数学者さんが、男同士の決闘で、人生を散らしちゃったの!ね、ね、和枝さん、その辺りをもっと詳しく教えてちょうだい。その、相手は、どんな男だったの」

「いきなり、大声を出さないでくれよ、高子君。相手の詳細はよく知らないんだ。まあ、そのへんの、ちんぴらか何かだったんじゃないかなあ。大した記録も残ってないみたいだし」

「そうなの、なんかつまんないなあ。最後の相手が、取るに足らない行きずりの男ってのも、悪くはないんだけど、やっぱり、それだけのガロアさんだもの。その相手もそれなりの男じゃあなくっちゃあ、つまらないじゃない」

「がっかりさせたようで、申し訳ないよ、高子君」

「いやいや、何も、和枝君が謝る事じゃあない。大変参考になるお話だったよ。そうだろう、遊さん、米村君」

「うん、すっごく面白かった。だよね、英ちゃん」

「ああ、和枝からこんな話が聞けるとは、思ってもいなかった」


遊と英子と高子に喜んでもらえたこたが、なによりも嬉しい和枝なのでした。


「うん、こちらこそ、ありがとう」

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