魔眼と記憶:3話
旅行客がシアラ神国の港に到着した。
目的地に着いたファウストとバッドエンドは荷物を片手に、船に架かる階段を降りていく。
それに続くように何人かの旅行客等が同じく階段を降りてくる。
だが、バッドエンドに酔い止めの薬を渡した老人の姿はなかった。
あまり不用意な発言をしてバッドエンドを怒らせたくなかったファウストは、あえてその事については触れなかった。
階段を降りた先にある港には市場が広がっている。
ノイタールの中央街にある市場程大きいものではなかったが、それでも多くの人々によってそこは賑やかだ。
「わぁ~」
この近海で捕れた新鮮な魚達や、このシアラに生息する動物達の肉、美しい花や宝石等が売られている。
それらにバッドエンドは目を輝かせている。
ファウストはすっかりいつものバッドエンドに戻っている様子に安堵の息が出る。
「バッドエンド、まずは宿に行きますよ」
子供のように周囲の光景にはしゃぐバッドエンドに声をかけると、その動きを止めてファウストを大きくパッチリとした目で微妙に睨みつける。
「わ、わかってるよ」
一体何なのだ。
ファウストは困った笑みを浮かべながら、バッドエンドの荷物も持とうとする。
「あ、大丈……気が利かない奴だなぁ」
強引に手に持っていた荷物をファウストに押しつけた。
明らかに無理に不機嫌を装っている。
そんなバッドエンドに文句を言う所か、段々と微笑ましくなってくるファウスト。
「それはそれは失礼しましたお姫様」
わざとらしく跪き、丁重に荷物を持ち直す。
そんなファウストのからかうような態度に、バッドエンドは怒る素振りを見せず困ったように頬を赤く染めていく。
「は、恥ずかしいから止めてよ!」
そう言いながらも頬が緩んでいる。
ファウストはそんな面白いバッドエンドを先導して、市場を抜けて宿に向かおうとする。
どうやら人語が解禁されたようで安心した。
そのまま賑やかな市場を二人で歩いていく。
「なんか、ノイタールの市場と雰囲気が違うんだね」
この市場にある商品の数々、それは主に魚介類、野菜、肉、花が占めていた。
ノイタールの市場は逆に、ほぼ宝石や貴金属等が占めている。
このシアラは富裕層の多いノイタールとは正反対の市場となっている。
しかし、それは特別このシアラに富裕層が少ないというわけではない。
シアラは自然が大変美しく、恵まれた土地。
その結果、こうした産物がよく市場に並んでいるだけだ。
勿論、シアラらしい神秘的な造形をした宝石や貴金属も売られている。
「世界で最も美しい国とすら呼ばれてますからねぇ、この市場もその影響でしょう」
だが、ノイタールの最下層にダンプラーという闇があるように、この国にも闇はある。
それは信仰国家と呼ばれる所以、行き過ぎた凶信者達の存在だ。
この国の国民は人類の始祖、アダムを崇める信者達が数多くいる。
静寂王、フィアナ・シフォンを筆頭にその信仰は日々、世界中で拡大していっている。
その中でも特に悪い噂が絶えないのが、凶信者と呼ばれる存在。
凶信者達はアダムを崇高するあまり、世界各地でテロまがいの行為を行ったりしている。
それは国際問題に発展する程だった。
「バッドエンド、今の内に言っておきますが……信者の勧誘には気をつけてくださいね」
この市場の中でも信者達が活動を行っている。
演説をする者や、アダムについて記された書物を売っている者達。
そういった者達の姿が先程から、バッドエンドの視界にも何度か入ってきていた。
ファウストはバッドエンドを心配していた。
「わ、わかってるよ。大体……アダムなんてワタシの知り合いみたいなもんじゃないか」
アダムに関わる存在である魔鍵の少女のこの言葉はごもっともだった。
口を尖らせ不機嫌にそう言うバッドエンド。
その様子にファウストは、すかさずご機嫌とりにかかる。
「そ、そうだバッドエンド、そこにチョコが売ってますけど食べませんか?」
「ち、チョコレート!?」
すぐに目を輝かせ、口から涎が溢れてくる。
少し前にシルビアに食べさせてもらってから、バッドエンドはその味に病みつきになっていたのだ。
それを知っていたファウストはこれ見よがしにその店を指さす。
「え、でも悪い……気が利かない豚だ! 早く買ってよ!」
「あ、はい……」
罵倒に関するレパートリーが極端に少ないバッドエンド。
とりあえず偉そうに豚と言っておけば良いと考えているのだろうか。
そんなバッドエンドに早速、買ってきたチョコレートを手渡す。
「ありが、……とう」
どうやらここでは素直に感謝するらしい。
バッドエンドは小さく感謝した後、すぐにチョコレートを口にする。
鼻を突き通す香り、口一杯に広がる甘さ、目を細めて表情をとろけさす。
「ンフフ、満足して頂けたようで何よりです」
そうやってバッドエンドのご機嫌伺いをしながら、どんどん市場を抜けていく。
そして、しばらく滞在する予定の宿へと到着した。
赤茶の屋根、白い綺麗な外観の宿。
アダム降臨祭の会場に近い場所にそれはあった。
「すみません、こちらに二名で予約していたアヴァロンと申します」
宿のフロントにいる従業員にそう名乗り、チェックインするファウスト。
このアヴァロンという名前はファウストが表の世界で使う偽名だ。
泥棒王ファウストとして有名なその名前は表では使えない。
なのでこうして、表ではアヴァロンという偽名で活動している。
「アヴァロン様ですね。失礼致します、少々お待ちください」
この宿には予め、シルビアがファウストとバッドエンドの二人を予約をしていた。
従業員が背を向け、予約リストから二人の名前を探している
バッドエンドが小声でファウストに耳打ちする。
ファウストはそれに耳を近づける。
「なんか慣れないね」
アヴァロンという偽名の事だ。
普段からファウストという名前でしか呼んだり、聞いたりしないバッドエンドはその呼び名に戸惑いを見せる。
「くれぐれも気をつけてくださいよ」
全国指名手配されているファウストの名前を大勢の人間がいる外で不用意に呼ぶと面倒な事になる。
小声でヒソヒソと会話する二人。
そんな二人に、従業員が予約リストから名前を見つけたので確認する。
「アヴァロン様と……え、エクセレント・グレート・アイアン・キュート・DX様……で、宜しいですか?」
「「……え?」」
二人して開いた口が閉じなかった。
周囲の他の客も従業員が読み上げたその名前にざわめく。
「すんげぇ名前だなあの人……」
「おいおい、親はなんつー名前つけてんだよ……」
「プッ、DXだってさぁ~」
船や荷物、宿は全てシルビアが手配していた。
となると、このふざけたバッドエンドの偽名はシルビアが考えたものになる。
俯きながら身体を震わすエクセレント・グレート・アイアン・キュート・DX。
そんなバッドエンドを哀れに思ったファウストがすぐにこの場を去ろうとした。
「えぇ、確かに私がアヴァロンでこの娘は……」
その長すぎるインパクのある名前が出てこない。
するとバッドエンドが歯軋りをしながらファウストの言葉を続ける。
「そうだよ……ワタシがエクセレント・グレート・アイアン・キュート・DXだよ、……何か文句あんの?」
鋭く冷たい剣のような殺気を放ちながらバッドエンドがそう言った。
周囲のざわめきはすぐに消えた。
すぐ横にいるファウストも額から汗が出る。
「こ、こちらが鍵になりますッ!」
フロントのカウンターに置かれた鍵をバッドエンドが奪い取るように掴み、部屋へと向かっていく。
それに慌てて後を追うファウストだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バッドエンドとファウストは周囲の客達の視線を感じながら部屋に入った。
しかし、ファウストは船の中に居た時より気まずかった。
無言のままベッドに倒れこむバッドエンド。
麦藁帽子がその後頭部を隠している。
「ワタシは今日からエクセレント・グレート・アイアン・キュート・DXとして一生過ごすんだ……」
余程ショックだったらしい。
そんなバッドエンドに気休めの言葉をかける。
「い、一生は大げさでしょう……せいぜいこの宿に滞在してる間の期間だけじゃないですか……せいぜい四日間です」
「四日もだよ!? 四日も他の人達に笑われ続けるんだよ!?」
ベッドから飛び上がり、両腕を感情に任せて刃に変化させ、ファウストに詰め寄る。
「か、可愛くて強そうな名前じゃないですかッ!!」
とっさに出た、苦し紛れの言葉。
あまりフォローになっていない事はファウストも気づいていた。
もしや斬りつけられるかもしれない、そんな危機を感じながら支配眼の発動準備に入っている。
「か、可愛い……?」
バッドエンドは両手を元に戻し、頬に当てている。
そして嬉しそうな表情でファウストから顔を背ける。
どうやらファウストに褒められて機嫌が直ったようだ。
「ぶ、豚なのに、良い事言うじゃん」
まだ続いていたんですねそれ、と心の中でファストは言った。
「……とにかく船でだいぶ疲れたので少し休みましょう。中々のハードスケジュールですからねぇ」
まずは王城にあるアダムの血を狙う。
その為にも身体をゆっくりと休ませておく必要がある。
泥棒王と静寂王のアダムの血を巡る戦いが始まる。




