魔眼と記憶:9話
シアラ神国の王城地下。
ファウストによって斬りつけられ、気を失っている兵達。
両手に二本の剣を握り締め、狂った笑顔のピエロの仮面越しでフィアナを見つめている。
こうして二度も騙され、縄で拘束されたフィアナが涙を浮かべファウストを睨みつけている。
「ンフフ、どうやら今回は納得がいかないようですねぇ」
そう、フィアナは納得がいかなかった。
ファウストが見せたあのアダムの血は本物だったはず。
もし偽物だったとしても何故このファウストが、知るはずも無いその形状をあそこまで完璧に仕上げる事ができたのか納得がいかない。
「……貴方ッ、どうやって始祖アダム神の血の正確な形状を……ッ!!」
その問いに、得意げにファウストが手品のネタばらしを始める。
「ンフフ、この偽物ですか?」
ファウストは再び、アダムの血のレプリカを手の平に乗せる。
それを改めてじっくりとフィアナに見せつける。
やはりフィアナから見てもそれは完璧な本物だった。
とても偽物とは思えないクオリティーだ。
これ程の物をどうやって造る事ができたというのだ。
「そうですねぇ……」
支配眼が赤黒い火花のような光を発する。
するとファウストのもう片方の手の平に、本物のアダムの血が現れた。
「ッ!!」
それを見たフィアナが、縄で拘束されているにも関わらずその身体を全力でファウスとにぶつけようとしてきた。
だが、ファウストはそんなフィアナをいとも簡単に足払いをし、その場に倒れこませる。
地面に横たわりながら。言葉で現せないこの怒りを、ただ睨む事でしか表現できない。
悔しさのあまり、静かに涙が溢れ出てくる。
「まぁまぁ、これで勘弁してくださいよ」
そんなフィアナの元に偽物のアダムの血を放り投げる。
自身の愚かさに身を焦がすフィアナの元に、安っぽい音を鳴らしながら偽者のアダムの血が目の前にくる。
涙が溢れるその目を見開き、もう一度よく観察する。
これ程の近距離でそれを確認するが、本物にしか見えない。
「ンフフ、貴方、キッスという考古学者をこの金庫の中に昨日入れたでしょう?」
キッス。
アダムの毛と呼ばれる始祖アダム神の遺物を献上してきた大変熱心な信者の顔を思い出す。
「……まさか」
怒り、驚くフィアナのそんな様子にファウスとは気分を良くしていき嬉々と説明を始める。
「もう、わかっていると思いますが、そうです。あのキッスは私の知り合いでしてねぇ。キース、そう呼ばれる詐欺師をご存知ですか?」
その人物の名前を聞いて、フィアナは顔をますます険しくする。
フィアナはキースと呼ばれる詐欺師に心当たりがある。
そして納得してしまった。
「……そういう事ですかッ!!」
キッスと名乗り、フィアナに接触していたキース。
フィアナをも驚かせるその始祖アダム神に対する知識、そして凄まじいその信者ぶりを見せつけたのだ。
だが、それも全ては演技。
その完璧な知識と演技にまんまと騙されたフィアナは、アダムの毛の存在を信じきっていた。
そして献上されたアダムの毛を金庫に保管しようとした時だった。
キースは、ぜひ親愛なる我が主、始祖アダム神の遺物を少しでも拝見したいと申し込んできたのだ。
少しの間だが始祖アダム神に関するその熱弁や、アダムの毛を献上してくれたという事で、フィアナはキースに敬意を払い、金庫の中へと招いていたのだ。
その時に現物のアダムの血を、事細かに観察していたのだ。
天才詐欺師と呼ばれるキースにとってそれを完璧に再現する事は朝飯前だった。
「いやぁ、流石は天才詐欺師と呼ばれるだけありますよ。こうして貴女を簡単に騙してみせたんですからねぇ」
ファウスとの言葉に、怒りを通り越し、ただ呆然となってしまうフィアナ。
まさに、本物と区別がつかないその偽物を造り、静寂王、フィアナ・シフォンを見事に、完璧に騙してみせたのだ。
裏の世界でもキース程の詐欺師は存在しないだろう。
この世の終わりとばかり、顔を青ざめるフィアナにファウストが追い討ちをかける。
ファウストはフィアナの元にしゃがみ込み、耳元に口をそっと近づけて告げる。
「ンフフ、そうだ。あのアダムの毛はそんなキースの陰毛だったらしいですよ」
「……な」
フィアナはその言葉に意識が遠のく。
キースは本物のアダムの毛だとフィアナも納得のいく証明をしてみせていたのだ。
そしてそれに騙され、その美しい手でも触れていたフィアナ。
あろう事か、それがただの、犯罪者の陰毛だったとファウストは言う。
そんな汚らわしい物を、心の底から信仰する始祖アダム神の遺物と一緒に今も保管されているという耐え難い事実に遂に意識を失ってしまうフィアナ。
「あれまぁ、……おやすみなさい、静寂王」
意識を失ってしまったフィアナに優しくそう告げるファウスト。
厳重な金庫を嘲笑うように。
本物のアダムの血は、こうして泥棒王ファウストと天才詐欺師キースによって盗まれた。
「……さて、急ぎましょうか」
アダム降臨祭を楽しみにバッドエンドが宿で待っている。
しかし、その前にある場所へと向かわねばならない。
アダムの血の盗みに成功したファウストは、このままではバッドエンドに会う事ができない。
ファウストがアダムの血を所持した状態でバッドエンドと接触してしまうと、魔鍵としての記憶が蘇って崩鍵と変貌してしまう恐れがあるからだ。
その事態を避ける為にも、早々とシルビアの元にアダムの血を送り手放す必要があった。
予め、昨日のうちにキースに頼んで手配していた運び屋がもうこの国に来ているハズだ。
ファウスは支配眼を発動させ、無駄な戦闘を省き、この王城を去っていく。




