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御手洗高子 その3

しどろもどろになる遊でしたが、それを見て、高子は悪戯っぽく笑いかけます。


「へっへっへ、疑問文を疑問文で返しちゃったね。でも、遊さんの質問にはちゃあんと答えるから心配しなさんな。で、遊さんと米村君が仲良しになるきっかけって、ひょっとして、落語かな」

「やだ、なんで知ってるんですか、高子さん。あっ、いや、そうじゃあなくて……」

「心配しなさんな、遊さん。少なくとも、遊さんは、米村君の落語のことをあまりおおやけにはして欲しくないみたいだし、ここは君の気持ちを尊重しようじゃあないか」

「はあ、それはどうも……」

「それで、遊さん。落語がどう二人を結びつけたんだい。高子さん、遊さんと米村君のな・れ・そ・め、が聞きたいなあ」

「嫌な言い方しないでくださいよ、高子さん。まあいいですけど、それはですね、まず、あたしが英子さんに『時そば』を聞かせてもらったんですけどね……」

「『時そば』だって! 米村君が、『時そば』をするのを遊さんは聞いたのかい!」

「え、ええ。聞かせてもらいましたけど……」

「それって、古典の方? それとも米村君が作った方?」

「そ、それは英子さんがアレンジした方ですけども……」

「米村君めえ、この高子さんがあれだけ頼んでも聞かせてくれなかったというのに、一体全体どういう風の吹き回しであったばかりの編入生に、しかも創作をやっちゃうなんて」

「あ、あの、高子さん」

「で、聞いたんだろう、遊さん。米村君の『時そば』を。どうだった。ねえ、どうだった」

「はい、それはもう、なんというか、あんなの初めてというか、確かに古典落語の『時そば』を下敷きにはしているんですが、上手いこと、アメリカンジョークの要素が加えてあって、たいへんよくできているあ、と思いまして……」

「うん、話の筋も出来がいいんだよね。で、米村君の技量の方はどうだった、落語の腕前、ほら、遊さん」

「そ、それは、非常に達者と言うかなんというか、今にしておもえば、あれだけ上手に落語がおできになるというのに、どうして、普段の会話じゃあ、ああも頼りない感じなのかと、思ってしまう次第でありまして、あたしと話すときはそうでもないと言った具合なんですけど、柄見先生、ほら、風紀顧問の先生ですけど、とだったら、どうもしどろもどろで、だからこそ、どうして高子さんとはあんなにも激しくやりあうのかとも不思議に感じることこの上なく……」

「そうなのよ! あの子ったらね、普段はあんなにあんな風なのにね、落語となるとそれはもうすごいのよ。いやはや、台本があるとないとじゃあ、まさに天と地なんだから。ああ、誤解しないでね、遊さん。別に、わたくしはね、台本がないと、何にもできないのね、なんて貶めているつもりじゃあないのよ。むしろあの演技の才能に嫉妬しているくらいなの」

「はあ」

「中学の時にね、わたくし、米村君が、なんだかコソコソしているから後をつけたことがあるのね。いっちょからかってやろうと思って。そしたら、あの子ったら、もうこんなところ他に誰もいやしないわよ、そこまで身を隠さなくてもいいじゃない、って言うぐらいのとこにまで体を忍ばせてね、やり始めたのよ。例の、あの子が作った『時そば』を」

「へえ」

「それはもう、なんと言ったらいいのか、頭をガツンと殴られた感じがしたと言うべきか……とにかく、衝撃的だったのね。今まさに、凄いことが行われているんだなって言う気持ちで。でもね、そう思う反面、この高子さんにもあのくらいできちゃうんじゃあないか、とも思っちゃったのよ。ほら、わたくし、この生まれ持ったスター性でしょう。小さい頃から周りにキャアキャア言われてたのね。というわけで、その、変に根拠のない自信を持っちゃったわけで……」

「さいですか」

「だけど、いくらなんでも、一回聞いただけじゃあ覚えられないから、とりあえず、“釣り銭”だとか“ごまかす”だとかで検索したのね。ああ、ちなみに、落語自体それで初めて知ったわ。で、どうやらあれは『時そば』のようなもの、ということまではわかったのね。じゃあまずは、その、大元の『時そば』をやってみるかってことで、いろいろ動画サイトで調べたりして、一通り見るくらいのことはしてね、わたくしのファンの前で、披露しちゃおうって気になっちゃったのよ。この高子さんには、ファンの十人や二十人くらいいるからね。それも、リハーサルもせずに、ぶっつけ本番で」

「いや、ぶっつけというのはいくら何でも……」

「そうなのよ、遊さん。『時そば』を調べた時に、前座話だっていう余計な知識まで仕入れちゃったのね。そんな前座のやるような話だなんて、お茶の子さいさいだなんて思っちゃったのよ。今にして思えば、あまちゃんもいいところだったんだけどさ。そしたら、もう、散々のものと言うかなんというか。つっかえるは、話を飛ばすは、それでもね、ファンの子たちは笑ってくてるのよ。『やだ、高子さんってば、でもそんな高子さんも素敵』みたいに。もう、いたたまれなくて、その場から逃げ出しちゃったのよ」

「ふうん」

「それまでわたくしったらね、演技とか、正直ばかにしてたのね。書いてある通りにするだけじゃあないって。それがとんでもない勘違いだということは、身をもって思い知らされたわけだけど。でもね、その演技が米村さんにはできちゃうのよ。しかも、台本まで自分で考えちゃうときてる。だって、米村さんの『時そば』は、どこをどう調べてもありはしないんだもの。“イート”の過去形の“エイト”と数字の八の“エイト”がどうたらこうたらっていうのは、アメリカンジョークのウィキペディアで見つけたけどさ、それをああいう風にひねったものはなかったの。なんであれだけなものができるのに、誰にも見せようとしないのよ。もし、このわたくしに、あの才能があったなら、どれだけそう思ったことか」

「あの、高子さん。英子さんのこと、好きなんですか、嫌いなんですか」

「嫌いに決まってるじゃあない、あんな子のこと。そもそもね、あの子の英語の出来具合からして、気に食わないのよ。遊さん、米村さんの『時そば』聞いたならわかるでしょう。あれは最後にそば屋の大将が、流暢に英語を話すということが肝だって」

「あ、ああ、そうですね。英語があまり得意でない人間が、懸命に英語でものを伝えようというのもそれはそれでいいですけれど、あの『時そば』の流れだったら、やっぱり最後に『そば屋の大将、英語ペラペラじゃん』ってなったほうが、面白いと思いますね」

「でしょう、遊さん。だったら、その大将が話す英語が、いかにも日本人が話すような、ジャパニーズイングリッシュだったらどっちらけになるでしょう。その点、どうだった、遊さん」

「は、はあ。確かにネィティブぽかったけど」

「そうなのよ。米村君は綺麗な英語が話せるのよ。でも、オーラルコミュニケーションはあの体たらくときてる。それというもの、あの子は、あまり人と喋らないでしょう。で、他人との英会話の練習はおざなりにしてるとわたくしはにらんでるのよ。読み書きできればそれで十分、とでも思っているんじゃあないかしらね。やればできるのに。あんなにも達者に発音できるのに……」


高子が英子への思いの丈を言葉の限りに尽くしていると、またしてもお腹のなる音が響き渡りました。


ぐう!

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