魔眼と記憶:5話
「わ、ワタシを消すって……それにその眼……」
支配眼を持つこの老人にバッドエンドは大きく口を開け、驚く。
しかし敵意は今の所無い。
「……まぁ、立ち話もなんじゃ、失礼するよ」
すると老人は涙を拭い、そんなバッドエンドの横を通り部屋の中にゆっくり入っていく。
「さぁ、座りたまえ」
「う、うん……」
バッドエンドを椅子に座らせ、老人も椅子に座った。
そして話の続きを再び始める。
「さて……まずは何から話したものか。まずは――」
バッドエンドはそんな中、激しく思考を巡らせていた。
魔鍵であるバッドエンドは遥か以前から、不確かな不安を抱いていたのだ。
それはファウストと出会う前から、記憶が殆ど無い状態でずっと抱いていた不安。
その不安は真に迫るモノで、それは老人の言葉によって確かなモノにさせられていった。
バッドエンドはあまりのショックを受け、途中からしかその言葉が耳に入ってこなかった。
「――や、魔鍵は我々のような楽園を追求する考古学者達の間では宝鍵とも呼ぶ。そして……世界を崩壊させる鍵、崩鍵とも呼ぶ」
「……崩鍵……?」
老人は自分を楽園の考古学者でもあると言い、説明をしていた。
世界を崩壊させる鍵、それが自分の正体だと聞かされるが理解が追いつかない。
昔から抱いていた不安の正体を告げられ言葉が出ない。
神々の失われた楽園の扉を開く為に必要不可欠な存在。
それが自分だと思っていたが、まさか世界を崩壊させてしまう存在でもあったとは思わなかった。
バッドエンドは身体を震わせ、ようやく言葉を紡いだ。
「……わ、ワタシの記憶が戻ると、……その力、が発動するの?」
これからファウストと共に盗む予定のアダムの血。
それをきっかけにバッドエンドの失われた一部の記憶が蘇ってしまうという。
もしそうなってしまえば、世界は崩壊をすぐに始めてしまうのか。
バッドエンドの脳裏にファウストの顔が浮かぶ。
ファウストの生きるこの世界が崩落してしまうかもしれない。
そう考えてしまうと居た堪れなくなる。
「君の記憶の一部が、崩鍵としての姿を取り戻せば……例え最凶最悪と言われる魔眼であろうとそれは止められない。じゃから、わしは君にこうして、まだアダムの血と接触をしていないバッドエンドに警告をする為に、改めてこうして会いに来たんじゃ」
かつてファウストの相棒であり、バッドエンドの過去を知る老人。
そして楽園の考古学者でもある老人の言葉は今のバッドエンドには受け入れがたいものだった。
「……少し、昔話をしようか。かつての君の契約者であるファウストとわしの話を」
その言葉にバッドエンドは疑問に思った。
かつての契約者。
以前にもファウストと契約を結んでいたという話だ。
確かに記憶の殆どを失い、以前の契約者の事は覚えていない。
だがファウストやシルビア、リアもバッドエンドと以前から面識があったような素振りは見せていない。
しかし、かつてファウストとバッドエンドは契約を結んでいたと老人は言う。
「ワタシ……もしかして前にもファウストと契約してたの……?」
自らの正体にショックを受けながらも、ファウストの事に関しては聞きだそうとする。
そんなバッドエンドの質問に、顎に手を置き、難しそうな表情を浮かべる老人。
「彼は何も話をしていないようじゃのう……やれやれ」
老人は考えの末、決心する。
ファウストの過去をバッドエンドに話す。
「……まず君の言うファウストと呼ぶ彼じゃが、それはかつての泥棒王ファウストに救われた子供の一人じゃ」
「かつての……泥棒王……?」
老人はファウストと呼ばれる青年の過去を簡単にバッドエンドに話した。
魔眼の実験施設にいた子供だった事、あの歴史史上最悪の大事件と呼ばれる出来事。
全てバッドエンドにとっては初めて聞かされる内容。
魔眼を持つ子供達を実験対象にしていた施設。
その実験データを全て破壊し、そこにいた子供達を盗み、解放したあの歴史史上最悪の大事件。
その首謀者であり、実行犯こそ、かつての泥棒王ファウストだという。
それこそが老人のかつての相棒だった。
「つまり、今の泥棒王ファウストは二代目という事じゃ。世界中でそれを知る者は殆どおらんがのう」
世界にその悪名を轟かせていた伝説の泥棒王ファウスト。
それが今のファウストとは別人だと言う。
バッドエンドは老人の口から語られるその真実に大人しく耳を傾ける。
「ファウストは……フォッフォッ、無茶で馬鹿な男じゃった。だが……そんな奴だからこそ、わしも救われた。あの男は魔眼を持つ者でありながらこの世界が好きじゃった。この魔眼を拒絶する世界をな……」
そして泥棒王ファウストは魔眼の実験施設から子供達を解放した。
その中、ある少年は言った。
これから俺はどうすればいい。
「……彼だけじゃった。その場に残ってファウストにそんな問いを投げたのは」
「それが……今のファウスト?」
「フォッフォッ、そうじゃよ」
魔眼を持つ子供達の殆どは、尊厳を踏みにじられ不当な扱いを受けてきたこの世界に対する怒りを消す事ができなかった。
すぐさま復讐を誓っていた子供達は動き出していた。
泥棒王ファウストによって解放されるや、リーダー格と思わしき白髪の少年に引きつられ、すぐさまその場から立ち去っていった。
そしてそこにただ一人残り、周囲の子供達の反対を押し切って、少年は泥棒王ファウストに提案したのだ。
アンタの手伝いをさせてくれ。
「あれには驚いたわい。他の子供達は自由を手に入れるとファウストに一切礼を言わずに一目散に去って行ったというのに……彼だけはファウストに恩を感じておった。そんな少年を面白く思ったのか、そこからじゃった。ファウストとわし、あの少年との生活が始まったのは」
泥棒王ファウストは自分の持つ知識や技術を、少年にまるで我が子の様に丁寧に、時に厳しく教え込んだ。
それは泥棒としての自分の価値観や剣術まで全てだ。
泥棒王ファウストの教えを、少年は余す事無く全て飲み込んでいった。
老人もそんな泥棒王ファウストと少年を微笑ましく見守っていた。
「そしてファウストとわしの元、彼は立派に成長していった。そんな中じゃ、君も知るあのジルやシルビアと彼が出会ったのは」
「シルビア……」
いつしか裏の世界へと足を踏み入れていった少年。
情報屋としての腕前はその頃から一目置かれていたジル。
まだ闇の仲介屋として地位を築き上げる前のシルビア。
その二人と少年は泥棒王ファウストの元、出会っていったのだ。
バッドエンドは何も知らなかった、大好きなファウストと呼ばれる青年の事を。
「……そしてここからじゃ。わしらと君の出会いはのう」
老人の声が曇る。
それに気づき、バッドエンドも唾を飲み込み、気を引き締める。
少年が青年へと変わる頃。
青年は既に泥棒王ファウストに引けを取らない実力までに成長していた。
そんなある日、泥棒王ファウストの耳に魔鍵の噂が流れてきたのだ。
「しかそ、ファウストとわしは今更、世界の改変……楽園に興味はなかった。しかし、魔鍵である君という神秘的な存在はわしらの興味を引くモノじゃった」
「えへへ」
神秘的な存在と評され、少しだけ照れくさくなりつつも老人の話に黙って耳を傾けるバッドエンド。
「あの時もそうじゃ。世界は魔鍵を欲しておってのう……」
世界各地で魔鍵を手にしようと権力者や実力者が血眼になって探していた。
それは泥棒王ファウストと老人もそうだった。
戦争も何度か起きていた。
しかし、それでも魔鍵は見つからなかった。
するとある日、泥棒王ファウストと老人の前に一人の男が現れた。
「奴の名はジ・エンド。そう名乗っておった。得たいの知れない奴はまだ契約をしていない君を持ってわしらの前に現れおった。……君は覚えていないだろうがのう」
ジ・エンド。
その名前にバッドエンドは当然心当たりがなかった。
「今思えば……人間ではなかったのかもしれんのう。只ならぬ気配を帯びた奴は無償でファウストに君を手渡すと姿を消した」
それに細心の警戒を払っていた泥棒王ファウストと老人だった。
だが、まるで取り憑かれたようにその興味を抑え切れなかった泥棒王ファウストは手渡された魔鍵、バッドエンドと契約を結んだのだ。
「あの頃はわしも楽園や魔鍵に対する知識は殆ど持ち合わせていなかった。……じゃからあの時、ファウストを止める事ができなかった……」
今のファウストとバッドエンの様な関係までにはいかなくとも、泥棒王ファウストと老人もバッドエンドと友好的な信頼関係を築いていった。
そして今まで道具としか扱われてこず、記憶の殆どを失っているバッドエンドを救いたいと思った。
魔鍵と契約をした泥棒王ファウストは相棒である老人と、バッドエンドの記憶を戻してやろうと世界各地に手がかりを求めて盗みを働いてきた。
「ファウストとわしは、今のように記憶の無かった君を憂いておった。ただそれだけの単純な理由じゃった。アダムの遺品が君の記憶を蘇らせるきっかけになると知るや、少年だった彼を置いて世界各地を周ったもんじゃ」
バッドエンドは記憶から消えたその泥棒王ファウストと老人の優しさを感じ、胸が熱くなってくる。
「……ありがとう、ワタシにもそうやって優しくしてくれてた人がいるんだ……」
「……フォッフォッフォッ、なぁに礼には及ばん。君は忘れているが、わしらと君は確かにそれ程の間柄じゃった」
どうやら記憶に残っていないだけで、今のファウストの様に自分に対して優しくしてくれる人間がいたのだ。
しかし、それも思い出せない。
そのせいで胸が締め付けられるように苦しくなる。
「……しかし、ファウストとわしのそんな行動が崩鍵としての君を呼び戻してしまった」
アダムの遺物を何度か手に入れ、バッドエンドは徐々に記憶を蘇らせていった。
そんなある日だ。
泥棒王ファウストと老人はアダムの血を盗み出したのだ。
そしてバッドエンドがそれと接触した瞬間だった。
「君は……魔眼の暴走に似たような現象を起こし、真の魔鍵としてその姿に変化させていった」
「……」
崩鍵と化したバッドエンドは契約者である泥棒王のファウストの意識、身体を瞬く間に取り込もうとした。
そしてその力で大地を、世界を崩壊させようとした。
「……なんとか意識をわずかに残していたファウストはわしに……その命を獲れと頼んだ。自分が愛した世界を……君を助けてくれと必死に頼んできたんじゃ……わかるかね……わしを救った、……たった一人の友人をこの手で殺したわしの気持ちが……ッ!!」
老人の支配眼が大きく開き、時計盤のような神秘的な紋章が浮かび上がる。
そして両手を、身体を震わせ、その過酷な記憶に殺されそうになる。
その姿はジルを殺めた時のファウストに似ている。
「……おじいさん」
バッドエンドの声に老人はすぐに冷静さを取り戻す。
そして慌てるように椅子を立つ。
「す、すまない……。じゃから、わしは警告をしに来た。……君がもし記憶を取り戻して、崩鍵へと姿を変えようものなら……君をこの世界から消す事になる、覚えておいてくれ」
老人は悲しみを秘めた支配眼で少女を見つめ、部屋を出て行こうとする。
「……何で、何で、ワタシを……ファウストを止めようとしないんだい?」
俯きながらバッドエンドは質問する。
崩鍵となり、この世界を破壊しかねないバッドエンドに老人は警告のみに留めている。
老人は背を向けながら答えた。
「……馬鹿な親友との約束がまだ残っておるからな」
泥棒王ファウストとの約束。
老人はそう言い残し、部屋を後にした。
「まるで、記憶を取り戻せっていう風にも聞こえるんだけどな……」
ベッドの上に倒れこみ、枕を抱きしめるバッドエンド。
顔をベッドに押し付けて老人の意図を考えてみる。




