英子、高子を語る 其の2
二人で下校する遊と英子でしたが、英子は憤まんやるかたない、と言う面持ちです。
「それにしても、あの高子ったら。ねえ、遊ちゃん。二人の間に何があったのよ。後で教えてくれるって言ったじゃない」
「落ち着いてくださいよ、英ちゃん。それにしても、英ちゃんって、高子さんのこととなると、まるで別人だね。あたしが、落語の説明頼んだ時だと、自分からは進んでと言う感じじゃあなかったのに、高子さんとは、丁々発止なんだもん」
「そうよ、ほんと、高子のやつったら、気にくわないったらありはしないんだから」
「へえ、どうしたまた、理由でもあるんですか、教えてくださいよ」
「だって、遊ちゃん。高子はね、いっつも自分が話題の中心にいるのよ。みんなが高子と話したがるの。誰だって、高子と居たいのよ。『ねえねえ、高子さん、聞いてちょうだい。こうこうこういうことがあったのよ』って、大勢が高子といるときに、誰かが高子に話しかけたとするでしょう。そしたらね、高子はこう答えるのよ。『そうなのかい、それは凄いね』なんてね。そしたら、一同が大笑いするのよ。高子が全部持って行っちゃうの」
「そうなんですか」
「そもそも、話しかけたほうがたくさん話しているのよ。それでも、高子が一言言っちゃうと、全部高子の見せ場だったみたいになるのよ。だけど、話しかけたほうが悔しがるとか、そんなことは、けしてないのよ。見せ場泥棒だなんて、全然思ったりしないの。むしろ、高子に聞いてもらえて、光栄だ、なんて思っちゃうのよ。もちろん、周りのみんなは、高子の一言を心待ちにしているのよ。高子さん、今度はどう締めてくれるのかしら、と言った具合よ。あのスター性、気に入らない。実に気に入らないわ」
「へええ」
「でね、極め付けがね、遊ちゃん。高子がね、あのいつでも、たっくさんの人の目を捉えて離さない高子がね、事もあろうに、落語に手を出したのよ。わたしが、ちっとも人を笑わせられないこのわたしが、一人密かに楽しんでいた落語を、高子がやり始めたの。高子が、わたしがなりたくてなりたくて、たまらないものに、すでになっている高子が、落語までわたしから取り上げて行くのよ」
「ふうん」
「その落語がね、また筆舌に尽くしがたいの。あれは『時そば』だったわ、忘れるものですか。えっとね、技術的にはまるで大したことなかったの。下手くそもいいところだったの。でも面白いの。聞いているみんなが、心の底から楽しんでいるのよ。そりゃあ、下手な落語家が、下手な落語をやって、それを見ている人間があざけり笑うとか、からかいの種にすることはあるけれどもね、そういう事じゃあないの。高子が高子の落語をやる。それで、客は大満足しちゃうのよ。それを、わたし、見ていたの。高子が、落語で、人を笑わせるところを。その時のわたしの気持ち、わかってくれるかしら、遊ちゃん」
「わかります、わかりますよ、英ちゃん」
「その上ね、高子ったら、そのあと、自分だけ一人で、さっさとその場を後にしたんだけどね、その時の高子の顔、少しも満足なんてしていない顔だったの。あれはね、自分の技術には、もっともっと磨けるところがあるなんてことを考えている顔だったわ。そうに決まっているんだから」
「なるほどお」
「いい、遊ちゃん。技術なんてものはね、わたしみたいな凡人が、そうしなきゃあ仕方がないから、身に付けるものなのよ。素のわたしなんて、誰も見たくない。だから、演技の技法を身につけて、何かを演じることで、人に見せられる芸とするのよ。世の中の大半はそんなものなのよ。でも、高子は違う、違うのよ。高子はね、そんな技術とか、演技とか、そんなものは超越しちゃってるのよ。それがスターというものなのよ。高子が高子であること、それで十分に魅力的なのよ。それなのに、高子は、みんなが欲しくてしょうがないものを持っている高子は、ちっとも満足していないのよ。自分はとっくの昔に、特別なものを持ってるっていうのに」
「それは英ちゃんが、不愉快になるのも至極当然と言えますねえ」
「そうよ、遊ちゃん。ところで、さっきから、どうしてそんなに嬉しそうな顔をしているのよ。わたしはね、高子への憎しみを口にしているのよ。それなのに、なんなのよ、そのにやにや顔は」
「ええっ、あたし、そんなににへらにへらしていましたかあ、英ちゃん。そんなことないですよお。英ちゃんの話を聞いていたらですねえ、あたしも高子さんのことが、許せなくなってきちゃいました」
「そう、遊ちゃん。わかってくれる」
「ええ、高子さんという人は、自分がとんでもないスターであるにも関わらず、そのありがたみをちっとも自覚していない、最低な人間だということがよくわかりました」
英子の褒め言葉とも悪口ともつかない、高子への評価を聞きながら、高子も、英子のことを似たように評していたなあと、内心は微笑ましく思う遊なのでした。




