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遊と英子の出会い 其の9

遊と英子は駅までの道すがら、とりとめもなく話をします。英子が、心の底から安堵したと言った具合で、遊に話しかけます。


「ああ、本当に、どうなることかと思ったわ。ねえ、遊さん。正直言って、怜先生は怒らせたくないからね」

「ええ、そうね、英子さん。実際、大事にならなくて良かったわ。柄見先生って風紀指導なんでしょう。そんな先生を敵にしたくはないですから」

「風紀指導だからと言えば、その通りなんだけど、遊さん。あれっ、聞いてないのかしら。怜先生って、うちの学校で柔道を担当しているのよ」

「そうなんですか。そう言えば学校案内に柔道が必修だって書いてありました。でも、柔道なんて言うと、どうもごつくていかつい人がやってそうなイメージがあるけど、柄見先生はそんな風じゃあありませんでしたような。どちらかと言うと、細身ですらっとした長身が印象的だったんですが」

「まあ、外見はともかくね、実力はかなりのものらしいわよ。ほら、うちの学校って女子校だから、警察の人が防犯講習とか不審者対策にくるのよね。その時にいかにも無差別級と言った感じで、縦にも横にも前後にも大きい人が、怜先生には米つきバッタみたいにぺこぺこしていたもの。生徒の間では、怜先生を怒らせたら、押さえ込み、関節技、絞め技、のフルコースが待ち構えていると評判なんだから、遊さんも気をつけるのよ」

「そのフルコースがどう言ったものかは、よくわからないし、想像したくもないけれど、柄見先生はくれぐれも怒らせてはいけない人間だと言うことはよくわかりました、英子さん。でも、道理で……」

「道理でって、何がなの、遊さん」

「英子さん、それはですね、柄見先生と校内にいたらね、英子さんの『時そば』が聞こえてきたんだけど、それが突然途絶えたものだから、柄見先生ってば、その場で走り出して、英子さんを助けに言ったのよ」

「あちゃあ、そんなことがあったの、遊さん。それじゃあ、ますます怜先生には頭が上がらなくなっちゃうじゃあない」

「あったんですよ。それであたしは、柄見先生の後をついて走って行ったんだけどね、もう全然追いつけないの。柄見先生ったら本当に走るの早かったのよ。でもその走り方がなんと言うか、オリンピックの短距離走みたいな感じじゃあなくてね、妙に体がぶれなくて、綺麗だったんですよ。直線もそうだけど、曲がり角とか、階段での動きがスムーズと言うか、一切の無駄がないと言う感じで」

「へえ」

「それにですね、英子さん。英子さんが倒れといるところを、柄見先生が運んで行ってくれたんですけどね、一人でですよ! 一人で英子さんを運んで行っちゃったんですよ。その時の英子さんを担ぎ上げたときの様子がですね、力任せと言う感じでは全然なかったんです。なにかこう、人体の構造をうまく使って、重心の位置を利用して、ひょいって持ち上げちゃう具合でした。今にして思えば、あれが武道の動きっていうものかもしれませんねえ」

「そうだったの、随分な手間をかけさせたみたいね」

「本当ですよ、柄見先生ってば、結構なおかんむりでしたよ」

「いいえ、違うわ。わたしが手間をかけさせたというのは、遊さん、あなたのことよ」

「えっ、あたしですか? でも、わたし、何にもしてませんよ、英子さん」

「だけど、倒れていたわたしのところに来てくれたんでしょう。わたしを助けようとした怜先生のことを、それだけ事細かにはなしてくれるということは、遊さんもその場にいたということに他ならないのじゃあないのかしら」

「確かにあたしはそこにいましたけど、だけど、一番に駆けつけたのも、英子さんを運んで行ったのも柄見先生だったし……」

「いいのよ、遊さん、それで。もし、あの場のいたのが怜先生一人だったら、わたしはいまだに学校でお説教されていたでしょうね。おおいに締め付けられて、小言をきめられていたと思うわ。けれども、遊さんがいたから、わたしはこうして、帰り道を楽しんでいられるというわけよ。海応学園に不慣れな編入生である遊さんがいたから、怜先生もあのくらいで済ましてくれたとわたしはにらんでいるわ。何より、あの保健室に遊さんがいてくれた、その一点において、わたしはあなたに礼を言わなければならないのよ」

「礼だなんて、そんな……」

「それに、わたしと遊さんの関係を怜先生に誤解させちゃったみたいだしね」

「もう、英子さんたらっ!」

「ごめんなさいね、遊さん」

「でも、英子さん、礼をしてくれるというなら、一つあたしと約束してほしいことがあります」

「何かしら、遊さん」

「あたしは英子さんにこれ以上無茶はして欲しくありません。睡眠時間を惜しんでまで、落語をやって、その結果、英子さんが倒れるのをもう見たくはありません」

「そこまで、遊さんに言われちゃあね」

「ちなみに、英子さん。昨晩は何時間寝たんですか。嘘は言わないでくださいよ」

「それはね、そのう……」

「はっきりしてください! 英子さん」

「はい! 三時間です」

「論外です。本当にもう、英子さん、“四当五落”って知っていますか?」

「えっと、四時間睡眠だったら合格、五時間睡眠だったら不合格っていう、昔の受験戦争時代の言葉だったっけ。じゃあ、四時間は眠れということかしら、遊さん」

「前半はその通りですけどね、英子さん。後半は違います。ついでに言うと、前半も、一般的な場合は正解ですけど、あたしとしては、英子さんにそう言う風に解釈して欲しくはありません」

「じゃあ、どう言う風に意味を取ればいいのかしら、遊さん」

「それはですね、“四時間眠るのが当然、五時間眠るのが落語のため”、と解釈してもらいたいんです」

「“五時間眠るのは落語のため”、かあ、悪くないわね、遊さん」

「いいですか、英子さん」

「はい、遊さん」

「それじゃあ指切りしましょう」

「ゆ、指切りですか、遊さん。今、ここで?」

「はい、今、ここで、です」

「で、でも、誰かに見られたら……」

「誰もいやしませんよ、英子さん。ぐずぐずしていたらそれこそ誰か来ちゃいますよ。それでもいいんですか?」

「わ、わかったわよ。遊さんったら結構強引なんだから……」

「はい、指切りげんまん」

「嘘ついたら」

「針千本のーます」

「指切った、これでいいでしょう、遊さん」

「よろしい、英子さん」

「それじゃあ、遊さん、どの電車に乗るの? ああ、そっち。わたしとは反対方向ね。じゃあ、また明日、学校でね」

「はい、英子さん、明日、学校で会いましょう」


こうして遊は英子と別々に帰宅するのでしたが、ふと思ってしまうのでした。


「英子さんと保健室のベッドであんなことになっちゃったけど、それにしても英子さんのおっぱい大きかったなあ……」

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