遊と英子の出会い 其の6
「ありがとうございました」
英子はベッドに正座したまま、遊に頭を下げます。すると遊は、拍手をしながら興奮した様子で英子を褒めたたえます。
「すごいですよ、英子さん。たいしたものですよ。パロディなんて言うから、時代設定変えただけとか、出てくるキャラクターの男女を入れ替えただけとか、ちょこっと元々の『時そば』をいじくっただけのものだと思ってたんですよ。それなのになんですか、あれ。十分オリジナリティーがあるじゃあないですか」
「オリジナリティって、遊さん。わかるでしょう。わたしがやったものは『時そば』ありきの話で……」
「そりゃあ、『時そば』な内容を知っていなきゃあ、わかりにくい話かもしれないけど、でも、英子さんの創作と言っていいだけの落語だったと思いますよ。だって、数字の八のエイトと、食べるのイートの過去形のエイトが掛かってたんですよね。あそこなんてもう……」
「ごめん、遊さん、少し恥ずかしいわ。その、落語の笑いどころを後になって解説されちゃうと、どうもねえ」
「そうなんですか、ごめんなさい、英子さん」
「うん、それにね、そのエイトうんぬんもわたしのオリジナルじゃなくてね……」
「どういうことですか、英子さん?」
「そのね、遊さん。エイトがどうのこうのというのはもともと有名なアメリカンジョークなのよ。まあ、釣り銭をごまかすっていうのは、洋の東西を問わず、ありがちな発想ってことね」
「そうだったんですか、英子さん。じゃあ、その大元のジョークはどういうものなんですか」
「ああ、それはいたってシンプルなものよ。ワン、ツー、と店員に数えさせて、セブンの次にアイエイトなんちゃらかんちゃらって自分で言って、ナイン、テンと繋げるというものよ。アメリカンジョークはシンプルであればシンプルであるほど良いという風潮があるのよ」
「店員さんに数えさせるんですか? 自分で数えるんじゃあなくて」
「ああ、それはね、日本の江戸時代には寺子屋があったじゃない。だからその辺で店番してる丁稚小僧だってそろばんくらい出来ちゃうのよ。だけど、一昔前のアメリカなんて、識字率? 何それおいしいの? というレベルだからね。店員の知的レベルなんてお察ししてちょうだいということよ。一応言っておくけど、だからと言って、日本が鎖国を続けるべきだったとか、尊王攘夷だとかいうわけじゃあないからね、遊さん」
「わかってますよ、そのくらい。いいから、続けてくださいよ、英子さん」
「だから、店でのお会計の時に、コインを何枚もいっぺんに出しちゃうと、かえって、店員さんが数えるのに手間がかかっちゃうというわけよ。それにちょろまかされちゃうということもあるらしいわ。結果、お客が一枚一枚店員に数えさせるということがアメリカでは普通になったみたいね」
「へえ、英子さんって、物知りですねえ。勉強になります」
「そ、そう。本当なの? 『知識ひけらかしやがって、このインテリゲンチャが』なんて思ってたりしない?」
「英子さんはあたしをいつの時代の人間だと思っているんですか。ですけど、それだったら、その元のジョークも結構短いものなんですよね。だったら、やっぱり、英子さんの独自性が含まれた落語になるんじゃあないですか」
「そう思ってくれるの、遊さん」
「ええ、そう思いますよ。ちゃきちゃきの江戸っ子らしきそば屋さんと、日本語がそこそこ上手でジャパン大好きなアメリカ人の兄ちゃんとの組み合わせっていうのも面白いし、最後にそば屋さんが流暢な英語で兄ちゃんにジョークで返すっていうのも素敵だったわ」
「だから、遊さん、さっきしたばっかりの落語をそうやって説明されちゃうと、どうにもこうにも面映ゆくって、勘弁してちょうだい」
「はあ、すいません。でも、すっごくよかったわ、英子さん」
「あ、ありがとう」
英子は、すっかり赤面してしまいます。そして立ち上がろうとしますが、長い間正座をしていたためにすっかり足がしびれてしまっていました。その結果、遊のところに倒れ込んでしまいました。




