魔眼と記憶:6話
あれから老人が去った部屋の扉から再びノックが響く。
それに対して、バッドエンドはベッドにうつ伏せになったままその姿を出迎える。
そこにはチョコレートを大量に抱えたファウストの姿があった。
器用に扉を開け、部屋の中に入る。
「おやおや、バッドエンドちゃんはまだご機嫌斜めですか。ンフフ、いつまでその態度でいられますかねぇ」
部屋中が大量のチョコレートの甘い匂いで充満していく。
しかし、バッドエンドの大好物であるチョコレートを持ってしても反応を示さない。
少しその態度に疑問を持ったファウストがテーブルに大量のチョコレートを置き、バッドエンドがうつ伏せになるベッドに腰掛けた。
「ンフフ、どうしたんですバッドエンド。大好きなチョコですよー」
まるで子供をあやす様にバッドエンドに声をかけるが返事がない。
困るファウストがその場を立ち上がろうとしたその瞬間。
バッドエンドの口がようやく開いた。
「……その喋り方、それも、誰かの真似なの……?」
ベッドに顔を押し付け、うつ伏せのままそう言うバッドエンド。
ファウストは思わず凍りついたように動きが止まる。
「……一体何があったんです?」
明らかにおかしい。
そんなバッドエンドを心配し、またベッドに腰掛けた。
するとそんなファウストに、ようやくバッドエンドが勢いよく顔を上げた。
「……ワタシ、何も知らないッ……!! こんなに大好きなのに……ッ、ファウストは、自分から何も話してくれないッ!! ワタシ、自分のことすら何も知らなかったッ!!! ずっと知らないッ!!! これからもずっとッ!!!」
大粒の涙を流し、泣き叫ぶ。
尋常ではない。
完全に情緒不安定となっているバッドエンドにファウストは動揺する。
「ば、バッドエンド、落ち着いてください、一体何があったんです!?」
バッドエンドは老人が残した数々の言葉によって感情のコントロールが上手くいかなくなっていた。
それはファウストの帰宅を引き金に爆発してしまったのだ。
大好きなファウストだからこそ、気づいて欲しくて、こうして今ある感情全てをぶつける。
どうして良いのかわからないバッドエンド。
涙がどんどん溢れる。
「何で、こんなに、ワタシは……ッ!! ファウストがッ!!! ファウストがッ!!! ……ッ、何で、何もッ!!! ワタシは知らな――ッ!?」
苦悩を必死に訴えるバッドエンド。
だが、今のファウストにはそれを知る術は無かった。
だから。
その身体を力強く抱きしめる。
バッドエンドの唇を、自身の唇を重ねて、なだめる事しかできない。
そんなファウストにバッドエンドは一瞬びっくりしながらも、目を閉じ、光輝くその涙を頬を伝えさせる。
まるでその涙がファウストに訴えかけるように流れている。
しかし、力強い抱擁、優しい接吻がバッドエンドの心を徐々に落ち着きを取り戻させていく。
だがそれは一時的なもの。
この問題の解決にはならない。
だから、今になってファウストは決意した。
バッドエンドをこれ程までに苦しめる悩みを、不安を全てさらけ出して欲しい。
だからその為に自分の全てをさらけ出すと。
その証を示そうとする。
ファウストはバッドエンドの唇からゆっくりと自身の唇を離す。
「……どうしたんだバッドエンド? 一体何があった」
誰かの口調を借りたわけでもない。
ファウストの、等身大の自分の言葉。
バッドエンドは先程までとは違う感情から、涙が溢れる。
ようやくこうして姿を現した本当のファウスト。
その姿にバッドエンドの心が満たされていく。
必死に涙を堪え、笑顔で言う。
「……それが、本当の君なんだね、アヴァロン」
ファウストをアヴァロンと呼ぶバッドエンド。
そしてファウストの胸に顔を埋め、涙をシャツで拭っていく。
それに苦笑いをしながらファウストが優しくもう一度言う。
「さぁ、一体何があったのか話してくれ」
バッドエンドはそんなファウストによってまた救われた。
気分が晴れ、悩みが吹っ切れた。
そして全てを話した。
老人の事、ファウストの過去を聞いた事、自分の過去や世界を崩壊させる存在だという事。
バッドエンドもファウストに刀身大の、嘘偽り無い自分の本当の気持ちを伝えた。
「……なるほど。ジャズ・モートン、あの糞ジジイがまさか来てたとは……」
ジャズ・モートンと呼ばれる老人。
それはかつての泥棒王ファウストの相棒であり、楽園のイカレタ考古学者。
そしてファウストの育ての親の一人だ。
「ギルバルドに呼ばれてたみたいだが……あの後どうしてたのか気にはなってたんだ……ん? ナンデスカ」
今までのファウストと、まったく違うその喋り方にバッドエンドが呆気に取られながらも嬉しそうに見つめていた。
その目からはもう涙が消えていた。
「いやぁ、何か嬉しくてさ、えへへ」
「そ、そうですか……はぁ」
そんなバッドエンドにこうやって素の自分を晒し続ける事が恥ずかしくなってくる。
すぐにいつも通りの喋り方に戻そうとする。
だが、涙の跡を残したその顔で残念そうな表情を浮かべるバッドエンドは中々に強烈だった。
「とりあえず明日の話でもしましょ……するか」
そんなファウストに、すぐ笑顔に戻るバッドエンド。
こうして今では気兼ねなく本来の自分を見せれる相手となったバッドエンド。
ファウストの中で確かな特別な存在になっている。
だからなのか。
この様な事を言ってしまう。
「……そうだ、これからは私、俺の事は、その……」
何か言いたそうなファウスト。
それを察するとバッドエンドは愛らしい笑顔で答えた。
「はい、アヴァロン」
ファウストは自分の本当の名前を知らない。
だが、誰かの名前ではなく偽りでも自分の名前をバッドエンドにこうして呼ばれる事でファウストは救われる気がした。
「……ありがとう」
照れくさそうに話を本題に戻す。
「よし……じゃあアダムの血だが、これは俺が一人で盗む。ジャズの発言が真実かどうかは置いといて、お前が心配だ」
アダムの血がきっかけで本当にバッドエンドが崩鍵へと姿を変わるかもしれない。
それを配慮し、ファウストはバッドエンドが今回の仕事から外した。
「うわぁお、”お前”だって~、それにやっぱりアヴァロンは優しいなぁ~、もっと好きになっちゃうぜ?」
バッドエンドが両手を頬に当て、身体を悶えさせている。
すっかり元気を取り戻し、いつものバッドエンドに戻った事でファウストも笑みが零れた。
そして真剣な表情で言う。
「……俺が、バッドエンドを崩鍵になんてさせない。仮に崩鍵になった所で俺が絶対に助けてやる」
バッドエンドは旅客船でのファウストの言葉を思い出していた。
この世に絶対は無いという言葉。
しかし、今こうしてファウストは自分の言葉で絶対に助けてやると言った。
バッドエンドは微笑む。
「シアラ神国の金庫からアダムの血を盗む算段もできてる。支配眼を使えば俺一人で何とかなるからバッドエンドは降臨祭の予定でも楽しみに考えておくと良い。さぁ……明日は忙しくなる。そろそろ休むか」
ファウストはベッドから立ち上がり、就寝の準備に取り掛かる。
そんなファウストにバッドエンドが幸せ一杯の声で言う。
「今日こそ一緒にくっついて寝ようね!」
「ファッ!?」
ファウストが顔を染めながら盛大に倒れた。
いつかのシルビアがバッドエンドに言った事がある。
ファウストは女好きで平気でセクハラまがいの行動をするが、こちらから迫ると激しく動揺すると。
そんなファウストをシルビアは密かにヘタレと評していた。




