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御手洗高子 其の2

教室に、とびきり大きい音が響き渡った後は、一転して沈黙が訪れました。周りでひそひそ声がする中、その沈黙を遊が破ります。


「す、すいません、皆さん。私ったら、編入したばかりで、緊張しちゃって、朝ごはんもろくに食べてこなかったんです。それで、つい、お腹の虫が、いやはや全く、申し訳ありません。あらあら、なんだか、貧血気味にもなってきちゃったみたい。保健室に行ったほうがいいかな、これは。ああ、大丈夫、大丈夫です。場所ならわかります。編入前に案内してもらったから。一人で問題なく行けます。それでは皆様方、良い昼休みを」

「いや、それは行けない」


遊が、自分だけで保健室に行こうとするのを遮ったのは、他ならぬ高子でした。


「ここ海応に編入したばかしの子を放っておくなんて、このわたくしにはできない。きみはこの御手洗高子が保健室へエスコートするよ」

「えっ、でも」


遊は戸惑いつつ、英子の顔色を探ります。英子は色々察したようで、遊にウインクを返します。それを知ってか知らずか、高子は遊を無理矢理にでも連れて行こうとします。


「さあ、遠慮なんかせずに、無理をしちゃあいけないよ」

「は、はあ」


そうして、遊と高子は連れ立って教室を出て行きました。しかし、高子が、申し訳なさそうに遊に頼みごとをします。


「その、できれば、保健室じゃなくて、二人きりになれるところがいいんだけど」

「二人きりになれるところですか」

「そうだ、屋上がいい。ここにはね、音楽とか美術とか用の、芸術棟校舎があるんだけどね、そこの屋上、昼休みはこの高子さん専用みたいになってるんだ。みんな遠慮しちゃってるのかな。でもちょうどいい。さあ、行こう」


そう言うが早いが、高子は遊の手を引っ張って行きます。優はもはやされるがままです。


「さあ、着いたよ。やっぱり、誰もいない。助かった。そういや名前を聞いていなかったね。わたくは……」

「御手洗高子さんでしょ。さっき聞きました。海応学園の生徒であるにも関わらず、存じ上げなくて申し訳ありませんでした。あたしは立林遊と申します」

「まぜっ返すねえ、遊さんとやら」

「まあ、そうですね。あたし、少々腹を立てていますから」

「ほう、どうしてなのかな」

「あたし、英子さんは、とっても素敵な友達だと思っているんです。その英子さんをあそこまで悪し様に言われちゃあ、不愉快になってしまうのも当然だとは思いませんかねえ、高子さん」

「やあ、米村君に友達がねえ。しかも編入したばかりの君がときたもんだ。だけど、そのわたくしのことを、憎たらしく思っている遊さんが、どういう風の吹き回しで、この高子さんのことをかばってくれたのかな。ああ、念のため言っておくけど、さっきのお腹の音の主は、何を隠そうこのわたくしだよ。遊さんが自分のせいにしてくれて、火の粉をかぶってくれたことには素直に礼を言おうじゃあないか」

「大した理由なんてありませんよ。あのままだったら、英子さんは、あのお腹の音をさぞやはやし立てるでしょう。そうなると、高子さんも売り言葉に買い言葉、ということになるんじゃあないですか。そうすれば下手したら、二人の取っ組み合いですからね。そうなるのはまずい、と考えた次第ですよ、高子さん」

「ふうん、なるほどねえ。遊さんってば、なかなかに先を見通す眼を持っているみたいだねえ。うん、確かに、あのままだとそうなる公算が高かっただろうね。米村君もおそらくそれを恐れて、わたくしに遊さんを任せたのかもしれないねえ。それとも、遊さんがまさか、この高子さんをかばいだてするとは思わなくて、びっくりしただけかな」

「どうでしょうねえ、高子さん。最初のうちは、悪友同士の軽口の叩き合いかとも思ってんですけどねえ」

「悪友ときたかい、こりゃあいいや。そう見えたかい、遊さん」

「少なくとも、英子さんは本気で高子さんを嫌がっているようでしたよ」

「そうだね、確かに、米村君は、わたくしを心のそこからうとましく思っているだろうね」

「米村君、とは。まるで高子さんはそうじゃあないような口ぶりですね」

「そう聞こえたかい、遊さん。しかしまた、どうしてこうまで話に付き合ってくれるんだい。遊さんはこの高子さんを憎たらしく思っているんだろう。だったら、わたくしは遊さんにこの保健室を追い出されても文句は言えないと思うんだけどねえ。遊さんはこの高子さんの弱みを握っていることだし」

「弱みだなんて、今更あのお腹の音が、誰のものかだなんてはっきりしやしませんよ。むしろ、あたしが自分のせいってことにしたんだから、高子さんは、自分がそんなことするはずない、と突っぱねることだってできるんじゃないですか」

「その通りといえば、その通りだけどね、遊さん」

「それに、高子さんってこの海応学園のマドンナ、と言うよりはスター、と言ったほうがいいのかしら。まあ、言い方はともかくとして、そんな人が、わざわざ保健室に連れて行った編入生に、すぐさま、その保健室を叩き出された、なんてことになったら、いい噂の種じゃあないですか。そんなの、あたし、まっぴらです。あたしは、変な注目は浴びたくはないですから」

「ふうん、そりゃあ、そうなったら困っちゃうねえ。遊さんもだけど、わたくしも注目されるのはともかく、陰口を叩かれるのは好きじゃあないからね」

「まあ、それに、これが一番の理由なんですが……」

「ほう、それは是が非でも聞きたいなあ」

「そうですねえ、あたしは、英子さんとはまだ会ったばかりですけれど、英子さんって、人と話すときはあまり自分を出さないような印象がするんです。少なくとも、『私を見てちょうだい、皆々様』と言うタイプではない感じがしますね。そんな英子さんが、あそこまで敵意をむき出しにする高子さんという人間に、興味が湧いたんですね」

「この高子さんに興味を持ってくれましたか、遊さん」

「とりあえず、英子さんとは正反対のキャラクターであるような雰囲気ですかね」

「そうかい、どんな点が?」

「英子さんは、それほど人の目を引くとは思えませんけど、高子さんは、いるだけで周囲の注目を集めちゃうような人間ですね。高子さん自身も、自ら望んでそう言う風に振舞っている感じがします」

「鋭いねえ、遊さん。実際、この高子さんは、御手洗高子を話題の中心にしたくてしたくてたまらないわ。よくわかっているじゃあない。それだけ理解していると言うのに、これ以上何か知りたいのかしら」

「はあ、高子さん自身のことはともかくとして、あたしが気になるのは、英子さんと高子さんが、あそこまで仲違いをする理由ですね。ただタイプが、真逆だからと行って、お互いにあそこまで罵り合うのは、少し普通じゃあないと言うか、なんと言うか」

「そう言うことかい、遊さん。まっ、遊さんには世話になったことだし、話すくらいならいいかもね。でもあまり人には言いふらしてほしくないなあ」

「少なくとも、ただの英子さんの悪口だったら、他の人にぺちゃらくちゃら喋りたくはないですし、仮にそうじゃなくても、編入したばかりのあたしが、学園のスターのことをなんだかんだと言ったら、ここでの評判ガタ落ちですよ。というわけで、高子さんの立場が悪くなるようなことにはならないとは思いますよ」

「いいねえ、そこまで言うなら信用しちゃおう、遊さん。でもね、遊さんはわたくしに興味を持ってくれたようだけれどね、この高子さんも、君に興味を持っているんだよ」

「えっ、高子さんがあたしにですか」

「そう、というより、遊さんと米村君の関係にかな。遊さんは米村君のことを素敵な友達と言うし、米村君も君のことを随分な気に入りようだ。出会ったばかりの二人が、そこまで親密になっちゃうだなんて、何があったのか気になるのも、至極当たり前と言えるんじゃあないのかい」

「ええと、それは、その」


質問に質問で返されて、遊は口をもごもごするばかりです。


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