第42話 第二皇子の鷹狩りと天空のスムマーン・ファルシー<四>
大空を模すための工夫は、主役の肉だけではない。
シャハラは、薄く削ぎ切りにした純白のカブと、素揚げした緑鮮やかなオクラ、細切りの紫玉ねぎを盆に美しく敷き詰めた。
透き通るようなカブは空にたなびく雲を、オクラと紫玉ねぎは眼下に広がる平原と、夕暮れが落とす長い影を表現している。
その景色の中心に、黄金色に焼き上がったウズラを鎮座させると、最後の仕上げに取り掛かる。
粗く砕いたブルーソルトを、天を舞うパルヴィーンの翼のように、惜しげもなく散らした。青い結晶が熱を帯びた皮目の上で溶け、宝石のような輝きを放つ。
「完成。『天空のスムマーン・ファルシー』よ」
ギーとスパイスの素晴らしい香りが満ちる中、差し出された一皿にカムランは感嘆の吐息を漏らした。
ナイフで胸肉を切り開くと、閉じ込められていた甘いマハレブと表面のタイムの熱い香気が、大空を吹き抜ける一陣の風のように立ちのぼった。カムランは肉と野菜、詰め物を合わせて口に運び、目を閉じた。
凄まじい旨味が彼を襲う。
噛み締めた瞬間、パリッと弾けた皮から蜂蜜の甘く香ばしい香りが広がり、間髪を容れずウズラの野性味あふれる熱い肉汁が、濃厚なギーのコクと共に溢れ出す。
パサつきなど微塵もない。舌の上で溶ける柔らかな肉に、黒バルベリーのワインのような重厚な酸味が、華を添える。
さらに、肉汁を限界まで吸い込んだバスマティライスのふくよかな甘み、松の実の小気味よい食感、甘みを引き立てるカブや玉ねぎの滋味が幾重にも重なる。
それらをブルーソルトの澄んだ塩気がまとめ上げ、噛むほどに官能的な味わいが広がる。それは自然界に暮らす生命の力強さを、ガツンと叩きつけるような荒々しくも豊潤な味だった。
「まさにパルヴィーンが見ている世界だ。狩りは獲物を食らう瞬間が一番の醍醐味だが、これは雑味が一切ない。野生肉の料理としてこれほど洗練されたものはあるまい」
カムランは惜しみない賞賛の言葉を口にし、杯の果実水で喉を潤した。そして、どこか憑き物が落ちたような、疲労の入り混じった息をついた。
「今日は正直なところ、生きた心地がしなかったが……」
一呼吸置き、カムランの瞳に獲物を狙う猛禽のごとき光が宿る。
「この料理を食べた今は、武者震いしかしない。やはり肉と穀物だな。全身の血が、戦いを求めて沸き立つのがわかる」
「何かあったの?」
心配そうに尋ねるシャハラに、カムランはザイードの招待で鷹狩りに行ったことを話した。
下手を打てば、殺されていたかもしれないことも。
「……そう。あなたが無事でよかった」
シャハラが胸を撫で下ろし、心からの言葉を紡ぐと、カムランはどこか照れくさそうに肩をすくめた。
「この歳でようやく食の愉しみを知ったのだ。お前の作る料理を食い尽くすまでは死ねないさ」
突然ばさりと、鋭い羽音が響いた。
それまで厨房の窓から外を眺めていたパルヴィーンが、シャハラのすぐそばへ舞い降りた。
シャハラの手元を興味深そうに見つめ、しきりにその匂いを嗅ぎ始めた。先ほどの威嚇の気配は完全に消え去り、むしろ甘えるように喉を鳴らす声を発した。
「どうして急に寄って来たんだろう」
「ああ、こいつはギーの匂いが大好きなんだ。ギーだけでなくお前の手からは色々な香りがするから、気になって仕方ないんだろう」
カムランは苦笑し、パルヴィーンを恨めしそうに睨んだ。
「現金なやつだ。こいつを兄から譲り受けた時は、少し近づいただけで、散々つついてきたのに」
つつかれて痛い痛いと泣きながら逃げるカムランを、パルヴィーンはなおも追い回し、慌てた鷹匠たちが数人がかりで抑え込んだものだった。アルマンはその様子を見て大笑いしていた。ひどい思い出だ。
「おかげで気性の激しい女は苦手になった」
カムランのぼやきに、シャハラはくすりと笑った。
「鷹なのに。人間と一緒にされても」
シャハラは、ギーの入った壺を持ってきて蓋を開けた。
残っていたギーを自分の手のひらに塗り広げ、パルヴィーンの前に差し出した。
すると鷹は目を細め、嬉しそうにすり寄り、その指先を愛おしげに舐め取ったのである。
獰猛な猛禽が、シャハラのまとう豊かな香りに魅了された瞬間であった。
「カルダモンの香りも好きだぞ」
「皇子の鷹ともなると、舌が肥えているのね」
「スパイスなしじゃ肉も味気ないんだろう」
カムランは微笑ましい光景をしばらく眺めていたが、やがて真剣な顔をして言った。
「パルヴィーンを連れてきたのは他でもない。今後に備えて、こいつにお前の匂いを覚え込ませようと思ってな」
カムランは立ち上がると、シャハラの手に戯れるパルヴィーンの美しい背羽を優しく撫でた。
「私の匂いを?」
不思議そうに見上げるシャハラに、カムランは声を潜めて言った。
「これはただの猟鷹ではない。伝書鷹だ。こいつは一度覚えた匂いを決して忘れない。人間が地上を走れない時は頼もしい連絡係になる」
カムランはシャハラの生存のために、鷹でもなんでも使うつもりでいた。
「わかった。仲良くしておく」
シャハラが頷くと、パルヴィーンは会話を理解したように彼女をじっと見つめた。




