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楽園の魔鍵  作者: 喜怒 哀楽/Yu1
魔眼と記憶
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魔眼と記憶:10話

 支配眼クロノスを発動させ、無事にシアラ神国の王城を抜け出したファウスト。


「ふぅ」


 此処は王城からも街からもだいぶ離れた場所。

 人気の無いこの場所に潜むと、古びたピエロの仮面を外して一息つく。

 この泥棒王ファウストの姿のまま表をを出歩けばすぐに追われてしまう。

 予めここに隠しておいた、仕事用の細長い袋に古びたピエロの仮面と四本の剣を丁寧に仕舞い込んでいく。

 こうして泥棒王ファウストの姿を解いている途中だった。


「……」


 しかし、これで依頼は完了ではない。

 盗み出したアダムの血をシルビアの元に無事送り届けねばならない。

 そして二日後にこの国にやってくるイヴの壁画の盗みも残っている。

 まだまだ何が起こるかわからない現状。

 狙いのモノを無事盗み出したとしても、ファウスとは決して油断などしない。

 だからこうして背後から近づくその存在に気づいても、ファウストは動じなかった。


「……仕事ぬすみにトラブルは付き物、でしたっけ? 今がそのトラブルなんでしょうかねぇ。……ンフフ、お久しぶりです」


 ファウスとの背後に近づいてきた人物は、しわくちゃな顔で笑みを浮かべている。

 背丈は高く、全身フォーマルなスーツを着こなす老紳士。

 白い手袋を両手に付けており、その両手で杖を持ち、地面についている。

 ジャズ・モートン

 怪しく光る支配眼クロノスでファウストを見つめていた。


「フォッフォッフォッ、せっかくの再会じゃと言うのに……わしをトラブル扱いとはのう悲しいのう」


 ようやくその姿をファウスとの前に現したジャズ。

 ファウストも同じく支配眼クロノスを怪しく光らせ、ジャズの姿を瞳に映す。

 何度もバッドエンドの前にその姿を現し、まるでファウスとに何かを気づかせようとしているジャズ。

 だがそんなジャズの意図は未だわからないままだった。


「で、こうして貴方が私の前に現れたって事は……どう解釈すれば良いんでしょうか」


 バッドエンドが崩鍵ほうけんへと変貌する事を警告してきたジャズ。

 こうしてアダムの血を盗むまでの間、一切の妨害をしてこなかったジャズに不信感を剥き出しにするファウスト。

 まさかこの場でアダムの血を奪うつもりなのか。

 細心の注意を払いながらジャズを支配眼クロノスで見つめる。


「やれやれ、わしは今まで君に何を教えてきた」


 ジャズの言葉はファウストも理解している。

 自分で考え、気づき、行動しろ。

 だがそれでも最近のジャズの言動の真意は見当もつかない。

 一体何が伝えたいのだ。


「フ、ンフフ、確かに貴方にも色々と教わってきましたけど……本当に欲しいモノは自分の力で盗みとれ、そう教えてくれた人も居ましたねぇ」


 一時期、腐っていた少年。

 そんな少年に、かつての泥棒王ファウストはその言葉を教えた。

 自分が本当に欲しいモノは、自分の力で盗め。

 その言葉にその頃の少年は救われ、今でもその言葉は確かに心に残っている。

 そしてその教えの通り、ジャズが自分に何を伝えたいのか無理矢理にでも吐かせようとファウストはしようとした。

 殺気を放ち、支配眼クロノスから赤黒い火花を散らせている。

 そんなファウストにジャズは呆れる。

 

「……落ち着けい馬鹿者。今は国中の兵達が君を探し、追っておる事を忘れるな。此処とて、わしらが本気で暴れとったらすぐに兵達がやって来るに決まっておるじゃろうが」


「……」


 そのジャズの言葉に、ファウストは仕方なく殺気と支配眼クロノスを鎮める。 


「……用が無いなら私はもう帰りますよ」


 ファウストはジャズに背を向ける。

 アダムの血をある場所まで届けねばならない。

 ジャズが何を目的に、何を意図して現れたのか、ファウストにはさっぱりわからない。

 だが、時刻はもうすぐ昼過ぎになろうとしている。

 アダム降臨祭が始まる夕方までに、少しでも身体を休めたい。

 ジャズに付き合ってられないとばかりに、足を進める。

 そんなファウストにジャズは告げる。


「……少し事情が変わってのう。……わしは今からバッドエンドを消す事になった」


 バッドエンドを消す。

 その言葉に、ファウストの支配眼クロノスが激しく火花のような赤黒い光を散らした。

 瞬時に、ジャズの襟を力強く掴み顔を、支配眼クロノスを近づけるファウスト。


「いい加減にしろよクソジジイ……ッ!!! テメェを消してやろうか……ッ!!!」


 何故、ジャズが崩鍵ほうけんになっていないバッドエンドを消そうとするのか理解できない。

 ファウストは震えるその手でジャズの襟を掴む。

 その手に、ジャズが自分の手を重ね、笑顔を見せる。


「フォッフォッ、半分は冗談じゃ。崩鍵ほうけんにさえ変化しなければわしは手は出さん。しかしじゃ……大きく出たもんじゃのう。……弁えんか」


 ジャズの支配眼クロノスが赤黒い火花のような光を散らした。

 すると形勢は瞬時に逆転され、ジャズの襟を掴み、詰め寄っていたファウストは地面にうつ伏せとなり、その背中をジャズが力強く踏み伏せていた。


「ぐッ、ハッ!!」


 ファウストの腰、身体の中央を、老人とは思えない凄まじい力で踏み押さえる。

 その場から動けない。

 そんなファウストをジャズは見下ろしながら言う。


「確かに君は単純な実力で言えば当時のファウストと引けをとらないまでに成長しおった。じゃがのう……」


 ジャズは足の力を更に強める。


「がはッ!!」


「バッドエンドを守るには、それだけでは足りない。力だけでは、な。ましてや、わし以下の支配眼クロノスなんぞ、たかが知れておる。君は……魔眼を、世界を相手に、わしを相手に本当にバッドエンドを守り抜けるのか?」


「くッ……が、ハァッ、ジ、ジ、イッ!!!」


 もがき苦しむファウスト。

 その無様な姿にジャズはゆっくりと足を離した。

 そして冷たく一言を放つ。


「答えろ」


 何とか、身体を震わせ立ち上がろうとするファウストにジャズは問う。


「もし、わしが……本当にこの支配眼クロノスを使い、この世界からバッドエンドを消せば君はどうする?」


 ファウストの支配眼クロノスは完全だが、まだその真価を発揮できていない。

 通常の時間が流れる世界の中、全てがコマ送りのスローモーションの世界に映しだし、その中で驚異的な逸脱した動きをしてみせる。ただそれだけなのだ。

 自在に時空を歪め、支配する。

 それが支配眼クロノスの真価。

 もしその真価が発揮できれば過去、現在、未来を支配する事が可能となる。

 しかし、その真価を発揮した支配眼クロノスは未だかつてジャズ含め、僅かしか存在しなかった。

 支配眼クロノスだけの話ではない。

 魔眼を持つ者全てが、完全な魔眼を持ち、その真価を発揮できるわけではない。

 不完全な神殺眼ヘラクレスを持つ、リア=ルービック。

 完全な支配眼クロノスを持っておりながら、真価を発揮できないファウスト。

 魔眼には個体差があるのだ。

 ジャズの支配眼クロノスによって、バッドエンドがもしこの世界から本当に消えれば、ファウストはどうするのか。

 その答えが知りたいジャズ。

 もしジャズの支配眼クロノスによって時空を歪め、この世界からバッドエンドが消されれば、ファウストには、ファウストの支配眼クロノスでは決してバッドエンドには辿りつけない。

 だが。

 それでもファウストはバッドエンドと約束したのだ。


「……世界だろうが……時空だろうが……常識だろうが、そんなもん全部捻じ曲げて、必ず、絶対に助けに行ってやらぁッ!!!」


 ファウストの叫び。

 ジャズは驚いた。

 それは、とてもファウストらしからぬ、自分が育ててきた少年の言葉とは思えなかった。

 あのファウストが、絶対と言った。

 そして息を荒げ、何とか立ち上がるファウストのその姿はとても格好悪いものだった。

 しかし、そんなファウストに、かつての親友の姿を被せてしまう。

 かつての泥棒王ファウストは、一度心に誓った事は必ず守り抜き、実行してきた。。

 今のファウストは、どれだけ格好悪くても、大切なモノを守り続け、守り抜いてきた親友に似ている。

 そんなファウストの姿に、答えに、ジャズは思わず口元を緩める。


「……そうか、そうか。……その言葉、忘れるな」


 ジャズがファウストに伝えたかった事、それは魔鍵まけんの契約者であり、魔鍵まけんバッドエンドを守り抜く為の覚悟。

 それでも今のファウストにはそんな事、どうでも良かった。

 ただ、バッドエンドと一緒に居たい。

 ただ、バッドエンドと共にこの先を歩み続けたい。

 それしか無かった。

 それに気づいたファウストは冷静さを取り戻す。


「……ったく、相変わらず、貴方は……回りくどい。そんな事、言われるまでもない」

 

「どうやら、わしらの大切な息子は、わしらの愛した女によって変えられた様じゃな。……ファウストとの約束はまだ果たせそうにないのう、困ったわい、フォッフォッフォッ」


「何を言ってるんです……」


 かつての泥棒王ファウストと交わした約束。

 もし納得のいく結果が得られなかった場合、それを果たすつもりだったジャズ。

 だが、ファウストの覚悟を聞いた事で、それを一旦諦めた。

 ジャズは一人納得したように、子供の成長を喜ぶ親のように嬉々としていた。


「やっぱり私、貴方の事が嫌いです」

 

 そんなジャズに納得のいかない様子のファウストが出来る限りの嫌悪感を込めて言った。

 しかし、ジャズは笑顔のままファウストの元を離れ、去っていく。


「いきなり現れて私達を引っ掻き回しておきながら、貴方は何なんです」


 ファウストの質問にジャズは歩みを止めず、答えもしない。

 ただ一言、愛する息子に言葉を送る。


「いつかまた会おう、アヴァロン」 


 一人その場に残されたファウスト。

 もうジャズに声は届かない、だから言った。


「元気そうで……良かったですよ、父さん」

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