武道場にて 其の5-英子の落語 其の2-
前回の英子が行っている落語の続きとなります。今回は古典落語の『出来心』のネタバレを含みますのでご了承ください。
「やれやれ、それにしても先週は妙な車屋さんに会っちまったねえ。どうもまた、今日も変なことになりそうな気がするよ」
「あ、おーい、おーい、師匠、師匠じゃあありませんか」
「あちゃあ、案の定だ。今週もまた、あの車屋さんだよ」
「師匠、やっぱり、師匠だ。いやあ、うれしいなあ。おいら、どうもこの前みたいに、今日も師匠に会える気がしたんだよ」
「ああ、あたしもそんな気がしていたよ」
「えっ、本当かい、師匠。師匠もそんなふうに思ってくれていたんですかい。それはそれはおいらたち気が合うねえ」
「本当にその通りだねえ」
「じゃ、師匠。早いところ乗ってくんな。今日も、行くんだろう、集会所にさあ」
「いや、そうだけれどね、車屋さん」
「ほら、遠慮なんかしないで。ささ、師匠、ちゃっちゃとしておくれよ」
「はいはい、わかったから。そんなにせかさないでおくれよ、車屋さん」
「それじゃあ、師匠、乗ったかい。じゃあ行くよ」
「まったく、なんでこうなっちまうんだろうねえ」
「で、師匠。今日は何をやるんですか」
「何って、何のことだい」
「いやだなあ、師匠。やると言ったら落語のことに決まっているじゃあないですか」
「そうかい、落語のことかい」
「そうですよ、今日の演目、ちょいと教えてくれませんかねえ。今日も師匠の落語、聞きに行けそうにないんだよ。あっ、いや、高座にいけないことは謝るよ、師匠。ほら、この通り。だけどさ、今までずっと毎週聞いてきた、師匠の落語が聞けなくなっちまったんだもん。後生だからさ、教えてくれねえかなあ。ここだけの話にするからさ」
「ま、いいけどね。どうせ、すぐに集会所でやっちまう話だし。ええとね、、今日は、『出来心』をやろうと思っちゃいるんだがね……」
「『出来心』かい、師匠。うん、いいねえ。おいら、師匠の『出来心』、好きだなあ」
「また始まるのかねえ」
「まず、泥棒が盗みに入る。見つかったら、『出来心でした』と謝っちまえば、何とかなると思っている。けど、その家には何もないときてる。そのうえ、家の人間が戻ってくる。泥棒は姿をひそめる。家主は、荒らされた部屋を見て最初は驚くが、すぐに出て行っちまう。泥棒が不思議がっていると、家主が大家を連れて戻ってくる。そしたら、家主が大家に、『泥棒が家のものを洗いざらい盗んでいっちまったから、家賃が払えなくなっちまった』なんて言いやがるんだからねえ。盗人猛々しいとはまさにこのことだよ。どっちが泥棒だかわかりゃあしないねえ」
「そうですかい」
「そうしたら、大家は、『何が盗まれた』と、当然聞くよねえ。家主は大弱りだよ。実際のところは何にも盗まれちゃあいねえんだから、当然だよなあ。それでどうするかというと、家主が大家に、『大家さんの家に何か盗まれそうなものはありますか』だもんなあ。大家にそんなこと聞いてどうするんだよって話だよねえ、師匠」
「そうだねえ」
「それで、大家が『布団だよ』って答えたら、家主は『どんな布団だ』という具合に聞きやがるんだ。大家も大家だよねえ。『上等な奴だよ、裏が花色木綿でできたやつ』なんて答えちまうんだもんねえ。そうしたら、家主は、『じゃあ、あっしの布団もその、花色木綿でできたやつ』ときたもんだ。いやあ、しょうがないったらありゃあしないよ」
「へえ」
「でも、大家も人がいいねえ。『他に盗まれたものはないのかい。傘とか、羽織とか、タンスとか』なあんて聞いちゃうんだ、これが。それで、家主が『そう、全部盗まれた。全部花色木綿の上等なやつだった』だからねえ。花色木綿のタンスってどういうことなんだよ、まったくもう。ですよね、師匠」
「ああ」
「そこまで濡れ衣を着させられたら、泥棒さんも黙ってはいられないよねえ。怒って姿を見せちまうよ。『さっきから聞いてたらなんだい。俺が布団を盗んだだの、タンスを盗んだだの、そりゃあ俺はこの家に盗みに入ったがよ、この家には何もありはしなかったよ。俺は何も盗んじゃあいない。それなのにてめえというやつは』なんてね、でも、それで、泥棒に入ったことがばれちゃうんだよねえ。大家が泥棒に質問するよ。『なんで泥棒なんてしたんだ』ってね。そしたら、泥棒は『出来心で』と答える。今度は、泥棒が家主にきくんだ。『嘘をついた理由はなんだ』って。そしたら、家主も『出来心で』だもんなあ」
「最後までありがとうよ、車屋さん」
「それで、師匠。これってサゲが二種類あるんだよね。おいら、もう一つのほうも聞いたことあるんだけどね、やっぱりおいらは、師匠のサゲのほうが好きだなあ」
「別に、あたしが作ったわけじゃあないけどね」
「いえね、どっちがいいか悪いかっていうことじゃあないんだよ。ただ好みの問題でね。やっぱり、おいらと師匠は馬が合うのかねえ」
「どうだろうねえ、車屋さん」
「それはそうと、師匠。やっぱり、師匠の落語はほれぼれしちゃうねえ。はい、お代」
「うん、なんだか今日も悪いねえ。あたしは何にもしちゃあいないのに」
「だから、とんでもないって。全部師匠の落語あればこそなんだからさ」
「でもねえ、どうも釈然としないよ。ああ、集会所に着いたみたいだね。それじゃあ、車屋さん、お車代のほうなんだけど……」
「おう、いらねえ、いらねえ。じゃあ、師匠。今日もよろしく頼むよ、落語。それじゃ、車から降りてくんな」
「わかったよ、車屋さん。よっこらしょっと」
「それでは、師匠、また来週」
「来週もこうなるのかねえ」




