魔眼と記憶:エピローグ
キースに頼み、手配していた運び屋。
それは闇の仲介屋であるシルビアの一番弟子であり、ファウストとシルビアの永遠のパシリであるリアだった。
ジャズとのやり取りの後、ファウストはリアとの待ち合わせの場所にて合流した。
「はぁ……勘弁してくださいよ兄貴、俺だってこう見えて忙しいんスよ!?」
表舞台に姿を現さないシルビアの変わりに、依頼者から依頼を受ける身のリア。
世界各地から依頼を受け取るリアは大忙しだった。
その中、こうしてファウストに呼び出されたたリアは不満気にそう言った。
「まぁまぁ、シルビアと私の犬を自称するならこれぐらい大した事じゃないでしょう。あ、豚でしたっけ」
「……百歩譲って犬ってのは聞かなかった事にするッス。だけど豚ってのは心外ッス!! あぁッ!!! もう!!! 嫌な記憶が蘇ってくるじゃないッスか!!!」
シルビアから受けた非道な、過酷な記憶が蘇り。茶髪のオールバックを両手で掻き毟る。
胡散臭いサングラスの奥で、微かに涙を浮かべている様だがファウストは一切同情しない。
「何だかんだで豚として生きる事に喜びを見出してたじゃないですか。そうだ、丁度良い。今後の参考までに後で豚の鳴き声での謝罪の仕方を教えてもらえませんか?」
「人を豚のプロフェッシャルみたいに言うの止めてくださいッス!! ……つか、今後の参考って……まさか兄貴も豚としての人生にどっぷり浸かるつもりッスか!? 豚として生きるという事はそれはもう過酷な事なんスよ……生半可な覚悟じゃ務まらないッスよ!? あんまナメてもらっちゃ困るッス!!」
シルビアによって、すっかり豚として調教済みのリアがファウストを非難した。
兄貴も、という豚としての自覚、プライドを有するリアの言葉はとても重いものを感じる。
「あー、はいはい、すみませんでしたね」
「何スか!? その投げやりな態度は!!」
とりあえず、今回盗み出したアダムの血をリアに渡す事にする。
いつまでもこうしてファウストが所持していてはバッドエンドに会う事ができない。
それにアダム降臨祭も、数時間後には始まってしまう。
早くバッドエンドの待つ宿で一息つきたいのだ。
「……私、昨日から仮眠すら取れてないんですよ。ほら、これを持って速やかに豚小屋に帰ってください」
「ホント、姉御と兄貴の俺に対する扱い酷くないッスか!? まぁ、それも愛情の一つだって勿論俺は気づいてるッスよ? ……だけどもう少し優しくしてくれても良いんじゃないッスか!? こうしてわざわざシアラまで来たんスから―――――」
「わーかりましたよ、適当に土産でも買ってからノイタールに戻りますからいい加減帰ってくださいよ」
アダムの血を無理矢理、リアに押し付け、疲れ果てたという様子で早々とこの場を立ち去ろうとするファウスト。
ジャズの出現で精神的にも疲労困憊する中、リアの相手をする気力は今のファウストには無い。
自分勝手な都合で呼ばれ、早くも邪魔者扱いされてしまったリアは。ファウストに怒り、そして講義をする。
「ど、どうせ俺をとっとと帰して、この後、バッドエンドとイチャイチャするつもりなんだろこの女タラシ!! 不潔!! エッチ!! 姉御もそう言ってたッスよ!! もっと俺ともイチャイチャしてくださいッスよ!!! ……ん? いや? それは違うッスね、って、アレ? 兄貴ッ!!? そんな、支配眼使ってまで逃げなくて良いじゃないですかああああああああああ」
喚くリアをその場に一人残し、支配眼を発動させ、バッドエンドの待つ宿に戻るファウスト。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時刻は夕方。
ファウストとバッドエンドがシアラ神国に訪れて二日が経つ。
そして今日から三日間の中で開催されるこの国の一大イベント。
アダム降臨祭が始まる。
リアにアダムの血を押しつけ、バッドエンドの待つ宿に戻ったファウスト。
心配そうな表情で出迎えてきたバッドエンドに、ファウストは安心させる為に優しく告げた。
「もう、何も心配する必要はないさ」
その言葉にバッドエンドは本当に安心し、ファウストが仮眠を始めようとすると、それを静かに見守った。
日々の睡眠不足、そして昨晩は遂に一睡も仮眠をとれなかった事、ジャズの言動に振り回され、疲れきっていたファウストはいつもより深い眠りに入ってしまった。
そう言っても、それは十分な睡眠とはとても言えたもではない。
しかし、ファウストにしてみればそれでも十分すぎるものだ。
恐らく、今日こうしてバッドエンドが側に居た事も関係あるのか。
だが、不思議といつもの嫌な夢は見なかった。
支配眼に意識が奪われた形跡もない。
仮眠から眼覚めたファウストは、すぐにある異変に気づき慌てた。
部屋に、バッドエンドの姿が居なかった。
ベッドから飛び上がり、バッドエンドを探そうと立ち上がったファウスト、だがそれと同時に一枚の置手紙が落ちた。
それを拾い上げ、読むとすぐに安堵した。
アヴァロンを驚かせたいから先に行ってるね!
そう書かれていた。
何をどう驚かせたいのかわからないが、ファウストはもう既に驚いていた。
バッドエンドがこの部屋から姿を消しているのに気づくと、言葉では言い表せない不安に襲われたのだ。
ファウストは考えた。
そして恐怖した。
こうして誰かを想う事は初めてなのだ。
千里眼を持つアイズによって、危うく魔眼の暴走が始まろうとした時。
それをバッドエンドに救われてから、特にその感情が強くなっていた。
もし、今まさにバッドエンドが自分の手から、この世界から消えてしまったら自分はどうなるのか。
そしてこの気持ちがいつか自分の命を危険に晒すものではないのか。
ファウストは恐怖し、悩んでいた。
「……私らしくない、いや……そもそも私とは何だ」
バッドエンドが指定した待ち合わせの場所、アダム降臨祭の開催場所である中央にある。噴水広場の前にて、自分という存在に疑問を抱くファウスト。
偽りの親友ジル、彼の存在がファウストの脳裏を過ぎる。
彼は自分を偽り続けていた、それはファウストも同じ事だった。
名前も、言葉も借物で偽物。
思考すら、もそうなのかもしれない。
本当の、偽りのない自分とは何なのか。
色々と自分自身の事で頭を悩ませていると、とても聞き覚えのある声がする。
「ア~ヴァ~ロンッ!!」
バッドエンドの声だ。
ファウストを驚かせる為に先に来ていたバッドエンドがようやく現れた。
声のする方向へと振り返るファウスト。
すると、本当に、驚かされた。
「バッド、エンド……」
ファウストの思考を一瞬で吹き飛ばすその姿。
何故、何故なのか。
その疑問すらも吹き飛ばすそのバッドエンドの姿。
純白のウエディングドレスに身を包んだバッドエンドが、ファウストに優しく微笑んでいた。
バッドエンドの、白い肌に、美しい黒い長髪に、とても、とても。
「似合って、ます、綺麗、……です、ね」
あまりの美しさに、その幻想的とさえ思えるその姿に上手く言葉が出てこないファウスト。
「ん~? なんか嘘っぽいなぁ~、あはは、冗談だよ! ありがとうっ。どう? 驚いた?」
あどけない、純粋無垢な笑顔を振りまくバッドエンド。
この場で明らかに浮くその格好。
しかし、それでも美しかった。
周囲の祭りの参加者達も、そんなバッドエンドの美しい姿に、その衣装に驚いている。
「お……驚きました、何故……ウエディングドレスを……?」
何故、その言葉にバッドエンドは動揺を見せた。
純白のウエディングローブに包まれた両手を腰より少し下の部分で絡めなながら、頬を赤らめ、恥ずかしげにファウストの顔に何度も視線を送り、言う。
「え、と、その。ジャズが船の上で……」
またジャズか。
どうやらシアラ神国に来るまでの間に、ジャズはバッドエンドにまだ何かを吹き込んでいたらしい。
ファウストはバッドエンドに余計な事を吹き込むあの老人に本当に嫌気が差していた。
しかし、それでも今回のこれに関しては心の中で賞賛する。
確かに、場違いではあるが、バッドエンドのウエディング姿にファウストは思わず感動してしまっている。
そんなファウストに、バッドエンドは更に恥ずかしそうに言う。
「す、好きな、人と……大事なイベントに、は、こ、これを着て……愛を誓う、って、ジャズが……」
「うッ……」
間違ってはいない。
間違ってはいないが、間違っている。
まず場所がおかしい。
頬を染め、恥じらいを隠しきれない初々しいバッドエンド。
そしてそんなウエディングドレスを着るバッドエンドの姿にファウストだけではなく周囲の人々もあまりの美しさと、可憐さに顔を染めて蕩けそうになる。
いつの間にか、バッドエンドとファウストの周囲に人だかりができている。
そして、好き勝手な言葉が飛び交ってくる。
「おい兄ちゃん女に恥かかせんな!」「そうだそうだ!!」「おい誰かアイツを着替えさせろ」
「え、ちょ、何ですか!?」
「あ、アヴァロン!?」
するとファウストの周囲を沢山の人々が囲み、その しわくちゃの白いカッターシャツ、よれよれの黒いズボン、黒の革靴を奪っていく。
まさかこんな場所でパンツを残し、ひん剥かれるとはファウストも思いもしなかった。
そして人々の手によって、どこから用意したのか謎の新たな衣装へと強制的に着替えさせられたファウストを残し、人々の群れが去っていく。
「……な、何です、この格好は」
「おぉ、カッコイイ~」
周囲の人々が去ると、そこには純白のタキシード姿のファウストが現れた。
更に、ファウストとバッドエンドの間に、よくわからない神父まで登場している。
その辺は流石はシアラと言う所。
ただ、これでは本当に結婚式のようだ。
「おいおい何だアレ?」「今から何か結婚式するみたいだぜ?」「な、今ここでか?」「降臨祭の中で結婚かぁ、憧れちゃうわぁ」
更にギャラリーが増えていく一方、好き勝手に言う周辺の人々にファウストは誤解を解こうと顔を真っ赤にさせ何度も首を横に振る。
そんなファウストにバッドエンドが素朴な質問をした。
「ねぇねぇ、アヴァロン? ケッコンって何?」
「え……?」
どうやらジャズは結婚についてはバッドエンドに何も教えていなかったようだ。
しかし、ファウストも結婚についてどう説明すれば良いのか考えるが、適切なこれといった説明が浮かんでこなかい。
そんなファウスとに対し、周囲の人々、更には神父までもが結婚の儀をせかしてくる。
「おう、早くしろよ」「きゃーー花嫁さん素敵ーー」「キッス! キッス!」「早くしねぇと俺が変わりに結婚しちまうぞー! わははは」
周囲の歓声、野次馬達にファウストは遂に耐えかねる。
「ば、バッドエンド、一旦この場を離れましょう」
あまりにも目立ちすぎる。
普段、こうして注目を浴びる事の無いファウストはバッドエンドの手を掴み、この場から逃げるように走り去る。
「あはは、もしかして照れてるの? アヴァロン可愛い~」
「い、いいから走れッ!!」
バッドエンドを強引に引きつれ、人気の無い場所へと姿を隠す。
あれだけ堂々と注目される事があそこまで恥ずかしいとは思わなかったファウスト。
そしてようやく、バッドエンドと二人きりでゆっくり過ごせる場所まで避難する事に成功した。
「はぁ、はぁ……」
「何か凄い汗だよ?」
ウエディングドレスを着るバッドエンドの姿をこうしてゆっくり改めて見ると、ファウストの不思議な感情が更に加速していく。
よくこの感情がわからない、それがファウストの本心だ。
しかしそれでも、こうしてバッドエンドと居ると、何だか落ち着く。
「あ、あの、バッドエンド、さっきの結婚ってのは――――」
「うわぁ~!!」
ファウストの声を遮り、バッドエンドが声を上げ、夜空を舞うそれに目を輝かせている。
大きな音と共に、それは空高い場所でとても大きく光輝いている。
ファウストも、言葉を途中にし、思わずその光景に見とれてしまう。
「ねぇねぇ、あれって何て言うの? めちゃくちゃ綺麗だね」
「あれは、花火、だな」
アダム降臨祭が幕を開き、夜空にその職人の魂が込められた芸術作品達が人々の心に感動を与えていく。
何度も打ち上げられる花火。
首を空に、向け。
その全てを余すことなく愉しむバッドエンド。
そんなバッドエンドを見て、ファウストは自分が先程何を言おうとしていたのか忘れてしまう。
しかし、それはもうどうでも良かった。
こうして美しい、空に打ち上げられる一瞬の光達をバッドエンドと共に見れた事が嬉しかった。
「こうしてアヴァロンとこんな素敵なモノを見れて、ワタシとっても嬉しいよ」
先に言われてしまった。
屈託の無い笑顔で、幸せそうに言うバッドエンド。
ファウストも、同じ気持ちだ。
「昔……一度だけ、ジャズに連れられてこうやって花火を見た事がある。あの時も……綺麗だった」
あのファウストが自ら、過去を語り始めた。
バッドエンドはそんなファウストの言葉に、目を細め微笑みながら聞を傾ける。
「あいつ……落ち込んでた俺に気を使って、嫌だと泣き喚く俺を船に乗せて、ここまで連れてきやがったんだ」
遠い過去、ジャズとの思い出。
「でも……まぁ、確かに……気分は晴れたな」
少年ながら、この素晴らしい光景に感動し、救われた。
かつての泥棒王ファウスト程ではないにしろ、確かにジャズは少年を大切に想っていたのだ。
その話を聞き、バッドエンドがファウストに得意げに言う。
「だから言ったろ? あの、おじいさんは信用できるって」
ファウストの口から笑みが零れる。
こうしてバッドエンドに色々な事を吹き込み、バッドエンドだけでなくファウストも困らせてきたジャズ。
しかし、全ては二人を想っての事。
ファウストはそんなお節介な老人が大嫌いであり、大好きだった。
「あのクソジジ、今度あったらとりあえず殴っておこう。……さ、せっかくのウエディングドレスは勿体無いが、早く着替えた方が良い。その格好だと祭りを全力で楽しめないぞ?」
今のバッドエンドとファウストの格好は注目の的だ。
そのような状況ではせっかくのアダム降臨祭も心行くまで堪能できない。
ファウストのそんな優しさから来た助言だったが、バッドエンドはそれを拒否する。
「まぁ、流石に動きにくいからすぐ着替えるけどさ。その前に、まだしたい事があるんだ」
「ん?」
ファウストとしては自分だけでもすぐこの格好から着替えたいが、バッドエンドがまだそれを許さない。
「……仕方ない、やりたい事って何だ?」
すると、バッドエンドが、ファウストの唇を奪った。
「!?」
未だに慣れない。
ファウストは眼を見開き、バッドエンドに質問する。
「こ、こ、これが、やりた、かった……事、です、か?」
バッドエンドは、旅客船の上で落ち込んでいる時、ファウストに嫌われてしまったと想っていた時に、ジャズから色々とアドバイスを受け取っていた。
普段と違う態度を取って、気を引いてみたり。
こうやって、ウエディングドレスを着て、それを見せてみたり。
そして。
「この格好で、キスすれば……二人の愛は永遠になるんだってさ……えへへ」
お互い、顔が赤くなりすぎて、頭から湯気が出そうになってくる。
これはまるで、本当に結婚式ではないか。
ファウストは、素直に恐かった。
この今抱いている感情が、はどめを利かなくなりそうだった。
しかし。
「ワタシは、アヴァロンの特別な人になれてるかな?」
不安そうに、バッドエンドがファウストにそう質問してくる。
その返事を、嘘偽りの無い、何も考えず、本当の自分の気持ちを答える。
「……これで、勘弁してくれ」
右手の甲に刻まれた。魔鍵との契約の証である刻印をバッドエンドに見せる。
その答えに満足したバッドエンドは、ファウストに思いきり飛び込んだ。
「アヴァロン~~!!!」
「ちょ、ちょっと!?」
ファウストとバッドエンド、二人の絆が深まり、確認された事を祝うように、美しい花火が、この改変されつつある世界を明るく照らしていった。
その花火は、シアラ神国からアラト新設立国に向かう旅客船の上からも確認できる。
そこで老人が、とても優しい笑みで、愉快に笑っていた。




