御手洗高子 其の6
遊の質問に、高子はきょとんとして答えます。
「えっ、だから、男になった米村君を、わたくしも男になって組みしだこうという話ではないか、遊さん。わたくし、何か変なことでも言ったかい」
「まあ、世間的には、あまり一般的ではない発想というかですね……」
「なんだ、遊さんは、こっち側の人間じゃあないのか、残念だなあ。ああ、安心してくれよ。いくらわたくしでも、こういったことは、あまりおおっぴらにすべきではないとは承知しているさ。米村君を物理的にどうこうしようという気もない」
「一つの犯罪における、不幸な被害者と加害者が生まれなくて、何よりです」
「遊さん、わたくしだって、人並みの社会的規範というものは持ち合わせているつもりだよ」
「そうですか、高子さん。『男に興味がある男に興味があることは、女子として当然じゃあないか』なんて言われたらどうしようかと思っちゃいましたよ」
「いや、それは当然だと思うけどね、遊さん」
「えっ、だけど、今、人並みの社会的規範って言ったじゃあないですか」
「わたくしの言う社会的規範とはね、公の場所で、発言するべきでない内容だとはちゃあんと心得ていることさ。でも、人前で口にしないからと言って、心の中でそう思ってないとは言えないだろう」
「そりゃあそうですけど……」
「先程、遊さんはこういった概念を、一般的ではないと言っちゃってくれたがね、わたくしから言わせれば、遊さんのほうが、見当違いもいいところだよ。女性というものはだね、一皮むけば、男のことしか考えていない生き物なんだよ」
「高子さん、その言い方は誤解を招くというかなんというか……」
「ああそうだね、男と男のことしか考えていないと言い換えよう」
「それもそれで、どうかと思いますが」
「だけどね、遊さん。女性ならば、内心、誰もが抱いている気持ちをだね、つまびらかにできない、この世界自体がおかしいと、この高子さんは、常日頃から思っているんだよ」
「なんだか、壮大なことになってきちゃいましたね」
「だけどね、遊さん。わたくしは別に、世界が変わるべきなんてことを主張する気はないんだよ。でも、世界をこの高子さんが変える、というほど自信過剰でもないんだなあ」
「はあ、高子さんともあろうお人が、謙遜しちゃうじゃあないですか」
「遊さん、意地悪言わないでおくれよ。そこで、とりあえず、まず自分が変わることにしたのさ」
「そこだけなら、えらく立派なんですがねえ」
「で、小説なんだよ、遊さん。昔から、男色は小説の普遍的テーマとされてきたからね。創作となれば、猥褻物を、目を三角にして取り締まるような人間に、表現の自由を盾に対抗できるのさ。西洋の『ベニスに死す』とか、近代日本の、三島由紀夫とかも悪くはないんだけどねえ、どうも個人的に、ああいう、いかにも文学でございというのは好きになれないんだよねえ。高尚でございます、という気がしてさ。思うに、これはタブーを敢えて描く、という姿勢が影響しているんじゃあないかと、私見ながら思っちゃうんだけどね」
「ほお」
「その点、日本の江戸時代はいいねえ。あれほど、性風俗に関して寛容だった時代は、世界中を見渡しても、ちょっとないんじゃあないかな。当然、男色だって、日常茶飯事さ。となると、庶民が普通に楽しむものとして、創作に男色が描かれるんだなあ。いやあ、娯楽というものは本来こうあるべきだよね。一握りの知識階級しか楽しめないなんて、ナンセンスもいいところだよ。小説なんてね、文字通りのちっぽけなお話でいいんだよ」
「はあ」
「もうね、あの当時の春画がたまらないんだよ。ああ、男女の絡みのやつじゃあないからね。もちろん、女同士でもない。男同士がくんずほぐれつしてるやつね。いやあ、いい時代に生まれたものだよ。一昔前なら、国会図書館奥深くに、鎮座ましまして、しかるべき繁雑な手続きをしなければ、拝見出来なかったようなものが、いまや、スマホをちょちょいとすれば見れちゃうんだからね」
「高子さん、そのちょちょいは人前では控えたほうがいいですよ。それで、できれば、その話はそろそろおしまいにしていただけると、ありがたいんですが……」
「ええっ、まだまだ全然物足りないのに。でもしょうがないか、それになんだか疲れちゃった。おっと、もう六時間目になっているじゃあないか、遊さん、一緒に保健室で一眠りするとしよう」
「六時間目もサボりかあ。高子さん、ちゃんと裏で手を回してくださいね」
「大丈夫、大丈夫。この学園は結構緩いから、少しくらいのサボりなんて、なんてことないわよ」
「もう、お願いしますよ」
遊と高子はこうして、保健室に向かうのでした。それを物陰から見ていた人間が一人います。
「まさか、遊さんが高子さんまで落とすとはねえ、わからないものだわ。食後の運動は生徒の体によろしくない、ということで、五時間目の柔道は無しにしてもらって、屋上での昼寝に当てていた事がこんな形で役に立つとはね。それにしても、高子さん、この屋上に、他にも人間がいるなんてちっとも気づかないんだから。いやいや、これからどうなっちゃうのかしらねえ」
その人間の正体は、怜先生その人なのでした。




