魔眼と記憶:4話
信仰国家シアラ神国。
その王城の地下には金庫がある。
そこにはこの世界の歴史的な遺産がいくつも保管されている。
かつて泥棒王ファウストによって破られたその金庫は、二度とその失態を生み出さないように強化されていた。
まず金庫の鍵は静寂王、フィアナ・シフォンが肌身離さず所持している。
そしてその厚さは以前と比べて倍の2メートル以上。
大の男が10人程集まって力を合わせ、ようやく隙間を生む重さがある。
扉は当然の事ながら、部屋全体にアラトで開発された最新の特殊合金がコーティングされており、まず物理的に破壊する事は不可能に近い。
こうして正面や地下からの一切の侵入者を拒絶する要塞のような金庫となっている。
そんな金庫を破る為に、ファウストはとある詐欺師に会いに来ていた。
あれから宿で少し休んだファウストはバッドエンドを部屋に残し、裏の世界に通じる者達が密かに集まる場所へ足を運んでいた。
「……」
ファウストがとある詐欺師を探す為に周囲を見渡すと、シアラでも悪名高い犯罪者達でそこはうごめいていた。
そんな中、血色の悪い青白い肌をした細身の男の姿を見つけた。
貧相な肉体を前開きの半袖で見せつけ、穴だらけのみすぼらしい長ズボンを穿いている。
そして一切気を使っていない伸び放題の黒髪をハネさせ、全体的に不衛生な印象を与えている。
「久しぶりですねぇ、キース」
カウンター席で頭を抱えているキースという名前の詐欺師にファウストが声をかける。
その声に顔がゆっくり上げる。
半開きの覇気の無い目に少し前髪がかかっている。
「いい加減、その見た目なんとかしませんか?」
「へっへっへ……ほっといて欲しいねぇ、これが僕のファッションさ」
そう言うキースの横の席に座る。
するとファウストは、今回の本題を切り出そうと口を開こうとする。
だがキースの方がそれよりも先に口を開いた。
「なぁファウスト~、今回の依頼料は魔鍵にしてくれよ~」
こうしてわざわざ自分に会いに来たのだ、間違いなく依頼だと踏んでいたキース。
依頼の内容を聞かず、迷わず魔鍵を、バッドエンドを要求してきた。
そんなキースにファウストは不気味に微笑む。
「ンフフ、それは無理な相談ですねぇ」
「へっへっ、そうかいそうかい、なら今回の依頼は無しだ~」
今では世界中でファウストが魔鍵と契約し、それを所持している事は明るみになっていた。
依頼の内容をまったく聞かず陽気な声で断り、酒を飲もうとするキース。
その態度にファウストは支配眼から赤黒い火花のような光をちらつかせ、キースを睨んだ。
「おいおいファウスト~、そんな恐い眼で睨むなよ~……って、おい、それ僕の酒だぞ。ったく、手癖の悪い泥棒はこれだから嫌なんだよねぇ」
キースが飲もうとしていた酒の入ったグラスを一瞬で盗み、それを飲み干してしまうファウスト。
空いたグラスをカウンターに叩き置く。
「まぁ、そう言わず話だけでも聞いてくださいよ」
笑顔でドスの利いた声で告げる。
だがそんな脅しに屈する事なくキースは新たな酒をマスターに注文していた。
「人の酒を盗んでおいてそりゃ無いだろ~? どうせシルビア絡みのロクな仕事じゃないんだろ?」
それはファウストも否定できなかった。
キースもシルビアにはホトホト困らされていたのだ。
しかも今回の依頼の一つであるアダムの血はあの金庫の中にある。
「そう言わず頼みますよ、魔鍵以外の物ならシルビアが粗方用意しますから」
「はぁ~、……わーかった、聞くだけ聞くよ」
キースはバツの悪そうな顔で仕方なくファウストの話を聞く事にした。
シルビアが関わっている以上、邪険に扱う事ができないのだ。
闇の仲介屋として裏の世界でも上位に君臨する存在。
その裏の世界に身を置いているキースは無闇にその相談を断る事ができない。
「実は今回、またあの金庫からある物を頂戴しようと思ってましてね。しかも明日中にね」
その言葉にキースは耳を疑った。
以前、痛い目に遭ったあの金庫に再び侵入を試みるとファウストは言った。
「へっへっへ……ホント、頭おかしいよオタクさん。アンタのせいであの金庫もだいぶ強化されてんだよ? あんな要塞みたいなもんぶっ壊せる奴なんて暴君王か破壊眼持ちぐらいなもんだぜ~?」
それは承知の上だった。
単純に支配眼を使うだけでは、侵入は不可能だ。
だからこそ、この計画を成功させる為にキースに会いに来た。
この騙しの天才である詐欺師の協力が必要なのだ。
「ンフフ、誰もあんな要塞みたいな金庫を真っ向から破壊しようだなんて言ってませんよ」
何かを企んでいるファウスト、それに気づきキースは表情を歪めて微笑む。
「へっへっへ、面白い。……どうやらあの金庫から盗む算段ができてるみたいじゃないか。……それで、アレだろ? それには僕の力が必要不可欠だと?」
人を欺く事に長けたこのキースの腕は確かなもので、ファウストもそれは認めている。
なので今回の金庫破りのキーマンとしてこの詐欺師に協力を求めている。
「どうでしょう、私としては貴方にぜひ手伝ってもらいたいと思うんですがねぇ」
「そうだなぁ~……一体何を盗むつもりなんだい?」
何せシアラの金庫の中には、計り知れない価値の貴重な品ばかりが保管されている。
そのどれをファウストが盗むのかキースは単純に興味があった。
「ンフフ、アダムの血です。ご存知ですか?」
今回の獲物を聞かされ、思わず頬を緩ませ、歯を見せるキース。
「っぷは、ご存知も何も、よりにもよってアダムの血!? あ、アンタ、フィアナちゃんに何か恨みでもあんの? ぶはははは」
アダムを信仰するこのシアラにとってアダムの血はまさに国宝の一つ。
以前の盗みの際にもアダムに関わる遺物を盗んでいたファウスト。
それを盗み去ったファウストに対し、珍しく静寂王が怒り顕に静寂ではなかったと伝え聞いた。
そしてまたしてもアダムに関する遺物、アダムの血を盗もうとしているファウストに笑いが止まらないキース。
「ふぅ……魔鍵は欲しい。へっへっへ、だけど面白そうだ。それなら協力しようじゃないか。で、僕は何を騙せばいい?」
騙しの天才が協力を承諾してくれた。
早速、キースにファウストは依頼の内容を告げる。
「なぁに貴方なら簡単ですよ。騙して欲しい人間がいるんですよ。静寂王です」
それが今回、金庫からアダムの血を盗む鍵となる。
「へっへっへ、この国の王を僕に騙せだって? それを簡単だって? 言ってくれるね~」
キースは余裕の表情を浮かべている。
その様子に安心したファウストは言う。
「依頼料は必要経費として納得のいく額や、物をシルビアに好きなだけ請求しておいてください。どうせ莫大な報酬が入ってくるハズですからね、ンフフ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ファウストとバッドエンドが泊まる宿。
その部屋でバッドエンドは暇を持て余していた。
「早くファウスト帰ってこないかなぁ~……」
大好きな我が主の帰りを待ちわびている。
すると部屋の扉がノックされた。
まだファウストが帰ってくるまで時間がある、従業員だろうか。
もしくは敵か、慎重に扉の前に立つバッドエンド。
ゆっくりと、いつでも戦闘体勢に入れるよう心構えし、その扉を開ける。
「こんな場所にまで押しかけて申し訳ないね」
すると扉の先には、旅客船で出会った老人の姿が。
バッドエンドはその存在に驚きを隠せなかった。
何故、自分の居場所がわかったのか。
「お、おじいさん何でここがわかったの?」
その問いに老人は笑顔で答える。
「なに、ここに用があってのう。したら、たまたまフロントでとんでもない名前と君の姿を見たもんで、うまくいっておるか気になって様子を見に来たんじゃよ」
たまたま居合わせたという偶然。
しかし、バッドエンドはこの老人を疑う事はなかった。
シルビアによって命名された偽名を思い出し、何とも言えない感情のまま老人に礼を言う。
「ありがとう、おじいさんの言う通りにしたらファウ、……アヴァロンがいつも以上に優しくなったよ」
旅客船で老人に貰ったアドバイス。
それは普段と真逆の態度で接するというもの。
ファウストに一途なバッドエンドが急に冷たく接する事でその認識を改めさせようとしていたのだ。
「フォッフォッフオッ、それは良かった。さて……この宿に来た用というのは君に対してなんじゃ――バッドエンド」
バッドエンド。
そう少女の名前を呼ぶ老人。
敵意は無さそうだ、だがそれでも少しだけ構えてしまう。
何故、自分の名前を知っているのか。
「おじいさん……何者なんだい?」
その問いに、老人は暗い表情を浮かべる。
そしてゆっくりと口を開けた。
「……わしは、かつての泥棒王、ファウストの相棒じゃ。そして君の過去を知っている人物じゃ」
ファウストの相棒だと名乗る老人。
そして、バッドエンドの過去を知る者だと言う。
いきなりの、その衝撃の事実にバッドエンドは理解できず言葉が出なかった。
「今の彼、ファウスト君が今回狙うアダムの血。それが君の記憶の一部を蘇らせる、きっかけを作る危険なものだと警告しに訪れた」
魔鍵の失われた記憶。
アダムの血がきっかけで、それが蘇ると老人は言う。
そしてファウストがアダムの血を狙っている事も全て把握しているこの老人に、バッドエンドは驚きの中、何とか言葉を紡ぐ。
「それって……良い事なんじゃ、ないの?」
辛い記憶しか持たないバッドエンドにそれ以外の記憶が蘇るかもしれない。
だが老人は良い顔をしない。
「だが、そうなった場合。わしは君をこの世界から消さねばならない」
老人の眼に浮かぶ神秘的な時計盤のような紋章。
支配眼に涙が浮かぶ。




