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入学式後、教室にて 其の1

遊と英子が出会った日の翌日、海応学園の入学式が行われました。その後、生徒は各クラスの教室に戻って担任の先生のちょっとした話を聞いて、解散となるのですが、英子は、新しい担任の中年教師の言葉などまるで耳に入らない様子で、一人悶々としております。


「それにしても、なんてついているのかしら。わたし、いったい前世でどれだけの徳を積んだと言うの? 遊さんと同じクラスになれるだなんて。入学式の前に、掲示板に張り出されていたクラス分けの生徒の名前一覧を見るとき、どれほど心細かったことか。だけど、だからこそ、“英子”と“遊”が同じクラスにあるのを見つけた時の感激たるや。ひょっとしたら、この世の中は実はフィクションで、わたしが主役なんじゃないのかしら」


英子が一人気持ち悪い表情をしているのを、周囲はうす気味悪く思っています。しかし、英子はまるでそんなこと意に介しません。相も変わらずにたりにたりしながら、一人でもの思いにふけっています。


「いっそのこと、遊さんをこのあと誘っちゃおうかしら。入学式の時は、ばたばたしてて、遊さんに話しかけられなかったのよね。だから、放課後、わたしの落語を聞いてもらっちゃおうかしら。昨日の遊さん、わたしの『時そば』をすっごく面白がってくれたし。だ、だけど、二日連続なんて、少ししつこし過ぎやしないかしら。それに、遊さんったら、あんなに可愛い編入生なんですもの。あれだけ素敵な子が新しく編入してきたら、みんなの目を引いて仕方がないに決まっているわ。だったら、遊さんの周りに人が集まって、人が集まってしかたがなくなっちゃうこと請け合いよね。そんなところでわたしなんかが誘っちゃったら、それこそどうなっちゃうんでしょう」


先ほどまで、これはひどいと言うほどに相好を崩していた英子でしたが、今度は一転して、この世の終わりといった表情をし始めます。


「もし、仮に、遊さんに、『英子さん、申し訳ないけど、他の人もいるし、あんまり話しかけないでくれますか。英子さんって、落語のこととなると、突然堰を切ったように話し出すから、正直言って気持ち悪いです』なんて言われちゃったら、わたし、生きてはいけないかもしれないわ。主人公は主人公でも悲劇のヒロインだなんてごめんこうむるわ。それでも、それでも、あれだけ愛らしい遊さんがそんなことを言うなんてありえないだろうし、でも、だけど……」

「あの、英子さん、大丈夫ですか?」

「なによ! 邪魔しないでよ! 人が必死の思いで考え込んでいると言うのに! って遊さんじゃない。 違う、違うのよ。別に遊さんが邪魔だとかそういうことじゃあなくて、そう、落語、落語よ。ついつい落語のことを考えすぎちゃって。あっ、でも落語のことばかり考えているわけじゃあなくて、だから、わたしは別に気持ち悪いわけじゃあなくて、それに昨日も遊さんと約束した通りにちゃんと五時間は眠ったし……」

「そうなんですか、英子さん。さすがですねえ。いついかなる時でも落語のことを考えちゃうんですね」

「えっ、そうだったら、遊さん、わたし何か問題あったりしちゃう?」

「問題なんてありませんよ。そりゃあ、昨日は英子さんにきついことも言っちゃったりしたけど、英子さん、しっかり睡眠時間は取ったんでしょう。五時間眠ったってさっき言ってたみたいだし」

「そう、そうなの。わたし、きっちり五時間眠ったわ。一分一秒の狂いもなく」

「いや、英子さん。五時間眠れと言うのは、少なくとも五時間と言う意味であって、ぴったり五時間と言うことじゃあないですよ。まあ、それは置いといてですね、ちゃんと休息を取るのであれば、起きているときにどうしていようが、あたしの干渉することじゃあないですよ。むしろ、落語に一心不乱になると言うことは良いことじゃあないんですか」

「そう思ってくれる、遊さん。気持ち悪く思ったりしない?」

「別に気持ち悪いだなんて、ただ、先生の話をまるで聞いていないようでしたし、ホームルームが終わっても座りっぱなしだったし、どうかしたのかなと思って」

「うそっ、ホームルーム終わったの? 全然気づかなかったわ」

「うそじゃあありませんよ。で、英子さん、この後の放課後なんですが……」

「うん、ひまひま。なんの予定もない。なさすぎてどうしようかと思っちゃってたの、遊さん」

「はあ、そうですか、それは助かります。それと言うものですね……」

「ええ、ええ、それと言うもの何かしら」

「昨日、学校から帰った後、柄見先生に電話したんですね。とりあえず、学校案内のお礼をと思って」

「へえ、怜先生に、電話、したんだ」


遊に放課後の予定を聞かれた時は最高潮だった英子のテンションは、遊が昨夜、怜先生と電話していた事実を知らされた途端に奈落の底へ急降下してしまいました。ちなみにその時、英子は翌日また会えるであろう遊のことばかり考えていたのですが、遊本人はそんなこと知るよしもありません。


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