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武道場にて 其の7

英子は嬉しくて嬉しくてしょうがないという風に遊に説明し出します。今まで、他人に自分の笑いが通じるか見当がつかなかったというのに、感性がぴったり合う相手に巡り会えたのです。それも当然というものでしょう。


「それでね、遊ちゃん。アメリカンジョークにこういうのがあるのよ。ある刑務所に新しい囚人が入れられました。その囚人は他の囚人達が、何やら集まってゲラゲラ笑いあっているところを目にします。新入りが耳を澄まします。『フォー』、周りが大笑いします。『ナイン』、再度笑いが起きます。新入りが近くにいた別の囚人にに尋ねます。『何ですか、あれは』、その尋ねられた囚人は答えます。『ああ、刑務所内では、同じジョークを何度も言い合うんだ。それでいちいち、最初から最後まで同じ内容を言うのも面倒くさいということで、ジョークに番号を割り振って、その番号をジョークってことにしちまったのさ。あんたもやってみるかい。新入りは早速試してみます。『シックスティーン』、新入りを除いた一同は、輪をかけて大きく笑い転げます。『そんなに面白いジョークなんですか』新入りは尋ねます。尋ねられた囚人が答えます。『そいつは新作だからな』」

「なるほど、英ちゃん。それが元ネタなのね。だとしても、その、どう解釈すべきか、と言われると、はっきりとは答えられないというか……」

「そう、そうなのよ、遊ちゃん。実際に、二通りに解釈されるのよ。新しい番号を言われただけで笑い転げるだなんて、刑務種というところはよっぽど退屈なんだなあ、というものと、新入りがからかわれたんだな、番号を言われただけで、笑うなんてあるものか、というものね」

「だけど、英ちゃん。その元ネタの場合は、両方に取れるようになっているとは思うけれど、英ちゃんの落語は、片一方に誘導してるようなフシがあると感じたんだけれど」

「そう、そうなのよ、遊ちゃん。わかってくれるかしら」

「ええ、英ちゃん。その、師匠のやる予定だって言った演目を、車屋さんが一から十までやっちゃうじゃない。最初の『まんじゅう怖い』は、いかにも素人の聞きかじりといった具合で、師匠も適当に聞き流している感じがしたの。でも二回目の『出来心』は結構うまいというか、サゲが二つあるなんて知っているのだから、この車屋さん、結構わかってるんじゃあないの、と思っちゃって。そしたら最後の『死神 」でしょう。何だか、ただ話の筋道をなぞっているだけじゃあなくて、芸のあり方まで話し出しちゃって、そしたら、師匠もやけに感心するというか、恐れ入っちゃったりしちゃうじゃあない。となると、英ちゃんの話の仕方からすると、師匠の方を滑稽だと思うような流れじゃないかな、って気がするんだけど」

「ううん、いいわ、いいわよ、遊ちゃん。元ネタの場合は、登場人物がみんな囚人じゃない。だから、どちらを笑っても同じだと思うけど、わたしのやつは、人力車引きと落語のお師匠さんじゃあない。だから、初めは、間抜けな車屋さんと、もののわかったお師匠さんという構図だったのが、最後のオチで、師匠を笑っちゃうふうにしたほうがいいと思ったの。もちろん、最初から最後までおまぬけな登場人物というのもそれはそれで魅力的だと思うんだけど……」

「そうね、英ちゃん、私も英ちゃんの筋立ての方がいいと思うなあ。というより、やっぱり、英ちゃんってお話作りがうまいんだと思うわ。そりゃあ、元ネタがあるといえばあるけれど、そこからあそこまで話を広げられるんだもの。そもそも、古典落語だったら、直接、師匠の『死神』を聞いたことがなくても、『死神』の筋立てとか、サゲが何パターンもあるとか知っているということは十分にあり得るわけじゃあない。だとすると、車屋さんも何も悪意で師匠をからかったのじゃあなくて、ただ純粋に、師匠がどういう風に『死神』を落とすか聞きたかっただけかもしれないわね。結局師匠の独りよがりだったりしてね」

「ううん、そうきたかあ、遊ちゃん」

「あれっ、あたし、変なこと言いましたか」

「いえね、わたしがこの落語を作った当初はね、ドッキリ番組の形式を考えていたのね。ほら、よくあるじゃあない。草野球によぼよぼのおじいちゃんが参加したら、すっごいプレイを連発して、実はそのおじいちゃんは変装した大リーガーだった、みたいなやつ。それで、車屋さんが本当は師匠のそのまた師匠で最後に、『お前もずいぶん偉くなったものだなあ。ついこのあいだまで、わしのいうこともろくに聞かない、ほんのひよっこだったのに』というサゲで締めようかと」

「はあ、でも、英ちゃん。それだったら、かなりの演技力が必要になるんじゃないかなあ。それに、ドッキリだったら、特殊メイクしてるんでしょう。あれっ、英ちゃん、時代設定いつにしてるの。まあ、今の世の中でも人力車ぐらいあるけれど、流石に、普段の移動で人力車というのは。だけど昔の話にしちゃうと、特殊メイクなんて出せやしないし。ああ、でも変装くらいなら問題ないのかも……」

「うん、遊ちゃん。わたしもね、そのドッキリの流れで何回か、リハーサルやってみたのね。だけどどうにも上手くできなくてね。やっぱり、わたしみたいな未熟者には高度過ぎたみたいだわ」

「そんな、英ちゃん。そんなこと言わないで。あたし、英ちゃんの落語、とっても好きだから。ごめんね、私がへんてこりんな受け止め方しちゃったから」

「えっ、そんな、全然構わないのよ。お客さんが、作り手の想定とは、違った解釈をするなんてよくある話だし。そんなの創作物には当然の話よ。それに、わたし、遊ちゃんの、その車屋さんが、純粋に師匠の『死神』を聞きたかっただけっていう発想、とってもいいと思うわ。人に芸をするって、こんなことにもなっちゃうのね」

「あ、ありがとう、英ちゃん。じゃあその、これからも、もっともっと英ちゃんの落語、聞かせてくれていいかな」

「い、いいの、遊ちゃん。わたしに付き合ってくれるの」

「う、うん。英ちゃんさえ良ければ」

「じゃあ、これからもよろしくお願いします、遊ちゃん」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします、英ちゃん」


そうして、遊と英子の二人は、お互いにはにかんだ表情で見つめ合うのでした。

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