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高子、遊を思う 

今回は、古典落語の『権助提灯』の内容を知っていると、最後の落ちがより楽しめるようになっております。また、ここ”なろう”サイト”内において、その『権助提灯』のパロディを公開しているので、そ寺も併せてお読みいただけると幸いです。

 高子が遊と出会ったその日の夜、高子は一人、自分の部屋のベッドで、物思いにふけります。


「遊さんかあ、なかなか、面白い女の子だったなあ。妙にからかいたくなっちゃうというか、なんというか……ちょっとした借りも作っちゃったことだし」


 高子は、おもむろに無地のノートを取り出すと、新しいページを開いて、大きく一文字書き記します。”めかけ”と。そうして一人芝居を始めるのでした。


「遊さん、遊さん、この漢字、なんて読むと思う」

「えっ、この字ですかあ、高子さん。ううん、ちょっと見たことないですねえ。すいません、わからないです」

「いやいや、謝ることはないんだよ、遊さん。まあ、義務教育で習うような漢字じゃあないからね。これはね、”めかけ”と読むんだよ。何のことだかわかるかい」

「いや、高子さん。ちょっと聞いたことない言葉ですねえ」

「ははあ、遊さんはねんねちゃんだなあ。”妾”というのはね、愛人のことなんだよ。お妾さん、なんて言ったるするね」

「そうですか」

「どうしたい、遊さん。すっとんきょうな顔なんてしちゃって。この高子さんに、何か文句でもあるのかい」

「高子さんの言動に、いちいち腹を立てても意味ないですけれどね、まあ、愛人という、あまりいい意味でない言葉の概念を示す漢字に、”女”という漢字が使われていることは、正直言って不愉快です」

「そうだね、遊さん。わたくしも同意見だよ。でもね、別に男の愛人が、いまだかつて、いなかったということはないんだよ」

「はあ」

「そういう時はだね、こうするんだ」


 すると、高子はノートの”妾”という字の上に”男”と付け加えます。自分の部屋で。一人で。


「これでね、”だんしょう”と読むんだ、遊さん。これで男の愛人のことを意味するんだねえ」

「でも、それはそれで、わざわざ、”男”と加えること自体、愛人は基本、女がなるものである、みたいな既成概念ありきのような感じがします」

「いちいちおっしゃる通りだねえ、遊さん。スチュワーデスという言葉がフライトアテンダントに置き換わって久しいこの時代にね、”妾”だの”男妾”だの、いい加減にしてもらいたいものだよ」

「そもそも、めったに口にしない言葉ですからねえ」

「ちなみに、遊さん。男が愛人になる際に、誰がその男を囲うんだと思う?」

「そりゃあ、お金持ちの女性が……ああ、高子さん。そんなふうににやにやしないで下さい。わかりましたよ。わかっちゃいましたよ。高子さんがそんな顔をするものだから。『男性が男性を愛人にするんだよ』と言いたいんでしょう」

「ご名答、遊さん。女性が男性を愛人にすることもそれなりに行われていたみたいだけれどね。だけどね、これは由々しき問題なんだよ。なんといってもね、男に囲われた男の愛人もね、女に囲われた男の愛人も、両方”男妾”とあらわされちゃうんだからねえ」

「似たようなものだと思いますけどねえ、高子さん」

「なんてことを言うんだい、遊さん。大違いじゃあないか。女に囲われる男なんてね、そんなもの、想像したくもないよ。虫唾が走るったらありゃあしない。そんな、貞操観念がない男なんて、最低もいいところだよ。その点、金銭的対価で、自分と同じ男相手に囲われるお・と・こ。これはこれは、どんなやむにやまれぬ事情があったんだろうねえ。ううん、その事情を考えちゃうと、夜も眠れないよ」

「勝手に徹夜でも、何でもしてください、高子さん」

「つれないねえ、遊さん。そのうえね、こんな言葉もあるんだよ」


 そして、高子は、ノートを一ページめくって、さらに新しく、言葉を書くのです。”男娼”と。


「ちなみに、こいつも”だんしょう”と読むんだよ。この”娼”という漢字はだねえ……」

「それなら知っています、高子さん。”娼婦”の”娼”でしょう。まあ、”娼婦”という言葉もどうかとは思いますが、それで、その”男娼”と言う言葉にも、二通りのとらえ方があると言いたいんですね、高子さんは」

「つくづく、遊さんという人は、この高子さんを完全に理解してくれているねえ。そうだよ。女性相手に売春する男も、男性相手に売春する男も、両方”男娼”になっちゃうんだ。これは……」

「日本語における、重要案件だとでも言いたいんですか、高子さん。全然違う二つの概念を、同じ言葉であらわしちゃうなんて」

「そう、そうなんだよ、遊さん。お金で、女性に自分の性を売り物にするだなんてね、男の操をなんと心得ているんだろうねえ。でも、一夜限りの、それも初めて出会った自分と同じ男相手に、春をひさぐだなんてねえ、実に不憫でならないよ。これは何としても、ことの詳細を突き詰めなければならないねえ」

「どうぞご自由に、何でも突っ込んじゃってください」

「ところで、遊さん。長々と話したけれどねえ、この話を踏まえてだよ、女の子に囲われた女の子、あるいは、女の子にお金で春を売る女の子、これらは、どのように表現したらいいんだろうねえ」


 そこで高子は、一人でいやらしく笑うのでした


「いやあ、こんなこと聞いちゃったら、遊さんどんな顔をするのかなあ。遊さん、くるくる表情変えちゃうんだろうなあ。百面相みたいに。怒るかなあ、呆れるかなあ、楽しみだなあ。この高子さん、今の今まで、男と男にしか興味なかったけど、女の子と女の子も悪くないわねえ。宗旨替えしちゃおうかしら。でも、遊さんを愛人にするとか、遊さんをお金で買うとかなんて、そんな、遊さんに失礼なことできないしなあ」


 高子の一人妄想は止まりそうもありません。


「”公娼”と”公妾”という言葉もあるのよね。両方”こうしょう”という読みの。おおやけに認められている娼婦とおおやけに認められた愛人。この二つも、基本女のことなのよねえ。じゃあ、おおやけに認められている男娼とか、おおやけに認められている男妾とか、どう言えばいいのか、遊さんに聞いてみちゃったりなんかして。そのうえで、おおやけに認められている、女の子に商売で売春する女の子とか、おおやけに認められている、女の子に囲われて、愛人になった女の子とかの場合はどうすればいいのか、なんて、わたくしったら、わたくしったら、遊さんに聞いちゃうんだわ」


 一方そのころ、遊の様子はというと、自宅の自分の部屋で、落語を聞いているようです。母親の私物であるはずのCDで。


「ふう、”権助提灯”かあ。江戸時代の頃は、お妾さんというのも普通だったみたいね。”男妾”というのもあったみたいだし。高子さんが知ったら、どうなっちゃうんだろう。どうせ、『男女間か、男同士か、それが問題だ』なんて言うんだろうなあ」


 遊は高子のことはすっかりお見通しのようです。




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